「こうしなさい」
「これもあれもしちゃだめ」
そう言われ続けると
子供の行動には自ら作る制限ができて
自分で考えての思い切ったことはできなくなる。
無限の可能性は期待しにくくなる。
「何をしてもいいが、これだけはするな」
と、言われると
それだけはしないように考えて行動する。
というのをある小説の中で読んだ。
どちらも真理。
ある程度の年になるまでは
親が教えていくことは大事なことだと思うし
制限を大きくし過ぎると、子供は委縮する。
「何をしてもいいが、禁断の木の実は食べるな」
と言われたアダムとイブは
蛇にそそのかされて、リンゴを食べて
神の怒りを買い、楽園から追放され
人としての苦しみを得た。
痛い目を見ないように、前の小石をずっと
取り除かれていると
痛いことがわからない。
親は子供に痛い思いをさせたくないが
痛い思いも成長するためにはいる。
わざわざ痛い思いを強いてさせようとする親は
少ないだろう。
小石は、いつもいつも取り除けはしない。
子供自ら大石に向かっていくこともある。
子供が自ら学ぶしかない。
自分の親はどうだっただろう。
結構厳しく言われて
変な気を遣う子供だったが
思春期にはブレイクして
心配させたこともたくさん。
連絡もしないで朝帰りの娘に
(1人だけ帰りたくなかった)
朝まで起きていた父は、叱らずに
一言だけ。
「親に恥をかかせることだけはするな。
それでも、そうなったら
この禿げ頭、どこにでも下げに行ってやる」
そう言われた時は涙が出た。
恥を書かされることを嫌がっているのでなく
自分の責任で行動し
それでも人様に迷惑をかけることがあれば
どこにでもいってやるということ。
怒られるより堪えた。
今ではもう
自分のために厳しいことを言ってくれる人は
殆どいない。
有難い人たちは殆どこの世にはいない。
今の私より若かった頃の両親。
親だって、どうすればいいのかわからなくて
悩みながらやっている。
苦しかったり、辛かったりは
子供だけではないのだ。
厳しい言葉も、優しい言葉も
親が苦悩して心の底から絞り出してくれたこと。
親のどんなことも
親の都合ではなく
親が子供のために
一生懸命考えての有難いことだったのだと
今になれば思う。
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うまさきせつこモダンバレエ研究所Hp