72年目の終戦の日に思うこと(3)~GHQ占領政策と戦後史の原点 | せとけん公式ブログ『 #ピースメーカーズ 』from 瀬戸健一郎 Powered by Ameba

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※最高司令官(SCAP)が民間情報教育局(CIE)にWar Guilt Information Program を命ずる機密文書

※マッカーサー最高司令官が民間諜報局(CIS)に宛てたこの機密文書は、国立国会図書館で閲覧可

 

■極東国際軍事裁判(東京裁判)

東京裁判開廷~日本国憲法施行~東京裁判判決~絞首刑執行

 

極東国際軍事裁判(東京裁判)が開廷したのは、日本がポスダム宣言を受諾して無条件降伏した翌年の1946年5月3日のことでした。審理は約2年半に亘りましたが、開廷からちょうど1年目の1947年5月3日には、日本国憲法が施行されました。東京裁判の判決が1948年11月04日~12日に宣告され、死刑判決を受けた7名の絞首刑は、時の皇太子明仁殿下の15歳の誕生日の日に執行されました。

 

東京裁判は、1945年10月2日に設置された「極東委員会」を構成する11か国:イギリス、アメリカ、中華民国、ソビエト連邦、カナダ、イギリス領インド、フランス、オランダ、アメリカ領フィリピンから各1名ずつ選任された判事が司どり、日本国憲法草案の最終決定には、極東委員会の承認を義務付けました。

 

マッカーサーの占領政策の最大の目的は、東京裁判によって日本側の戦争責任を明確にして裁き、戦争に対する罪責感(=War Guilt)を日本人に植え付けて、平和憲法による物理的な武装解除(=戦力の放棄)のみならず、日本人を精神的にも完全に武装解除することでした。

 

■”War Guilt Information Program"(戦争に対する罪責感を植え付けるプログラム)

日本人の物理的武装解除(平和憲法)と精神的武装解除(東京裁判+教育+キリスト教)

日本が二度とアメリカの脅威にならないように、周到に練られたGHQの占領政策は平和憲法を縦軸に、東京裁判を横軸に織り上げられた"War Guilt Information Program"(日本人に戦争に対する罪責感を植え付ける洗脳プログラム)によって完成し、今日に至るまで、日本人はその呪縛の中に戦後史を立て上げてきました。実は1955年の保守合同(自由民主党の誕生)も、アメリカによる占領をサンフランシスコ講和条約発効後も継続させるために不可欠な統治機構となりました。

 

War Guilt Information Programは、GHQ民生局が練り上げ、具体的には教育委員会制度による全国一律の管理教育プログラム(教育指導要領)とキリスト教伝道の普及によって実効力を発揮するはずでしたが、前者=教育委員会制度を通じたマスプロ教育は実現しましたが、キリスト教伝道は成果を上げることが出来ませんでした。

 

マッカーサーによる日本人に対するキリスト教伝道の熱情は政治的意図が前面に出ていたために、純粋に日本人の救済をめざす福音伝道とはかい離していたために、キリスト教伝道が社会主義思想と結びつき、結果的に国際基督教大学(ICU)が設置された程度の成果にしか結びつかず、日本は宣教師の墓場だと揶揄される状況が今日まで続いています。

 

■占領72年目の終戦の日~今も残る洗脳の呪縛とアメリカ追従

GHQ占領政策の呪縛=戦争に対する罪責感からの解放とセルフイメージの回復が必要

日本人は東京裁判によって裁かれ、War Guilt Information Programによって、戦争に対する罪責感(=人道に対する罪)を徹底的に刷り込まれ、日本国としての、日本国民としての、本来持つべき健全なセルフイメージが傷ついたばかりでなく、GHQによる占領政策の意図に精神的に今でも従順です。

 

キリスト教伝道に関して言えば、この「傷ついたセルフイメージ」が癒され、占領政策の呪縛から解放されない限り、日本のリバイバル(キリスト教化)は起きないだろうと思います。福音的な救いと恵みは政治的思惑とは明確に切り離された、純粋な宣教と伝道によらなければ実現しないだろうと私は感じています。

 

※せとけんが理事を務める「日本を愛するキリスト者の会」の記事はこちら。

 

■『禊』(みそぎ)なくして、真の終戦も独立もない。

「禊」(みそぎ)は、激戦地で慰霊の祈りを捧げ、ご遺骨を一日も早く帰還させることから始まる。

今、日本国と日本国民に必要なのは、太平洋戦争敗北の原因を日本国民自身の手で徹底的に総括し、反省することなのであり、一方的に押し付けられた罪責感に苛まれることではありません。また、そのような総括も反省もしないで、謝罪運動を展開するのでなく、太平洋戦争に散った関係国すべての国民と将兵に慰霊の祈りを捧げることなのではないでしょうか。

 

日本の国会議員たちは、靖国神社に集団参拝する前に、最低でも日本軍が関わったすべての激戦地で慰霊の祈りを捧げ、一日も早く収集可能な日本兵のご遺骨を帰還させることに全力を傾けるべきではないでしょうか。そのことで私たち日本人は72年前に終わった戦争に対する「禊」(みそぎ)を済ませることができるのではないでしょうか。

(関連年表)

1945年08月14日(火) ダグラス・マッカーサー元帥が連合国軍最高司令官(SCAP)に就任

1945年10月02日(火) 東京に総司令部(GHQ)が設置(同年9月11か国で極東委員会設置)

1946年05月03日(金) 極東国際軍事裁判(東京裁判)開廷

1946年11月03日(日) 日本国憲法公布

1947年05月03日(土) 日本国憲法施行

1948年11月04~12日 極東国際軍事裁判(東京裁判)判決宣告

1948年11月23日(火) 受刑者7名の絞首刑執行(明仁皇太子の15歳の誕生日)

1950年06月25日(日) 朝鮮戦争が勃発

1951年09月08日(木) サンフランシスコ講和条約及び日米安保条約署名

1955年11月15日(木) 保守合同により自由民主党が結党される(55年体制が成立)

 

瀬戸健一郎(せとけん)
Kenichiro Seto (Setoken)