夕べは,涼しくてよく眠れました。島の空気は、大阪とは違います。

 

朝ご飯は、家から持っていた果物(メロン、ナシ、キューイ)、パン、コーヒーをいただき、ゆっくりしてから波止浜まで車で送ってもらいました。22キロもあります。

 

法要が終わってからは、打ち上げの食事会を断り、彼が近くで待ってくれていたので、そのまま西条市の方に行きました。途中いろいろ案内してくれました。

 

彼は、松山で生まれた30歳ぐらいまで、愛媛県で就職していたので、とても詳しいです。その後は、仙台や堺市、和歌山などと転勤をしたそうです。

今治城です。

 

西条の周ちゃん広場(JAの直売店)へ。

愛媛に来たら、ここに寄るのは楽しみなんです。でも午後からだったから、ほとんどほしいものは売れていました。

 

彼は、お墓参りを明日するので、花を買っていましたが「花は、安いね。」って言ってました。

 

私は、お刺身などを買いました。お魚は新鮮でおいしいです。

 

いろいろ買ってから、大三島の別荘へ。

 

大三島でも島一周していろいろ案内してくれました。

 

昔は、たくさんの人が住んでいたそうですが、今は空き家の多いこと。

 

昔の宗方小学校の跡地は、「大三島憩いの家」と言う名前で宿泊施設になっていました。

   

校門を入って、事務所の方に行くとそこの方がおられ、見学させてくれました。

膿を見ながら入れる大きなお風呂。

 

平屋の木造の学校で、教室はうまくリホームされていて、夏はとても人気で予約いっぱいだとか。

昭和30年初めのころは、45人学級で一学年2クラスあったそうですが、今は、この地域では小学生が4人で、遠いところの小学校までバスで通っているそうです。

 

この宗方小学校は、平屋の木造だから、希少価値で宿舎に息がえったみたいだけれど、鉄筋の校舎が廃校でそのままのところもありました、もったいない話です。

 

大三島には、キャンプ場もあり、テントを張ってキャンプしている人もいました。また、同じような家を造りそばに畑もつけて農耕指導もして家を貸している一角もありましたが、たくさんの家が空き家になっていました。

 

2年ほど前は、もう少したくさんの人が住んでいましたが、、、、。

 

どんどん人が少なくなってくるのは寂しいことです。

 

枯れの別荘の周り、両隣と後ろの家は、誰も住んでいません。畑もずいぶんあれています。

 

夕方、浴場に連れて行ってもらうとき、彼の畑に行きました。ミカンの木が蔓でおおわれて、実がなっているのに

 

枯れた枝もあります。このままだといずれ枯れるわ。

 

明日、午前中にこの畑をきれいにしようということになりました。

 

夜、いろんな買ってきたご馳走で美味しくいただいて、床に就きました。

 

すると、10時ぐらい前に、太鼓と笛の根が聞こえお祭りの行列が、、、、。大きなちょうちんや海中電池を持った行列が、、、。びっくりしました。

 

虫の声しか聞こえない、車の音なんかほとんどしない、しかもネオンもなく真っ暗なところで、夜遅くお祭りの行列が、、、、。びっくりです。

 

 

深夜、台風の影響で、すごい強風が。怖かったです。しまなみ海道が閉鎖になったら帰れません、孤島なんだから。

 

びくびくしながら朝を迎えました。何とあくる朝は、快晴。海の色も綺麗で、遠くの山もくっきり。本来の島が復活。

 

朝起きてほっとしました。でも