今週末までの会期なので残すところ3日。
午前中なのに結構な人出でした。
カラフルな色使いで迫力のある絵を描く人、
富士山をたくさん書いている人くらいのイメージしかありませんでした。
誕生110年記念でした。
彼女は103歳でなくなるまで、絵筆を手放すこたなく、生涯現役でした。
鮮烈な色彩、大胆なデフォルメされた形、力強い筆使い。日本画家の画風は独自のものとして戦後の日本美術院で他の作家の追随を許しませんでした。
球子は対象をじっくり観察することから製作を始めますが、目の前のものの姿形をそっくり写すのではなく、独特の色彩感覚と形の捉え方によって掴み取るのでした。歴史上の人物を描く場合ものの同様に現代を生きる人間としてその人を描こうとしました。
球子は学校を卒業する横浜の現在の大岡小学校で教鞭をとり、画業も行っていました。
これは教え子を描いたものです。
それからは山、富士山をたくさん描いています。
この風景画はのちに人物の背景を描くための基礎となります。
輪郭と、稜線が太い線で描かれて、非常に力強さを感じます。
そしてふもとには荒々しい山とは対象的な風景がひろがります。
これは文化勲章をもらった次の年に描かれたものです。この写真ではよく見えませんが、赤く見えるところは白地に赤い鹿子のように見えます。
どれもが力強いです。
日本がというのはさらっとしているイメージがありますが、球子の絵を見るとそれは覆されます。
しかし、彼女は洋画に転身するこのなく日本画一筋でした。
歴史上の人物を描くシリーズ、面構、
初めて見て、とても面白いと思いました。文様なども研究熱心で、かなり細かく細かく描かれています。
78歳から新たに取り組んだ裸婦シリーズでは重力を伴う三次元世界の物体を二次元の平面に表すという絵画製作の根本を探求しました。
そのために宙に浮いているようにも見えます。







