あくる日、うさぎがいつものようにピアノに向かうと、ショパンのノクターンを弾いた。
「あれっ?」
そんなに練習していないのに、いつもより上手に弾ける。
思うように指が動いて、まるでピアニストになったみたいだ。
「なぜ?」
うさぎの頭の中に、昨日の火柱の映像が浮かんだ。
さわさわさわ、さわさわさわ。
そのとき、さわやかさんが、うさぎに風を送った。
「お友達と一緒に、出掛けてね。」
うさぎは、のっぽ君と一緒に、やまぶし君のところに遊びに行った。
やまぶし君は、うさぎに、いろいろなことを教えてくれた。
火祭りのやりかたや、滝祭りのやりかたを。
火と水の力を借りて、秘密の教えを伝えてもらった。
うさぎは、山の中を一人で歩きながら、なぜだか悲しくなって、涙を流していた。
やまぶし君は、言っていた。
「僕は、本当は君と同じで、未来からやってきた。未来の世界では、地球の大部分が放射能に汚染されて、ミュータントと呼ばれる生き物以外は、ドーム状のカプセルの中でしか生きられなくなってしまったんだ。僕はその歴史を変えるため、この時代を選んで生まれてきた。まだ地球が、かろうじて緑の植物で覆われている時代にね。」
うさぎは、まだ信じられなかった。
地球にそんな日が訪れることを。
大好きな緑が、無くなってしまうなんて!
そんなある日、うさぎは、へびのかっちゃんに出会った。
かっちゃんは、優しかった。
やまぶし君を手伝って、いろいろなことをやっていた。
うさぎは、かっちゃんと一緒に、滝のそばで、火祭りをしに、あちこちへ出かけて行った。
洒水の滝、白糸の滝、名もない滝に、地図を片手に毎週毎週。
さわさわさわ、さわさわさわ。
さわやかさんがささやいた。
「赤ちゃんが来るよ。」
さわやかさんの言うとおり、うさぎは、とりのハッピーを身ごもった。
うさぎとかっちゃんは、やまぶし君にさよならを告げて、
ハッピーと3匹の生活を楽しんだ。
ハッピーは、うさぎの一族にとっても、へびの一族にとっても、初めての鳥だったので、
毎日入れ代わり立ち代わり、うさぎの兄弟姉妹やおとうさん、おかあさん、かっちゃんのおとうさん、おかあさんが訪ねてきては、ハッピーの世話をしてくれた。
ハッピーは、文字通り、みんなを幸せな気分にしてくれた。
ハッピーが笑っても、泣いても、おしっこやうんちをもらしても、いつでもみんな喜んでハッピーの周りにいた。
うさぎのハートは、あったかくなって、何だか泣けてきた。
ときどきやまぶし君の言っていたことを思い出して、ハッピーが大きくなってからの地球の事を、心配することもあった。
そんな時、うさぎの心は震えた。
地震みたいに大きく震えて、眠れない夜もあった。
さわさわさわ、さわさわさわ。
さわやかさんが、耳元でささやいた。
「おばあちゃんが、新しい旅に出るよ。」
ある日、うさぎは、病室のベッドのわきに座っていた。
病室で長いこと眠っていた、うさぎのおばあちゃんが、目を覚ました。
おばあちゃんは、いつもうさぎに、いろいろなお話をしてくれた。
傷ついた植物の霊が、おばあちゃんのところに「痛いよ。」って言いにきた話や、
死んだおじいちゃんとお話ししたことや、おばあちゃんのおかあさんが、「6文足りないんだけどねえ。」と夢の中に出てきたお話を。
うさぎは、おばあちゃんに、眠っている間、どこに行っていたのか聞いてみた。
「お水の中に入ってね、きれいなのっぱらの向こうに、まだ来ちゃだめだ、と言っている人がいたよ。」
「おばあちゃん、のはらの向こうへ行ったら、死んじゃうの?
おばあちゃん、前にお話ししてくれたよね。本当に死んでも終わりじゃないの?」
「うん、そうだよ。いのちはずっとつながってる。」
「じゃあ、おばあちゃんが死んだら、どうなるの?
天国に行っちゃうの?
死んだらおしまいじゃないの?
天国は、本当にあるの?
もし本当なら、私にわかるように、出てきてくれる?」
「ああ。ちょっと難しいかもしれないけれど、やってみるよ。」
「忘れないでね。絶対だよ。」
うさぎとおばあちゃんが、固い約束を交わした、月夜の美しい晩に、おばあちゃんは旅立った。
それから何年かが過ぎた。