銀座のシャネル・ネクサス・ホールで、リンダー・スターリングの日本初の個展「LINDER: GODDESS OF THE MIND」を観てきました。
この展覧会は、春にKYOTOGRAPHIE京都国際写真祭でも観ています。その時もかなりの衝撃を受けましたが、少し時間を置いて東京で再び観ると、やはり強烈でした。
リンダーは1954年、イギリス・リバプール生まれ。1970年代のパンク、ポストパンクの時代から、50年以上にわたり制作を続けている女性アーティストです。
彼女の代表的な手法は、雑誌などから切り抜いた写真を組み合わせるフォトモンタージュです。
男性向け雑誌に掲載された女性の裸体に、大きな花や家電製品など、まったく異なるものを重ね合わせます。その姿は一見ユーモラスですが、よく見ると不気味でもあり、見る者の心を揺さぶります。
特に印象に残ったのは、女性の胸や下腹部に大きな花を重ねた作品です。
以前、花は植物の成熟した姿であり、人間に置き換えれば「エロス」を連想させるものだと教えていただいたことがあります。花の写真を撮るのであれば、その美しさだけでなく、エロスについても考察した方がよい、と。
花は、次の生命を生み出すために咲くものです。
リンダーが裸体に重ねた花も、単なる装飾ではなく、女性の身体に宿る生命、性、欲望、エロスを浮かび上がらせているように、私には見えました。
身体を花で隠しているようでありながら、逆に、その存在を強く意識させるのです。
もう一つ興味深かったのが、女性の顔をアイロンや掃除機などの家電製品に置き換えた作品です。
家電の登場によって、掃除、料理、洗濯、アイロン掛けなどの負担は軽減され、女性が家事から解放されたという一面もあります。
しかし同時に、便利な家電が生まれても「家事は女性の仕事」という考え方そのものは、長く残り続けました。
女性は、男性から見られる性的な身体であると同時に、家事をこなす機械のような存在としても扱われてきたのではないか。
裸体と家電という奇妙な組み合わせには、そんな社会への皮肉が込められているように感じました。
リンダーの作品には、花、家電、貝、食べ物など、さまざまなものが登場します。
美しいけれど不気味。ユーモラスだけれど、どこか暴力的。誘惑されるようでありながら、同時に拒絶されているようでもあります。
簡単には意味を決められないところが、時間を置いてもう一度観ても、再び衝撃を受けた理由なのかもしれません。
また、リンダーは若い男性サッカー選手をモデルにした作品も制作しています。
美術史では、男性アーティストが若い女性を「ミューズ」として描くことが多くありました。リンダーはその関係を反転させ、年齢を重ねた女性アーティストである自分が、若い男性を見つめ、作品にするのです。
誰が見る側で、誰が見られる側なのか。
誰に欲望する権利があり、誰が欲望される対象になるのか。
リンダーの作品は、それまで当然と思われてきた関係を切り刻み、組み替えていきます。
私は植物の生命力をテーマに花を撮っています。
けれども、花をただ美しいものとして撮るだけではなく、その奥にある成熟、性、欲望、そして生命の循環まで考えてみる。
リンダーの作品は、自分がこれから花とどう向き合い、どのように表現していくのかを考える、新しい入口を与えてくれました。
一度観て終わるのではなく、時間を置くことで違うものが見えてくる。
京都と東京、二度観たからこそ、作品と自分との距離が少しずつ縮まり、最初の衝撃が「自分は何を表現したいのか」という問いに変わっていったように思います。
「LINDER: GODDESS OF THE MIND」
会場:シャネル・ネクサス・ホール(東京・銀座)
会期:2026年6月25日~8月16日
開館時間:11時~19時(最終入場18時30分)
入場無料・予約不要・会期中無休






