斜めお向かいのご主人が、病気で奥さんが毎日看病されていました。

 

訪問看護で治療していました。随分前に、近くのスーパーで出会ったので、「ご主人どうですか?」と尋ねると「6月の誕生日まで、頑張ろうって言っているんだけれど。」って言っておられました。

 

それから後に、「もう42キロになってしまったの。」家の中では、歩いているんだけれど、、、。」って。

 

気の毒だなあ。でも奥さんが毎日、ご主人を見ておられるので大変だなあ。えらいなあ。

 

どんどん痩せて行って元気がなくなっていくのを見るのは、つらいだろうな。

 

私の夫は、病院に入っていたし、どんどん痩せるってことはなかったけれど、意識が亡くなってからは、食べられないので,やせていきました。

 

そういう姿を見るのはとてもつらかったです。その方も一緒の気持ちでしょう。

 

3,四日ほど前に、級数に嫁がれた娘さん一家が来られていたり、弔問の方が来られていたので、「ああ、ついに亡くなったのかな。可哀そうに。」

 

それで、昨日は、お供えに果物、ジャーマンマスカットや梨(豊水。幸水)を用意しました。

 

それと、オアシスの花を用意しました。おみなえや小さな向日葵、マリーゴールド、千日紅、ベンケイソウは家に咲いているので、それを使い、白い菊やリンドウ、紫のスターチス

を買ってきて、花を生けました。

 

それをもって、お悔やみとお供えをしてもらうように、その方のおうちに行きました。

「申し訳ないわね、主人喜ぶわ。今、娘が来てくれているから、ありがたいんです。」って。「お宅も、1年前だったわね。」って。

 

そう、夫が亡くなって、もう11か月たつけれど、私は、まだまだ、思い出すと涙がいっぱい出てきます。

 

いつも主人の写真を見ると「ありがとうね。大事にしてもらったね、感謝しているよ。」って心で伝えています。

 

夫が生きているとき、ペットボトルのふたが固かったり、重い物を運んだりすると来は、いつも「お父さん、して、」って主人に頼んでいました。

 

「こんなことぐらいできなかったら、お父さん死んだらどうするんや。」って。「お父さん死んだら、私も一緒に死ぬよ。」って言ってましたが、、、。

一緒に死ぬなんてことは、不可能なことです。

 

夫は、病院で私に「○○は、長生きするんだよ。」って言っていたし、、、。子供たちのためにも頑張らないといけないと思っているけど、、、。


 

友だちが、「ご主人が無くなって一人になっても、強く生きていくのは、残された者の義務だよ。まだ、人のために役に立てると思って私は、生きているよ。」って。

 

その通りだと思うけど、斜め前の奥さんも、いつも旦那さんと行動を共にしていたので、悲しいだろうな。気持ちは、よくわかります。