Abe on Ronald Reagan


■経済問題ではなく、安全保障が争点だった

国民的コンセンサス形成が難しい国政課題を選挙の争点から外し、選挙が終われば、十分な議論もせずに、数の力で決めてしまう。それが自民党政治の常とう手段であることを、私たちはそろそろ学ぶべきなのではないでしょうか。

今回の参議院選挙で国民の審判が委ねられていたのは、約3年半に亘ったいわゆるアベノミクスが本当に道半ばと言えるのか。本当に安倍総理の言うとおり、「この道を行くこと」が日本経済をデフレから脱却させて、再生から成長への好循環につながるのかという経済問題だったという一面は否定できません。このことにも十分な反論の余地はありました。(※せとけん動画参照

しかし、選挙の争点から隠されたもっと重大な争点は、昨年強行採決された安保法制が来年1月に就任するアメリカ合衆国新大統領の決断に伴い、自衛隊をアメリカ軍の兵站(後方支援)として海外派遣すること~IS(シリア)への米掃討作戦への参加~を許すのか否かという改憲論より遥かに切迫感のある問題でした。(※せとけん動画参照

■「改憲」と「2/3を取らせない」が裏目の結果に

ところが、この隠された切実な争点を選挙戦の中で明確に国民に示すことが出来なかった民進党を含む野党勢力の戦略は、隠された争点が「改憲論」だと主張し、「2/3を取らせない」という消極的なものでした。これにより、日本政治が直面する国民の命と平和に関する喫緊の課題がかえって伝わり難くなってしまったと私は歯がゆい思いで選挙戦を戦いました。

選挙の結果は、いわゆる改憲勢力と言われる与党勢力が衆参両院で2/3の議席を占めることになり、安倍内閣の権力基盤は盤石なものとなりました。少なくとも、この積極的改憲勢力を構成する2/3の国会議員とのコンセンサスさえ得られれば、安倍内閣は憲法改正の発議がいつでも行えるようになったことは重要です。

■英国のEU離脱の国民投票が安倍政権に与える影響

幸いなことは、時の権力者が憲法改正を国会の2/3の特別多数議決で発議しても、改正手続きの最後のハードルは国民投票だということです。代議制民主主義の限界は、政党や政党所属議員及び落選候補者の獲得票数の合計が、必ずしも国会内の議席配分に正確に反映されていないということです。しかし、国民投票に諮られた案件は一票差であったとしても、国民の賛否が多数決によって直接明確に示されることになります。それは政権の支持・不支持を明確に分けるので、政権政党にとって、大変リスクの高い行為ともなり得るのです。

このことは英国のキャメロン首相が決断したEU残留か離脱かを諮る国民投票(レファレンダム)で顕著に現れました。キャメロン首相はEU残留を明確な英国国民の意思として確定させて、EU全体の中における英国の立場を強めて、TPP交渉で環太平洋地域を囲い込もうとするアメリカ合衆国との対抗軸を明確にしようとしました。しかし、国民の意思たる国民投票の結果が予想外にもEU離脱を選択したために、退陣を余儀なくされたわけです。

2/3の国会議員で発議しても、国民投票が憲法改正案にNOという評決を下した場合、安倍総理はキャメロン首相と同様に潔く自ら権力の座から退陣するでしょうか。

■実際の憲法改正発議と中東問題への軍事介入

安倍内閣にとって、基本的に平和の党を標ぼうしてきた公明党とその支持母体である平和を希求する創価学会と組んで、集団的自衛権の行使容認を含む、独自の軍事行動を想定した国防軍の創設を目的とした憲法改正案の発議そのものが、ハードルの高い政治目標として具体的に迫ってくるでしょう。しかも、国民のきっちり過半数を説得できない限り、国会内で絶対安定多数を基盤としながら、政権を失うことにもなりかねません。

一方、新しいアメリカ合衆国大統領が来年の1月に就任すれば、イスラム国に対する掃討作戦を決断して、アメリカ軍によるシリアへの上陸作戦(Boots on the Ground)に関する大統領令の発令を迫られることになるでしょう。

安倍晋三総理が思い描く「世界で最も対等な日米関係」とは、世界の警察として活動するアメリカ軍の軍事行動に日本が自衛隊を派遣して参戦し、アメリカ大統領と並んで、日米連合軍の前に立ち、日本国首相として、訓示を述べる自らの姿を具現化した時に完成するのではないでしょうか。しかしその姿は、決して私が思う「等身大の日米関係」とは違い、日本国がアメリカ合衆国に従順に追従する姿にほかなりません。

日米同盟を唯一の根拠として、中東問題に日本国が介入することがいかに愚かなことであるかを真剣に、私たちは考えなければなりません。(※せとけんブログ参照

■中東問題の本質と対テロ戦争参戦という愚行

本来、ユダヤ教でも、キリスト教でも、イスラム教でもない日本が、アブラハムの正妻サラの子・イサクの系譜に連なるユダヤ・キリスト世界の代表格であるアメリカ合衆国と組んで、過激派武装集団とはいえ、側室ハガルの子・イシュマエルの系譜に連なるイスラム世界に敵対行動を執ることが賢明であるのか否か。しかも、イスラム系過激派武装集団はそもそも冷戦時代にアメリカ合衆国がソビエト連邦との代理戦争を仕掛けさせるために武器・弾薬・資金を投入して組織したアル・カイーダがその源流なのですから、そこに日本国が現段階で何の経緯も踏襲しないまま介入することも賢明な判断とは思えません。

ただ、アメリカ合衆国はロシアとともに、冷戦時代から中東地域で展開してきた軍事行動の未解決な問題を抱えており、それが現在の対テロ戦争の原因ともなっています。シリアでは、ロシアが介在する政情不安定な状況が存在しており、ドイツなどが受け皿となる難民が多数出ています。さらに、イスラム国が拠点を置いていることもあって、テロ組織の壊滅に向けた上陸作戦を決行する時期が近づいていると言われます。

アメリカ合衆国がシリアへの掃討作戦を決行すれば、国際世論の反発を買う。その時、平和憲法を奉ずる日本国が自衛隊を派遣して、アメリカ軍の兵站を担っているという既成事実が、アメリカ合衆国にとって、シリア派兵を正当化する方便になる。つまり、アメリカ合衆国の本音は、安倍政権が憲法を改正することなく、アメリカ軍と自衛隊の共同作戦を実行することであり、それが可能となれば、安倍晋三総理は、自ら思い描いた「世界で一番対等な日米関係」を具現化することになる。

権力者のビジョンが、「等身大の日米関係」を築き上げるのでなく、限りなくアメリカ合衆国の国益に貢献する従属国に日本国を強固に位置づけようとしている。私の日本国に対する愛国心はこのことを許すことができません。

■あなたは支持?”Abe!!”とISに名指しされた安倍総理

第二次安倍内閣が誕生し、親米を超えた追米姿勢をあらわにしたことから、ジャーナリスト後藤健二さんのイスラム国による殺害事件が発生しました。安保法制が強行採決されて、先日のバングラディシュのダッカで起きた自爆テロでは、日本人7名が殺害されました。いずれもイスラム国が犯行声明の中で伝えたのは、イスラム国に対する敵対行為を画策するAbe(安倍総理)に対する警告メッセージでした。これを「卑劣なテロ行為」と一蹴し、遺族を政府専用機でバングラディシュに派遣すれば、国民の怒りは行き所を失います。

もしも、アメリカ合衆国大統領が近い将来決断するかもしれないイスラム国(シリア)への掃討作戦(Boots on the ground)の兵站を担う自衛隊派遣を安倍総理が決断すれば、ヨーロッパ各地で起きている自爆テロ事件が日本国内をターゲットにすることになります。その時に、安倍内閣は日本国を守れるのでしょうか。日本人は安倍総理の一連の決断を本当に支持するのでしょうか。

私は怖い。

■人種差別が戦争の根源にあった

いわゆる白人社会の世界覇権の陰で、様々な国家や民族が虐げられてきました。ユダヤもイスラムも私たちと同じ有色系です。戦前の日本帝国が優れていたのは、白人支配の下で虐げられていたアジアの人々を開放したことであって、最大の過ちは、当時の日本人指導者たちの中に、日本人が白人に成り代わって、中国や韓国の人々を支配しようという差別意識を持ち込んでしまったことです。

私はかつてイギリスで、日本人は南アフリカで“New White”(新しい白人)と呼ばれていることを聞かされて、恥ずかしくなりました。

日本人は日本人のままで優れている。肌の色や宗教や文化・歴史で人々を差別しない、公正な民族。それが日本人だと今でも信じています。だから、中東問題に中途半端に介入してはならないと思います。

■戦争か平和か~中東問題には相当な覚悟で関わるべし

もしも、中東問題に日本国が日本人が関わるならば、ユダヤにはユダヤのように、イスラムにはイスラムのように、公平に接し、中東の石油利権などに絡んでいる外国の利害にも、パレスチナ地域に存在する多数の部族間の問題にも、きちんと向き合って、真の中東和平に貢献するのだという覚悟を持って、関わるべきだと思います。そのためには、アメリカにもロシアにも、ヨーロッパ諸国にも、きちんと向き合っていかなければならないでしょう。

アベノミクスをはじめとする経済問題については、別の記事(※)で多少論じたところですが、今回の参議院選挙の真に隠された争点は実は、「戦争か平和か」という選択の選挙であったと言えるのではないでしょうか。次に政界再編があるとすれば、平和を希求する公明党に代わる勢力が、野党側から与党側に流入していくかもしれません。その時に、公明党の皆さんはどうなさるのでしょうか。政権に本当にブレーキがかけられるでしょうか。

日本の政局から、目が離せません。

瀬戸健一郎(せとけん)
Ken.ichiro Seto (Setoken)