稽古場に向かう道を歩いていたら
街中の街路樹が色づいて、すっかり秋の気配。


アメリカ楓

生きるための栄養を得る樹から離れ
地面に落ちた落ち葉だけれど
木漏れ日の光のなかで命を終えるさまは
自然の循環の中に還る当たり前の風景として
ごく自然に心の中に入ってくる。

人が生活し、あれこれ考えていくのも
自然の中で循環しているということだろう。

循環すると言うことはごく微小な変化でも
毎日自分の身に起こっている。

顔写真を撮る機会があって
久しぶりに自分の顔をまじまじと見た。
毎日見慣れているはずの顔だが
顔が変わった・・と思った。
髪型が変わったからではないものが感じられた。

自分が今感じたり、考えたり、しようとしていることが
デフォルメされて、その人の顔になる。
以前とは違う顔だと思う。
隠そうとしても、出さないでおこうと思っても
顔はその人のすべてを物語る。

ある意味恐ろしく、ある意味有難いことなのだろう。
「顔は履歴書」といったりもするし
「ある程度の大人になれば顔に責任を持て」
と言われたりするが

この落ち葉をきれいだと感じるように
自分の循環をよしと思える顔になるかどうかは
今生きているそのもの全てなんだなと思う。
行動が顔を選ぶのか・・
と思った。

自分がしたいと思ってしたことが
顔となるのなら
存分に出てちょうだい。

今日のマイベストプロ神戸のコラムは
股関節を入れ込み楽な体育座り

マイベストプロ神戸うまさきせつこ
うまさきせつこモダンバレエ研究所H