本日は青年海外協力隊の同期のお通夜でした。
腹部動脈瘤破裂
突然死だったようです。
協力隊に参加してくる来る人は、変わっている人が多いですが、彼は突き抜けていました。
テレビでのお仕事をされていたひとで、
考えてることも、
言うことも、
私の想定内を超える人でした。
奥様のお話で普段から
地球を満喫したい
とおっしゃっていたそうです。
100か国訪問は達成されてのかな?
いつだったか90何か国目という投稿をされていたのを見た記憶があります。
彼とは正確に言うと、
青年海外協力隊で任地に派遣される前に3ヶ月間、語学研修という名目の共同生活がありそこで一緒でした。
とは言っても、彼の任国はセネガルでフランス語圏、
私は英語圏だったのと、生活班が8班あるのですが、男女ということで、ほとんど接点がありませんでした。
そして、
私から見たら、大柄な方だったので、
超越していて、
ちょっと怖い人と思っていて
ほとんどお話をしたことがありませんでした。
帰国して、しばらくしてから、
彼が発起人となり、
同期の名簿をまとめてくれて同窓会をやりました。
なにせ、協力隊に参加する人たち、
帰国してもまたすぐに海外に出ちゃう人、
何をやっているのかわからない人、
実家に連絡をしても連絡の取れない人、
名簿をまとめるのは相当に大変なことでした。
でも、
一度この名簿をまとめることで、
なにかと集まる機会がありました。
今回も、訃報を知ってから、
平日だというにもかかわらず
たくさんの人が日本各地、そして、海外からも
最後のお別れにと駆けつけました。
彼の偉大さを改めて感じました。
同窓会を期に、
あまりお話をするようになり、
なんだ、
ぜんぜん怖くないじゃん
色々なことを知っていて、
頭の回転が早いので、
お話が面白い。
もっと色々お話ししたかったなぁ。
トレードマークのキャップが少年のような方でした。
お酒が好きで
いつも陽気で、周りに人が集まっているイメージ。
天国から、
私たちを見守っていてくださいね。
故人はすごい方でしたが、
やはり、協力隊の仲間は行動が早くてフットワーが軽い。
私なんて外野で流れのままに乗っている感じですが、
25年前に勇気を出して協力隊に参加して本当に良かったと思っています。
日本全国の出身者、
そして海外のいたるところに散る仲間たち、
そして、多岐に渡る職種の人たち、
そして何と言っても
前向きなマインドを持った人たち。
なんで、私ごときがここにいることができるのか?と思うことはあるのだけど、
事実は事実。
このご縁と仲間は大切にしたいと思う。
