夜になった。港は薄い霧に覆われ、昼間と打って変わって辺りには不気味な雰囲気が漂っていた。トーマス達はサムソンの話を信じていなかったが、ディーンとジャニスも見張りに来てくれて内心ほっとしていた。

 作業員が夜間作業用のライトを点けて帰ってくれたので、トーマス達はそこで待機して一夜を過ごす事になった。
「全く。見張りに付き合わされることになった俺の身にもなって欲しいもんだな。」

 クリスが愚痴を吐くとトーマスがそっぽを向いてふてぶてしく吐き捨てた。

「それはこっちの台詞だよ。こうなったのは全部君のせいじゃないか。」

「何だと?」

 クリスは掴みかからんばかりの勢いだ。
「君達両方が悪いって僕は聞いたけど?」

 またしてもトーマスとクリスの言い争いが始まりそうになったのでジャニスが間に割って入った。

「それに付き合わされてるのは僕らの方なんだけど。」

「お前達が勝手に付き合ってるだけじゃないか。」

 ディーンが素っ気なく言うと、クリスも負けずにい返した。
「君が怖がってるだろうと思ってね。」

「怖がりなのはお前の方だろ!」

「まあまあ、こうやって夜の港にいるのもお泊りみたいで楽しいじゃないか。」

「楽しいわけあるか。」

 呑気なディーンに答えるのはクリスの冷たい返事だけだった。
 

 不意に冷たい海風が4台の機関車達を襲った。彼らが揃いも揃って震えると、不意に何かの物音が聞こえた。

「今の音はなんだ?向こうの方からしたけど……。」

 ジャニスが機関士にランプの向きを変えてもらって照らすと、一羽のカモメが物置のトタン屋根にとまったところだった。カモメは彼らの方に振り向いて一鳴きした。
「ヒッ!」

「見ろ、お前の方が怖がりなんじゃないか。」

 カモメに脅かされて短い悲鳴を上げて飛び上がったジャニスを見てクリスが冷やかした。

「ち、違う!怖がってなんかない!今のはただ……驚いただけだよ。」

「カモメなんかにか?」

「ああ、そうだよ!カモメなんかにだよ!」
「ほらほら。どっちが怖がりなんかで言い争いなんかするなよ。」

 ディーンが仲裁に入るも、クリスは無視して続けた。

「カモメなんかに驚くだなんて。当然は笑いの種になるぞ。」

 と、遠くから微かに汽笛の音が聞こえてきてその場にいた機関車達は全員凍りついた。誰1人として身じろぎ1つしない。皆、辺りを探るように目だけをきょろきょろと動かしている。

「今の音は何?」

 トーマスが誰に聞くとでもなく口を開くとクリスが素っ気なく答えた。

「本線を走る夜行列車の汽笛の音が響いてきただけだろ。」

「だけど、この時間帯は夜行列車が本線を走る予定はないけど……。」
「それに遠くから聞こえたというよりは港のどこからか小さい汽笛が聞こえてきたような気がするよ。」

 そう言ったジャニスの声は少し震えている。

「クリス、君まさか皆を驚かせようとして……。」

「そんなくだらない事するはずないだろ!」

 ディーンに詰められ、クリスは喚いた。
「おいジャニス。お前、行って見て来いよ。」

「なんで僕が!」

 クリスの提案にジャニスは叫んだ。

「怖がりなんかじゃないんだろ?だから汽笛の正体を探って来る事ぐらいなんか簡単だろ?」

「そんなこと言うなら君が行って来なよ。僕にからかわれるたびに怒って言い返してきたじゃないか。」
 その時、またさっきの汽笛の音が聞こえてきて機関車達はギョッとした。

「そうだ。面白い事を思いついたんだけど、どうだろう。」

 不意にディーンが言った。

「今さっきの汽笛の出所がどこか、汽笛を鳴らしたのが誰なのか、その主をこの港の中で探すんだ。誰が1番怖がりじゃないか機関車なのか試さないかい?」
「良いけど、一体だれが最初に行くのさ。」

 トーマスが聞くと、皆が一斉にクリスの方を見た。

「何だよ。何で俺を見るんだよ。」

「クリス。君から行くんだ。」

 ディーンが言った。

「何で俺から?」

 クリスが嫌がると、さっきまで怯えた様子を見せていたジャニスが急に元気なって、お返しとばかりに彼の事をからかった。
「だって君は僕をからかえるほどの余裕を見せてたじゃないか。その肝っ玉の強さを見せておくれよ。」

「あ、ああ、良いぜ。俺が怖がりじゃないって事を証明してやる!何なら俺1人で汽笛の主がどこの誰なのか暴いてきてやるよ、お前らの出番は無いだろうなあ。誰とは言わないが怖がりな機関車はそこで待ってな。」
 クリスはジャニスを馬鹿にして夜の闇に走り去った。

「怖がりな奴め。あんなの噂話じゃないか。」

 クリスは1人でぶつくさ言いながら霧に覆われた港の中を見回っている。強がって見せていたものの、本当は心細くて仕方ない。クリスはおっかなびっくり霧の中を進んでいき、独り言を呟いては自分を励ましていた。
 そんなクリスを誰かが貨車の間からじっと見ていたが、彼は気づいていなかった。
 昼間は工事で騒がしい音が溢れている港も夜になると、動くものは無くて静けさに包まれている。音を立てて動いているのはクリスだけ。おまけに夜の暗闇に浮かび上がる物陰が余計に不気味さを醸し出している。瓦礫が積まれたただの貨車でさえ、不気味に感じた。
 並べられた貨車達の間を進んでいると、不意に何か乾いた小さな物音が聞こえてクリスはぴたりと身動きを止めた。

「今の音はなんだ?」

 クリスは慌ててライトで照らした。どうやら風で不安定だった瓦礫が貨車から崩れ落ちたようだ。

「何だ、ただの風か。」

 クリスがホッとした時ガシャンと何かがぶつかる大きな音が聞こえた。
「おい、そこに誰かいるのか?」

 クリスは飛び上がったが、すぐに貨車の影をライトで照らしながら辺りの様子を伺う。

「ディーン?トーマス?それともジャニスか?俺を驚かそうたってそうはいかないぞ。どこに隠れてる。そこにいるのは分かってるんだぞ!」
 そう言いながらクリスが別の貨車の影を照らしたその時、貨車の合間を蒸気が出る音を立てながら1台の機関車がサッと移動していくのが見えた。クリスが見た事のない古い機関車だ。その機関車の影を目にしたクリスの顔は一気に青ざめた。

「今何か聞こえなかった?」

 クリスを待っているジャニスがふと言った。

 皆耳を澄ましたが、やがてトーマスが沈黙を破った。

「何も聞こえなかったけど?」

「いや、確かにジャニスの言う通り何か聞こえたぞ。あれは機関車の走る音と……叫び声か?」

 ディーンが怪訝な顔をして歯切れ悪そうに口にする。
 そこへクリスが霧の中から現れた。一目散にトーマス達の方に突っ込んでくる。

「クリス、止まれ!」

 ディーンの声に前を見たクリスは彼の存在に気づいてギョッとした。慌ててレールにしがみつき、ディーンに衝突する寸前で止まる事ができた。
「大丈夫か?何があった?」

 ただ事ではない様子のクリスを見てディーンが落ち着かせるように尋ねた。

「で、ででで、出たんだよ!例の噂の古い機関車が!」

「そんなまさか!」と、ディーン。

「やっぱり噂は本当だったんだ!謎の古い機関車がこの港にいるんだ!」

 クリスの話を聞いたジャニスはすっかり怯え切っている。
「馬鹿な。自分が走っている音を聞き間違えたとかそんなのじゃないのか?」

 ディーンがクリスに尋ねた。

「走ってる音を聞いたんじゃない!貨車の影に隠れていた古い機関車が移動するのを俺はこの目で見たんだ!」

 大きな汽笛が聞こえてクリス達は飛び上がった。汽笛を鳴らしたのはトーマスだった。クリス達は静かにしてトーマスの方を一斉に見た。

「何だよトーマス。」

「急に汽笛なんか鳴らして驚かすなよ。」

 クリスとジャニスが口々に文句を言った。

「よし、それじゃあ僕が行って確かめてくるよ。」

「1人で大丈夫かい?」

 ディーンが心配するとクリスが冷やかした。
「どうせ逃げ帰って来るさ。」

「君みたいにかい?」

 ジャニスに冷やかされたクリスは彼女を睨むと、黙り込んでしまった。

「大丈夫、すぐに戻って来るからね。」

「気をつけて……。」

 他の機関車達を安心させて霧の中に消え去るトーマスの背中にディーンが心配そうに声をかけた。

 霧に覆われた港の中をトーマスは慎重に走っていく。港の不気味な雰囲気にトーマスは少し怯えたが、心を挫けないように奮い立たせた。

「僕は勇敢、僕は勇敢……少しも怖くなんて無いぞ……。」

 そう言いながらトーマスは瓦礫を積んだ貨車が止まっている間をすり抜けていった。
「今の何?」

 不意に奇妙な音が聞こえてすかさずトーマスは音の出所をライトで照らした。その正体が1台の貨車がかく鼾だと分かってトーマスはホッとした。
「ただの貨車の鼾か。驚いたなあ。機関車の汽笛や走る音が聞こえるどころか、機関車の姿形も見当たらないじゃないか。機関車の走る音や汽笛とは似ても似つかないけど、クリスはきっとこの貨車の鼾を聞き間違えたんだろうな。早く戻って皆を安心させてあげよう!」
 トーマスが引き上げようとした時だった。ガタンッと何かがぶつかる音が聞こえて、奥の貨車が独りでに進んだのが見えた。それと同時に見た事のない機関車が後退る姿も。

 トーマスは怖いのをぐっと我慢して勇気を出して声をかけた。
「誰?誰かそこにいるよね……?」

 機関車はトーマスの様子を伺っている様子だったが、やがて逃げるようにその場を走り出した。

「待って!」

「トーマス、戻って来ないね。」

 トーマスを待っているジャニスがクリスとディーンに聞いた。

「何かあったのかもしれない。様子を見に行った方が良いんじゃないか?」

 心配するジャニスとディーンを他所にクリスは嘲る。

「怖くなって何処かに隠れてるんだろ?見つけ出してからかってやろうぜ!」
「トーマスは君じゃないんだよ、クリス。」

 ジャニスの言葉にクリスは悔しそうに唸った。と、その時だった。霧の中から1台のタンク機関車がけたたましく何度も汽笛を鳴らして突進してきた。

「おっと。君は誰だ?」

 ディーンがぶつかって来た機関車に尋ねたところへ、今度はトーマスが現れた。
「皆、その機関車を逃がさないで!」トーマスが叫ぶと、「よし、捕まえた!」

 ジャニスがすかさず機関車の後ろに回り込んで逃げ道を塞いだ。機関車は何とか逃げようと進んだり後退ったりを繰り返していたが、前にはディーンが、後ろにはジャニスがいて挟み撃ちされて逃げる事ができず、とうとう観念した。
「これでもう逃げられないぞ!」

 トーマスが声高らかに叫んだ。

「トーマス、この機関車は誰なの?」

「貨車の陰に隠れていて声をかけたら逃げ出したんだ。多分クリスが見たのもこの機関車じゃないのかな。」

 ジャニスの質問にトーマスが答えた。

「するとつまり、謎の古い機関車の正体は彼って事なのか?」と、ディーン。
「多分そういう事だろうね。それで君は誰なんだい?」

 トーマスは機関車の目をじっと見つめて尋ねた。機関車は運転室の屋根が無く、濃い緑の四角いボディをしていて、煤で所々薄汚れている。彼は恐る恐る口を開いた。
「僕の名前はニール。ソドー・アンド・メインランド鉄道って言う古い鉄道で働いていた機関車だ。」

「ソドー・アンド・メインランド鉄道って、僕らの鉄道があった時代にこの島に存在した別の鉄道じゃないか。」

 ディーンが目を見開いて言った。
「僕はそこで働いていたんだけど、ずっと前に閉鎖されたんだ。僕の他にも2台仲間がいたんだけど、鉄道が閉鎖されたと同時にどこかへ行っちゃってね。僕はこの港に取り残されたんだよ。」

 ニールの話を聞いたトーマスの頭に1つの疑問が浮かび上がった。

「それにしても何で夜にこの港をうろついていたんだい?」
「この港で大規模な工事が始まっただろう?僕が隠れているのが見つかったら、きっと古くて役に立たない機関車だと思われてスクラップ置き場に連れて行かれるに違いない。僕と僕を助けてくれている人はそう思って、夜中に港を走り回る謎の機関車として皆を驚かせれば工事が中止になって見つからずに済むと考えたんだ。」
「君を助けてくれる人って?」

 今度はジャニスが尋ねる。

「僕の事を知っている人達さ。何年もの間、ずっと僕が動けるように定期的に修理や整備に来てくれたんだ。」

「でも、それってまだ君の事を役に立てると思って助けてくれてたんじゃないのかい?それに修理されていつでも動けるって事は……。」
 トーマスの言葉に、ニールもある事に気づいて顔を輝かせた。
_____________________________________________________

 何日かしてトーマスがソドー整備工場に来ると、そこには修理を終えて綺麗になったニールの姿がそこにあった。

「ありがとうビクター、昔に戻ったような気分だよ。」

「良いって事よ。」

「行こう、トップハム・ハット卿が君に任せたい仕事があるって。」

 ニールを迎えに来たトーマスは彼を連れて走り出した。

 ニールの新しい仕事場はカーク・ローナン港だった。本線の人手不足を解消すべく、工事に加わっている機関車達を少しずつ本線の仕事に復帰させ、代わりにニールを港の工事のチームに加えることにしたのだ。トーマス達は喜んでニールを迎え入れた。ニールはとてもよく働くのでトーマス達はすっかり感心した。
「おーい、誰かこの貨車を……。」

「向こうに移動させれば良いんだね?分かった。」

「届いた資材が積まれた貨車を……。」

「すぐに持ってくるよ。」

 作業員が呼び寄せると、どこにいようとニールがすかさずやって来て仕事を熟して行く。

「やあトーマス。代わりに石の貨車を運んできたよ。」
「ニールって本当に仕事が早いね。」

「ああ、それに何をすれば良いのかよく分かってくれてるよ。」

 ジャニスとディーンが褒めると、ニールは照れ臭そうにはにかんだ。親しみやすい性格をしているニールは送迎してもらう作業員からも人気を集めた。
 だが、貨車を押したり牽いたり入れ替えたり、一生懸命働くそんなニールを1台だけ快く思わない機関車がいた。クリスだ。働いているニールの事を、彼は遠くから妬ましそうな目で見ていた。
「あの車輪のついた箱が先々仕事を片付けていくから俺に回るはずの仕事が回ってこないじゃないか!そのうち俺の居場所も奪って追い出す魂胆なんじゃないか。」

 ニールの事を見ながらぶつくさ言うクリスに、通りかかったディーンとジャニスが冷やかした。
「そりゃあそんなところにボサッと突っ立ってるだけじゃ、仕事も奪われるさ。」

「事実、ニールは君より役に立つ仕事ぶりを見せてくれているしね。」

「そう言ってられるのも今のうちだ。俺だけじゃなくて、奴が役に立つ機関車だと認められたらお前達の仕事も奪われて居場所がなくんるかもしれないぞ!」
「君じゃあるまいし。」

「そうならないように役に立つ機関車でい続けるさ。」

 ジャニスとディーンは笑って相手にしなかった。
 ニールは瓦礫が積まれた貨車を押して移動していた。それを見たクリスはニールが自分の目の前の分岐点を通過しようとしている事に気づいた。そこで彼はある悪だくみを思いつき、一瞬狡そうな笑みを浮かべると、素知らぬ顔で分岐点まで進んだ。前に繋がっている貨車の列でクリスが見えないニールはそのまま直進していく。
 騒音を立ててクリスは貨車の列の真ん中に突っ込み、2、3台の貨車が横転して積んでいた瓦礫が線路の上にばらまかれた。

「おい、どこ見て走ってるんだよ。」

 クリスが苛立った口調でニールに詰め寄った。

「ご、ゴメンよ。貨車に隠れて君の事が見えなかったんだ。」
「他の皆から役に立つ機関車だなんて呼ばれてるみたいだけど、よく言うぜ。おかげで線路が塞がっちまったし、これじゃあお前のせいで作業は皆ストップするだろうなあ。役に立つ機関車だって言えるとは到底言えないなあ。」
 そう言って責め立てるクリスはニールが自分のせいで事故が起きたと思い込んでると知り、気づかれないようにニヤリとした。

「心配するなクリス。僕が何とかしよう。君はそこでじっとしていてくれ。クレーン車を連れて来る!」

 ニールはそう言うと、その場からすっ飛んで行った。
 すぐにニールはクレーン車のジュディとジェロームを連れて戻って来た。

「あらあら、これは酷い状態ね。用意はできてるジェローム?」

「僕はいつでも準備万端さ、ジュディ。」

 ジュディとジェロームが事故の残骸を片付けている間、ニールは積みなおされた瓦礫を運んで行ったり、動ける貨車を連れて行った。見る見るうちに事故現場が片付けられていくのを、クリスはただただ呆気に取られて眺めていた。

 その後、クリスは貨車が置かれている側線にやって来た。ニールに失敗させる作戦が上手く行かず彼が苛立っているところへ作業員がやって来た。

「クリス、そんなところにいたのか。お前に仕事を与えに来たぞ。」

「仕事?何の仕事だ?」
「貨車の移動と入れ替え作業はニールが引き受けてくれているから君は他の機関車がほったらかしていた空の貨車をブレンダムの港まで返しに行ってくれ。」

「貨車ぁ!?空の貨車ぁ!?」

 空の貨車を運ぶだけという仕事に期待していたクリスは衝撃を受けたが、それでも与えられた仕事は熟さなくてはならないと分かっていた。
「大変な仕事だな。頑張れよ。」

 資材をかかったジャニスが追い抜きざまにからかった。

 クリスが空の貨車を牽いてブレンダムの港に出発した頃、トーマスがカーク・ローナン港で入れ換え作業をしていると、ニールが興奮した様子でやって来た。

「ねえトーマス!聞いてよ、トップハム・ハット卿が僕の仕事ぶりを聞いてこの港だけじゃなくて支線の手伝いもするように言ってきたんだ。」
「それって凄い事だね、支線の仕事を任されるのは役に立つ機関車だっていう証明だよ。」

「そう言われると何だか照れちゃうな。これからその支線の操車場に行って客車の扱いを見せてくるんだよ。」

「頑張って来てね、応援してるよ!」

「ありがとう!」

 張り切るニールを見てトーマスは微笑んでいたが、ふと心配になった。
「支線の手伝いってどこの支線の事だろう。エドワードの支線かな。それともダックの支線……僕の支線かも知れないし……。」

 そこまで言って彼はハッとした。僕の支線!?そうだったらどうしよう。僕が追い出されてあの支線がニールのものになっちゃうかも……。」
「1人でぶつくさ何を言ってるんだ。」

 ディーンが隣に止まった。

「トップハム・ハット卿が僕を追い出して、ニールのものにしようと考えているんじゃないかって思って……。そうなったらニールはそのうち支線だけじゃなくていろんな場所から必要にされて、僕、この鉄道から不必要な存在になっちゃうかも!」
「待て待て、落ち着きなよ。」

 自分の考えを暴走させるトーマスを、ディーンが宥めた。

「良いか、よく考えるんだ。彼が君や他の支線で必要とされることになってもそれは彼がそれだけ役に立つ機関車だって事なんだ。それを認めてあげるのも大切な事なんじゃないのかな。」

 黙って聞くトーマスに、ディーンは続ける。
「それにニールだけじゃこの鉄道だけじゃなくて、君の支線を動かすのも人手が足りなくて無理だよ。君の支線がニールのものになったとしても、君があの支線で必要になるのは違いない。誰もがこの鉄道の何処かで必要とされているかのようにね。」

「でも失敗した僕なんか必要としてくれる人いるかな。」
「そりゃあいるさ。僕らだって忘れ去られていたけど、君がチャンスをくれたおかげでまた役に立つ機関車として働けるようになった。誰にだってチャンスは与えられるんだよ。君にだってね。」

 ディーンはそう言いながら目くばせすると、仕事に戻っていった。取り残されたトーマスはディーンの言った事を考えていた。

 一方で、クリスはブレンダムの港に着いたところだった。

「よう相棒、空の貨車の配達ご苦労さん。」

 ソルティーが出迎えた。
「あの車輪がついた箱ばかりに大きな仕事が与えられて、この俺が空の貨車を運ぶだけの仕事を任されるなんて。大きな仕事ができるならアイツならこんな簡単な仕事、楽にできるだろうからアイツに任せれば良いのに。そしたら俺にも大きな仕事が回って来るんだ。」
「それを言えば君にも大きな仕事ができるから、こんな簡単な仕事を楽にできるだろうから任されたって事になるよ。」

 積み荷を受け取る為に貨車を押してきたポーターがくすくす笑う。

「まあそうイライラするなよ相棒。まるでクランキーみたいだぞ。」

「聞こえてるぞソルティー!俺はイライラなんかしてない!」
「おや、オイラから見れば充分イライラしてるように見えるがな?」

「お前がたった今イライラさせたんだよ。」

「クランキーの事はさておいてだ。お前さんはニールが来た事で、自分の立場が危ぶまれるのが心配なんだ。そうだろう?」

「ああ、そうだよ。」

「よく分かったね。」

 ポーターが目を丸くする。
「オイラも初めてポーターが来た時はお気に入りのこの港から追い出されるんじゃないかと心配した。でもその心配は無かった。だって現にオイラは今もこの港で働けてるんだからな。お前さんの気持ちも分かるが、今は仲間として彼を見守るんだ。そのうちお前さんと一緒に働く事になるかもしれないんだしな。」
 ふいにクランキーがポーターの貨車へ乱暴に積み荷を降ろした。

「相変わらずペチャクチャお喋りな奴らだ。そんなにお喋りしたいならどこか他所でやれ。俺にこの港から追い出される前にな。」

 クランキーのその一言でクリスはハッとした。
「そうか。追い出すだ。良い事を閃いたぞ。ありがとうよクランキー、おまえのおかげで解決策が浮かんだよ!」

 クリスは困惑する港の仲間達を置き去りにして、興奮しながら引き上げていった。

「これでこの前俺を驚かせて恥をかかせた仕返しもできる!なんて良いタイミングだ!まさに一石二鳥だぜ!」

 次の日の朝、トーマスがカーク・ローナンの港で瓦礫が積まれた貨車を受け取りに来るマードックの為に貨車を入れ替えて列車の準備をしているところへ、ニールが戻って来た。

「やあ、お帰りニール。昨日は支線で休んでたのかい?」

「そうだよ。パーシー達に許可をもらってファーカー機関庫で休ませてもらったよ。」
「僕の支線で働いていたの?」

 トーマスは思わず目の前の貨車にぶつかり、列車へ追突させてしまった。

「そうだけど……。何か問題でも?」

「い、いや……大丈夫だよ。」

 ニールは一瞬疑問が浮かんだが、トーマスの歯切れの悪い答えを聞かずに興奮した様子で捲し立てた。
「それでね。昨日はエルスブリッジ駅の操車場で入れ替え作業を手伝っていたんだ。本線の機関車にも会ったよ。あの支線は色んな機関車に会う事ができて楽しいねえ。」

 ニールが自分の支線を気に入ってくれたのはトーマスは複雑な気持ちで彼の話を聞いていた。
「あ、そうそう。忘れるところだったよ。トップハム・ハット卿からの伝言だよ。君には今夜、僕と郵便列車を牽いて支線の走り方を教えるようにって。いよいよ僕、また列車を任せてもらえるんだ!楽しみだなあ、今から君に色々な事を教わるのが待ちきれないよ!」
「そうだね……僕も楽しみだ。トップハム・ハット卿が僕の支線を君に譲るのがね。」

「え、どうして?それってどう言う意味だい?」
「本当なら僕、あの支線で働いてるんだ。でも最近失敗しちゃってこの港で働くように言われてるんだよ。僕がいない間、役に立つ君が僕の支線を任されるって事はトップハム・ハット卿はあの支線を君に譲ろうと考えてるんじゃないのかな。」

 ニールが返す言葉に困っていると、作業員がニールを呼びつけた。
「あ、呼ばれたみたいだ。僕もう行くね。それじゃあ、また後で。」

 トーマスは黙って気まずそうに立ち去るニールを見送った。

 ニールが作業員と話し終えたところへ、クリスが近づいてきた。

「ニール、トップハム・ハット卿から伝言だぞ。今夜、ブレンダムの港に来てくれってさ。そこで何か大事な仕事を与えたいんだとさ。」

「え?何だって?今夜はトーマスと一緒に郵便列車を牽いてくれって彼に言われているんだけど。」
「よ、予定が変わったんじゃないか。俺は知らないよ。」

 クリスは一瞬動揺したが、気づかれないように何食わぬ顔でそう伝えるとそそくさと逃げるようにその場から走り出した。ニールは困惑した表情を覗かせる。

「どうなってるのかな。」
「命令は命令だ、従わないと。今夜、ブレンダムの港に向かおう。」

 彼に聞かれた機関士が言った。

 

続く

 

Twitterはこちらから

https://twitter.com/MadeinJapan_No7