今月またお世話になります『ご縁の杜』の女将、リナリナさんこと深澤里奈子さんの投稿をシェアします💖
私も3歳の時からの喘息持ちで、何度も死にかけた体験があるので、彼女の投稿にめっちゃ共感しました💓
以下、転載
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朝一番から本を読める時間がある幸せ😇✨
今日の一冊は
「生きる稽古 死ぬ稽古」
なんだか小さい時から死生観について考えることが多かった私。記憶にはないが 2才の時に'今夜が峠ですね'的なことがあったらしく、峠を越えたからなのか、年寄と一緒に暮らしていたからなのか、死の先にあるものに関心があり。と同時に、心臓が弱かったから実際に'毎日を生きていく'ということの大変さを痛感する中で、本質的な生き方を模索するようになったのかもしれない。
「心臓は喜びを感じる場所」
心臓に先天性の疾患があるということは、喜びを感じないようにしているのではと気づき、自分の内側を観ていくことを始めた26才。宿の経営を始めた年でもあり、スタッフやお客様を主に他者の内側も感じいる機会が増え、心理学や脳科学、仏教や神道などを学びんだりしながら、毎日の宿の中で起こる人間模様に取り組み実践したことが そのままリアルな臨床結果として、私の生の学びとなった。
「死を知ることは、生を輝かせること」
心が傷つくのを恐れると '本当の一歩が踏み出しにくい'。傷つかないようにすると同時に 喜びもめいいっぱい感じない💦選択をしていたのだと思う。本当の自分から逃げない生き方をしていきたい!と思った。心が傷つく=細胞が壊れ死ぬ=究極 '死ぬのが恐い' ってことなのかなぁと大枠で考え、死についての観念をちゃんと観ることで、もっと本質的に生きることへとエネルギーを注げるのではないかと。死の捉え方が変わるごとに、私の生き方も変わっていった。
「色即是空 空即是色」
すっごい分かってるわけではないけれど、この感覚が一番しっくりくる。あの世という すべての いのち が繋がりあった 大いなるエネルギーフィールドから、期限付きの肉体と右往左往する感情という装置を持ってこの世に遊びに来ている。この世の嬉しい悲しい楽しい苦しいの喜怒哀楽を感じる旅。そして意識の力を存分に活用して物事を現実化してみるというユニークな世界。大元のエネルギーフィールドは一緒だから、私もあなたもあの人も本当はぜんぶ 'ひとつなぎの繋がりあった存在'。だから肉体が別々に見えるけど、繋がりあった存在なんだよね、と感じると喧嘩していても愛おしくなる。
「わたし という生を受け入れる」
他者を愛おしいって感じれる手前にある現代人のハードル⁈が、自分を受け入れること。生まれてきたことそのものが、もうすでにスゴいこと!なのだけど、傷つくのが怖いからと内側を自己卑下したり 外側へ先制攻撃したりして また傷つく、を繰り返す。でもね、どんなに思考が否定的になっている時だって、私たちの生命体の中には
「生きようとしている いのち が存在する」
'いのちへの自己確信'へと勇気をもって自らを進めてみる。自分を受け入れていくと、自然に他者も受け入れていける。自分がしっかりと大いなるエネルギーフィールドと繋がると、他者もそこに繋がった同じ存在であることに気づいていく。
「すべては望み通りに現実化している」
私の場合は、真っ直ぐに自分の感覚を現実化させたい!って望むから こういう捉え方をしているのだけど、人により現実化させたい感覚は異なるから、例えば、めっちゃ葛藤と怒りを生きてみたいことが今世の望みであれば、それを思いっきり楽しんだらいい♪
「この身体ですべての体験を感じきる」
今、この世にいる1人1人が自分の意識を現実化させながら、自分の内側との対話や 他者との関係性を味わって味わって味わい尽くす。
私にできない体験を他の誰ががしてくれているからこそ、私は私が望む体験をめいいっぱいしたらいい。そして、寝てる時とあの世に還る時には その体験談がエネルギーフィールドに反映されて、'おーそうかい そんな体験をしたんだね'と土産話をシェアしあうってことなんだと思っている。
私は私の今日を真っ直ぐに生き体験していこう♪と感じた朝でした✨
以上、転載終わり
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生まれたばかりの小さな命と向き合っていると、生きること・死ぬことについて、改めて感じるところがあります✨


