お盆になると思い出されること | うろんころんしてみる隊

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うろんころん・・・って何かって?九州弁でして、標準語に解釈するとウロウロと「散策している」「徘徊している」・・・どちらでしょうかね?
傍から見ると限りなく後者に近いわたくしの、人生の糧にもならないつぶやきを書き留めて行こうと思います。

雨あがり 夏はかわきて 土ぼこり

 

 

先週から不安定な気圧のせいなのか、頭をやられそうになりましたが、週末にはとうとう九州を横断しながら続いている線状降水帯が、短時間に大量の雨を降らせて福岡や熊本等に被害を及ぼしました。短時間になぶるような雨が降り、ぱたりと止んだかと思えばまた土砂降りの繰り返しでして、熊本の市内や玉名では、観測史上最大の雨量を観測したとの事で、日に日に人的物的な被害を確認するにつれ心を痛めるばかりです。

 

雨雲が過ぎ去ると、にわかに広がる夏空に、じりじりと日差しが路面を滾らかしていきます。

道端には役目を終えた蝉たちの亡骸がころがっていました。

お疲れさん、いかなる夏が来ようとも、命はそれぞれの役目を務め果たしていく。

 

どれ程の気候の変化があろうとも、やはり立秋の季節がやってくるのですね。地球の公転する軌道には変わりがなく、日の出る時と日の沈む時は・・・特に日の入りはたちまち早まっていくのだと思われます。西の果てでは、七月末には20時半になる頃にようやく薄暮から闇夜が広がりますが、お盆の頃には20時には「暗うなるとのようよう早うなったね」と暗くなった空を眺めることになります。

 

昔の人が「節分」を作ったように、立春、立夏、立秋、立冬の時期になると確実に季節の流れが変わります。

昔、お盆のこの時期、水のあるところには近づくなとよく言われました。

 

「お盆は地獄の釜の開いて彼の世とつながるとやけんが、海には絶対いらんと(入らないと)よ」

 

まあ・・・漁師さん以外有明海で好んでは泳がないけれどもさ・・・

ビーチって何ね?海て青かとね?鉄色(くろがねいろ)じゃのうして?

曇れば山鳩色(やまばといろ)のごとあるよ。

あ・・晴れた青空にはようよう水色になるたいな・・・あれが海の色?

干上がれば浜の先に行くけれども・・・海で泳ぐ選択はなかね・・・。

 

故に、川遊びがメインとなるけれども、やはり同じく大人からは「水には、いらんと!」と叱られる。「彼の世の霊から足を引っ張らるる」そうな。

 

真偽の程は兎も角、考えられるのは、水温の変化や海の流れが変化するからでしょうか。それと海にイラ(クラゲ)が出てくるから・・・と。

同じ海でも、外海側出身の人たちからすると「海と砂浜」がセットになっていますが、

初手が有明海ですと「海と干潟」がセットに・・・砂は砂でもガリガリの砂利ぐらい。

太古の昔、阿蘇山の大噴火によって蓄積した粘土層が海に流れ出し、潮差によって押し

戻しして溜まったものだそう。その後干拓によって今の海岸線になった模様。

 

海は干潟 やうやう潮が引きゆく 川辺は潟になりにて 赤紫だちたるワラスボの細くたなびきたる・・・と清少納言にあやかって詠ってみる( *´艸`)

 

何だかよくわからぬ方向に脱線してしまいましたが、子どもの頃に「脅された事」は迷信だとわかってはいても、何となく頭から離れないのか、倅達にも同じようにこの時期に水辺には近づかんようにと話してしまいます。

 

少し年配の人の話では、昔は精霊船を海に流していたので、次の日にはスイカとかの果物が浮いているのを拾う為に、イラに刺されようが何しようが、泳いでいたそうですが・・・・。

何はともあれ、生きるか死ぬかの間際でなければ、無茶をしてはいけないものと心に留めておきます。

 

おまけ

二月頃に撮った、有明海における海苔摘み取り時期の写真。(鹿島市)

この周辺の干満差(大潮時)は4.9mもありますよ。

夜、満ち潮の海に映る満月の美しさは背後に三池の工場の光と月光に

浮き上がる雲仙の影を映し出してとても幻想的です。

機会があれば、国道207(太良町あたり)の月を映す海をご覧あれ