新幹線に乗って東京に着いたのが11時。それから久喜市へ。これなら2人のお墓参り今日で終われるかな。あまり遅くなるようなら、また、もう一人は次回と思っていましたが。
亡くなった2人とも夫の小学校からの親友です。久喜市に眠る友達は、私が次男を産んですぐ乳腺炎になり、すごい熱を出した時に大きな氷を持ってきてくれたり心配してくれたり、いろいろお世話になった方です。その当時は堺市に住んでおられたのですが、その後,転勤で埼玉の方に行かれました。
若くして亡くなられました。病院に入られたときは、夫はお見舞いに埼玉まで行き、彼の好物のお土産は渡したものの、お見舞いのお金を渡すのを忘れてしまい後日送ったことを思い出します。それだけ夫は動揺していたようでした。入院から一か月して彼はなくなりましたが、お葬式にまた埼玉へ。
夫の悲しみを見るのがつらかったです。彼は子供と奥さんのことを気にかけながらも亡くなってしまいました。
久喜からバスに乗ってお墓へ。
その後、東京の町田市のお墓へ。これが大変でした。小田急線に乗り換えたのですが、小田急線が離れていて何度も訪ねながら行きました。
以前来た時には、こんなに大変ではなかったように思いましたが、、、。
この友達は、白馬に別荘を持っていたので長男を連れて何泊かさせてもらいました。
可愛い女の子2人いて、我が家にも泊まってくれました。
夫のいい友達でした。奥さんがなくなられてその翌年に彼もなくなられました。
奥さんは生きておられる間にお墓を探し「木の下で眠りたい。」ということで町田市の
いずみ浄苑樹木葬で、桜の木の下で眠っています。奥さんは、お花が好きで庭に少ないスペースにいっぱいお花を植えたそうです。
いろいろ乗り換えて鶴川駅に着き、そこからタクシーでお墓へ。
何とコロナ前に来た時は、狭い所でしたが、今はすごく広がっていました。NHKで放映されたとかで樹木葬が増えているみたいです。
探すのが大変でした。やっとお墓参りが終わって、息子が予約していてくれた新橋のホテルへ。
御昼ご飯も食べずに、早くお墓参りを終わらせたい一心で行動したのですが、もう19時
になっていました。もう疲れてくたくたでした。
明日は、予約の歯医者さんです。