その夜。ヘンリーはブレンダムの港から臨時の夜行列車を牽いて本線に引き返していた。ヘンリーは使われていない古い操車場の傍を通りかかった。木々に覆われ鬱蒼とした古い操車場は夜の暗闇に包まれ、より一層不気味に見える。

「嫌だなあ、なんだか誰かに見張られている気分だよ……。」
「気のせいだよ。こんな場所で俺達を見張ってる奴なんているはずないさ。さあ、気にせずどんどん突っ走ろう。」

 怯えるヘンリーに対し、彼の機関士は明るく笑ってそう言った。それでも気が晴れないヘンリーの耳にある声が届いた。

「おーい、そこの機関車~。」
 途端にヘンリーは車輪から火花を散らして急ブレーキをかけた。

「おい、どうしたんだヘンリー!」

「い、今の声聞いた?」

 ヘンリーは震える声で機関士に聞き返した。彼らは耳を澄ませる。暫しの間、辺りは静寂に包まれた。
「おーい、そこの君ぃ……。」

 再びあの不気味な声が古い操車場の方から響いてきてヘンリーはすっかり震え上がってしまっていた。

「で、出たあああああ!」

 機関士が宥める声も耳に入らず、ヘンリーは後ろ向きのまま全速力で突っ走っていった。

 すっかり疲れ切ってエドワードの駅の機関庫で眠りこけているトーマスとフィリップだったが、遠くから聞こえてきた悲鳴に重たい瞼を開けた。

「煩いなあ。せっかく気持ちよく眠ってたのに……。」

 フィリップがぼやいた瞬間、列車を先頭にしたヘンリーが後ろ向きのまま暴走していく姿が飛び込んできた。フィリップは欠伸をして再び眠りについたが、トーマスはその異様な光景に唖然とし、支線から本線に出て行くヘンリーを呆気にとられながら見ていた。
 夜中に叩き起こされたのはトーマスとフィリップだけではなかった。静けさに包まれて眠りについている機関車達がいるティッドマス機関庫にヘンリーの悲鳴が響いてきた。目を開けた機関車達は貨物列車が飛び込んでくるのを見てギョッとした。
「危ない!」

 エドワードの声でターンテーブルが向きを変えて貨物列車は空いている機関庫に引き込まれた。エドワードが危険を知らせた事に気づいたヘンリーが慌てて急ブレーキをかけたので幸い貨物列車は機関庫の車止めで止まる事ができた。
「こんな夜中に何を騒いでいるんだヘンリー!」

「僕達を起こして何のつもりだいヘンリー!」

 ゴードンとジェームスは怒っていたが、エミリーはヘンリーの事を心配してくれた。

「どうしたのヘンリー?」

 エミリーに聞かれたヘンリーはバツが悪そうに苦笑いした。

 次の日の早朝にはどこで広まったのか、既に昨夜のヘンリーの騒動が仲間達の話題になっていた。ナップフォード駅に来たヘンリーを早速、貨車を運んできたビルとベンがからかってきた。
「見てよベン、怖がり屋のヘンリーだ。昨日の夜、古い操車場で謎の声を聞いたって騒いでたらしいよ。」

「大きい機関車の癖に本当に怖がりだよねえ。」

「ヘンリーったら本当に怖がり屋さんだよねえ。」

 列車の準備をしているパーシーもからかっている。
「あなた達ヘンリーをからかうのはやめなさいよ。」

 エミリーが小さな機関車達を窘めている。近くにいたゴードンとジェームスはすっかり呆れかえって馬鹿にした。

「大きな機関車の癖して恥ずかしい。お前は大きな機関車としてのプライドってものが無いのか。」と、ゴードン。
「謎の声なんかに怯えて小さな機関車にからかわれるだなんて、はしたないったらないね。」と、ジェームス。

 その頃トーマスは昨日に引き続いてウェルズワース駅の操車場でフィリップを手伝い、入れ替え作業をしていた。トーマスが忙しく貨車を移動させて働いているところへ操車場長がやって来た。
「サムソンがまた間違いを起こしてウェルズワース駅に返すはずだった貨車をナップフォード駅に持って行ったらしいんだ。忙しくなる前にそれを取りに行ってくれ。」

「はい、お任せください!」
 ナップフォード駅に来たトーマスはパーシーが貨車の陰に隠れて給水中のヘンリーに忍び寄っているところを見つけた。トーマスが様子を見守っていると、パーシーは思い切り停車している貨車に体当たりしてヘンリーを飛び上がらせた。
「本当に怖がりだなあヘンリー。僕はただ貨車を入れ替えているだけなのに。」

「君、わざとやっただろ。」

 不意にしたトーマスの声にパーシーはビクッとした。

「ち、違うよ。わざとじゃないもん。ヘンリーが怖がりなだけだよ。」
「君だって紙でできた龍を見て怖がったことがあるだろ。君も同じさ。ところでヘンリー、昨日の夜中何かあったのかい?」

「ああ、君も僕の事をからかうつもりなのかい?」

「からかう?そんなことしないよ。ただ少し気になって……。」
「昨日の夜中、エドワードの支線にある古い操車場で謎の声を聞いたんだってさ。それが話題で朝から皆騒いでるんだ。」

 話したがらないヘンリーに代わってパーシーが説明した。

「ふうん、謎の声ね……。」

 トーマスはそう呟くと、空の貨車を牽いてウェルズワース駅に引き上げていった。

 ウェルズワース駅に帰って来たトーマスは貨車を入れ替えていたフィリップに声をかけた。

「ただいまフィリップ。あ、ねえ聞いてよ。ヘンリーが昨日エドワードの支線にある操車場で謎の声を聞いたんだってさ。」

「謎の声?僕ちゃん、長い事この支線にいるけどあの操車場で謎の声も、誰かいるなんて話も聞いた事ないよ。」
「そいつは俺の仲間達かも知れないな。」

 2台の会話に割って入る不意に声がしてトーマスは顔を上げた。

「今の声は誰?」

「ああ、ブレーキ車のグレアムだよ。」

 フィリップが近くの線路に置かれていた貨車の列を移動させると、古ぼけたブレーキ車が姿を見せた。もうずいぶんと長い間使われていないようだった。
「グレアムは僕ちゃんが来る前からここにいるんだ。彼が誰に牽かれたくないってのもあって、誰も彼を連れて行こうとしないんだ。」

「そりゃあ僕も見た事ないはずだ。」

 フィリップの説明にトーマスも納得した。
「俺はお前達が来る前からこの島にいる。ウェルズワース・アンド・サドリー鉄道で働いていたんだ。」

「聞いた事があるよ。ソドー鉄道ができる前にあった昔の鉄道だよね?」

 グレアムはトーマスの質問には答えず、続けた。
「俺の仲間って言うのはその古い鉄道で働いていた3台の機関車だ。俺と同じで鉄道が廃止になった後でお払い箱にされたんだが、スクラップにされたって話は聞いていない。もしかしたらあの支線の古い操車場に移されたのかもな。」
 グレアムの話を聞き終えたトーマスにある考えが閃き、彼は笑顔で操車場を出発した。

「ちょっとトーマス、どこ行くの?」

「ヘンリーの言っていた奇妙な声の正体に会おうと思ってね。」

 怪訝そうな顔をするフィリップを取り残して、トーマスは意気揚々とヘンリーが奇妙な声を聞いたという古い操車場に向かった。

 トーマスはブレンダムの港に向かう途中にあるヘンリーが言っていた古い操車場を目指してエドワードの支線をひた走った。

 古い操車場に近づくと、トーマスはゆっくり停車した。

「おーい、そこに誰かいる~?」

 彼は音を立てないようにして返事が返ってくるのを待ったが、辺りは静寂に包まれている。
 線路から脱線した貨車があちこちで転がり、無造作に置かれた積み荷が線路を塞ぎ、雑草や木々に覆われた朽ち果てた建物がポツポツと立ち並ぶ古い操車場は不気味なだけで、誰かがそこにいる気配は全くなかった。

「……誰もいないみたいだね。」
「そりゃあそうさ。こんなところに誰もいるはずないよ。いたとしても森に住む動物ぐらいだろうね。」

 トーマスの機関士が笑ってそう言い、引上げさせようとしたその時だった。

「……誰か今呼んだかい?」

 森の中から辺りに響く重たい声が聞こえてきた。トーマスも機関士も助手も、ハッとして動きをぴたりと止めた。身じろぎ1つしなかった。

「だ、誰か何か言った?」

 トーマスは思い切って再び声を上げた。するとまた返事が返って来た。今度はさっきとは違う声がした。それも聞こえてきた奇妙な声は1つだけでは無かった。

「僕らの事を言ってるのかな。」

「多分そうだね。」
 奇妙な声の会話を聞いてトーマスはドキドキした。

「もしかしたらグレアムの言う通り、ヒロやグリンみたいにこの森に古い鉄道の機関車がいるのかもしれない。探しに行こう!」

 操車場に続く線路を見つけると、トーマスは機関士に頼んでポイントを切り替えてもらった。
 ポイントが軋みながら切り替わるとトーマスは勇敢に古い操車場へ入っていった。奇妙な声の正体を探しているトーマスを、声の正体達は操車場のどこからか見ているようだった。

「静かに。こっちに向かって来てるぞ。」

「僕らを探してるみたいだね。」

「見つかる前に追い払ってやろうぜ。」
 トーマスは取り残された貨車の間や建物の間を隈なく探した。古い操車場を慎重に進むトーマスは雑草が生い茂る操車場の奥に辿り着いた。そこで彼は自分の目を疑った。目の前に現れたのは雑草に覆われた古い大きなタンク機関車だった。
「おやおやおや、君はどうやら見つけるのが上手いようだ。何年も誰にも見つけられなかった僕をあっという間に見つけるだなんて。」

 大きなタンク機関車は驚いたような素振りを見せた。

「でもこの操車場に隠れているのは僕だけじゃないぞ。他の仲間もも見つけられるかな。」
 機関車が楽しそうに言うと、トーマスが次の行動を起こす前に別の機関車が先に声を上げた。

「そうそう、僕もいるよ。」

 トーマスが別の声がした方を見ると、脱線して傾いた車体を線路脇の木にもたれさせたタンク機関車がいた。

「おいジャニス。先に姿を現しちゃダメじゃないか。」
 大きなタンク機関車がジャニスという機関車を窘めるように言ったが、彼女は聞いていなかった。

「ほらクリスも隠れてないで出てきなよ。」

「俺の事を教えるなよ!せっかく上手く隠れてたって言うのに!」

 文句がする方を振り向くと、無作為に生えた木々に囲まれたトーマスより一回り小さなタンク機関車が見えた。
「お前が騒ぐから俺まで見つかっちまったじゃないか!」

「君やディーンだって騒がしかったと思うけど。」

 不機嫌なクリスに向かってジャニスがからかうように言った。

「つまり僕ら全員が騒がしかったってわけだ。それで君がここに来たんだよ。だろう?」
「うん、まあそうだよ。君達の声を頼りにここに来たからね。」

 最初に話しかけてきたディーンという大きなタンク機関車に聞かれ、トーマスが頷くと他の機関車達の注意はトーマスに移った。
「君は誰で、ここに何しに来たんだい?」

 ディーンが尋ねてきた。

「えっと、僕は……。」

「お前の魂胆は分かってる。俺達を精錬所に連れて行くつもりなんだろ!」

「ち、違うよ。僕はそんなつもりで君達を探してたわけじゃないよ。」

 トーマスが否定すると、ジャニスが彼の事をじろじろ見てからかうように言った。
「僕らと同じスクラップになりに来たんだよね。」

「俺達と同じか。」クリスが納得するように言った。

「忘れられたんだ。」と、ジャニス。

「捨てられたんだ。」と、クリス。

「違うよ!違うってば!そんなんじゃないよ。スクラップになりに来たわけでもないよ!」
「ほらほら、ジャニスにクリス。彼をあんまりからかうんじゃないよ。」

 ディーンが諭すように言った。

「でもこの操車場に来たって事は実際そういう事だろうディーン。」

 クリスがぶっきらぼうに言い返す。

「それってどういう事?そもそも君達はこんな誰も寄り付かない操車場で何してるの?」
「この操車場に来る奴は誰からも必要とされずに、この操車場に追いやられて、忘れ去られるのさ。」

 トーマスの質問にクリスが返した。

「僕らは元々ウェルズワース・アンド・サドリー鉄道と呼ばれる鉄道で働いていたんだ。だけどその鉄道が閉鎖されて、その時にこの森に移動させられてそれきりさ。」
 クリスの説明にディーンは弱弱しく笑って付け足し、それから明るく言い添えた。

「だけど、僕らにはもう1度役に立てるチャンスがあるはずだよ。」

「そう思ってるのは思っているのはお前だけだよ。」

 クリスが吐き捨てるように言った。

「そんな事ないさ。僕らだってまたいつか彼の様に役に立つ機関車に戻れるはずだよ。」
 そう言うとディーンはまるでミュージカルのように唐突に歌いだした。

 自分達が輝いていた時代、ディーンは旅客列車や貨物列車を牽いて自分達の鉄道を走り回り、人々から好かれていた頃の事を歌い、ディーンに無理やり突き合わされる羽目になったクリスはジャニスと共に操車場で貨車や客車を入れ替えて誰かに必要とされていた頃の事を歌った。
 しかし自分達の鉄道が閉鎖され、彼らは新しい機関車達に仕事を奪われ、必要にされなくなった彼らは昔働いていた鉄道の人達に「また役に立つ機関車に戻してあげるよ」と約束され、それきりこの森に置き去りにされた事を歌って締めくくった。

「つまり君達はまた役に立つ機関車に戻りたいんだね?」

 歌を聞き終えたトーマスが尋ねた。

「当然さ。叶うなら君の様にまた誰かから必要とされたいよ。」

 トーマスの事を見ながらディーンが羨ましそうに言うとジャニスも頷いた。

「君みたいに走り回れるのが羨ましいね。」

 トーマスは微笑んだ。
「待ってて、君達にその気があるなら君達をまた役に立つ機関車に戻れるようにする事ができるかもしれない!」

 トーマスは呆気にとられるディーン達を置いて、大急ぎで森を飛び出して行った。

 カーク・ローナン港に来たトーマスは忙しく走り回る機関車達の間をすり抜けた、ようやくお目当ての人物を見つけることができた。

「トップハム・ハット卿!」

 トーマスの目の前にはレール点検車のウィンストンから降りて、工事の様子を見に来たトップハム・ハット卿が立っていた。

「何だねトーマス、今は忙しいんだが?」
「すみません、でもどうしても今すぐ話したい事があって。エドワードの支線の古い操車場で、ウェルズワース・アンド・サドリー鉄道で働いていた3台の機関車を見つけたんです。彼らを修理してまた役に立つ機関車として復活させるんです。そしたら島中の人手不足も解消されるはずですよ!」

 トーマスは必死に訴えかけた。
「彼らはまた役に立つ機関車に戻りたがっています!お願いです、彼らを修理して役に立つ機関車として僕らの仲間に加えてもらえませんか?」
 トップハム・ハット卿は暫く考えている様子だったが、やがて笑顔を見せた。

「彼らはソドー島の鉄道の歴史の中でも貴重な機関車だ。役に立つ気も満々なようだし、すぐに修理しよう。よくやったぞトーマス!」

「ありがとうございます!この事を知ったら彼らも喜びますよ!」

 トーマスはすぐに古い操車場へ引き返していった。

 何日か経ってクリス達、ウェルズワース・アンド・サドリー鉄道の機関車達の姿はソドー整備工場にあった。

「僕らの知らない間にこの島も色々と変わったね。こんな大きくて立派な工場、昔は無かったよ。」

 3台の機関車達は工場の景色にすっかり圧巻されてしまっている。
「褒めてもらえてうれしいよ。すぐに修理してもらえるからな。ここの整備士達の手に架かればあっという間だからな。」

 ジャニスの感想にビクターが嬉しそうに答えた。

「俺達もウェルズワース・アンド・サドリー鉄道の機関車が3台もこの工場に来るなんて驚きだし、光栄だよ。」
「何たってソドー整備工場は最高の整備工場ですからね!」

 そう言った直後にケビンはバランスを崩して吊り上げていた部品ごと大きな音を立てて横倒しになってしまった。「ウェルズワース・アンド・サドリー鉄道の機関車諸君!」

 トップハム・ハット卿が歓迎の言葉を口にしながら工場に入って来た。
「この方はトップハム・ハット卿だよ。ノース・ウェスタン鉄道の局長さんだ!」

 修理されるディーン達を見守っていたトーマスが3台の機関車に紹介した。

「君達が再びこうやって走れるようになって、この島の線路に戻って来れた事を嬉しく思うよ。」
「ありがとうございます。鉄道の一員に加えてくださったことを感謝します。」

 仲間達の代表としてディーンが丁寧にお礼を言った。

「ああ、それは良いんだ。だがな、この鉄道の一員になったからには信頼できて役に立つ仕事ぶりの機関車でないと困るぞ。」

 トップハム・ハット卿は少し強い口調で3台の機関車の顔を見た。
 トーマスは少し心配そうに3台の機関車達を見たが、彼らは顔を見合わせるとニンマリして沈黙を破った。

「お任せください。期待は裏切りません。」と、ディーン。

「必ず役に立ってみせます!特にクリスよりもね。」

 ジャニスが悪戯っぽく笑ってクリスの方を見た。
「うるさいぞジャニス、俺の方がお前より役に立ってみせるんだよ!」

 梯子が駆けられているのも忘れて思わず前進しかけたクリスをビクターが宥めた。

「まあ待て。お前さん達は修理がまだ終わってない。やる気に満ち溢れてるのは良い事だが、それは修理が終わってからにするんだ。」
「おい早くしてくれ。早く走りたくて仕方ないんだ!」

「そうだな、やる気があるのは良い事だが今は待つ時だ。だがそれだけやる気があれば充分熱意は伝わって来た。期待しているよ。」

 そう言ってトップハム・ハット卿はトーマスの機関室に乗り込んだ。
「工場の景色を眺めて気を紛らわせておけば、気づいた頃には修理が終わってるはずさ。君達の幸運を祈るよ。」

 トーマスは目くばせするとソドー整備工場を後にした。
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 修理されたクリス達は見違えるような見た目になって整備工場から出てきた。ディーンは濃い緑色に、クリスは赤、そしてジャニスは黄色に鮮やかに塗り替えられていた。修理を終えた彼らはエドワードの支線を手伝う事になっていた。
「こうして走り回れるなんて久しぶりだよ。空気がおいしいね。外の世界ってこんなに綺麗だったっけ。」

 颯爽と旅客列車を牽くディーンは独り言を呟いた。

「この路線は今も昔も全く変わってなくて良いね。故郷に帰って来た気分だよ。最高の気分だ。」

 旅客列車を牽くディーンはうっとりして言った。
 一緒に支線を走るエドワードも微笑ましそうに見ている。軽快な音を立てて昔と変わらない快適な走りに加え、ディーンの性格の良さに乗客も客車も彼の事をすっかり気に入った。

 クリスとジャニスはフィリップを手伝って入れ替え作業をしていた。

「行くよクリス、しっかり受け止めてよ。」

「それはこっちの台詞だ、ちゃんと渡せよ!」

 そんな言い合いをする2台だったが、彼らは驚くほどしっかりと連携が取れていた。ジャニスが押しだした貨車をクリスが受け止め、必要な場所へ移動させる。目にも止まらない貨車さばきに貨車達は悪戯を仕掛ける余裕すらなかった。

「貨車を揃えたからこれから港まで運んでいくよ。」

「お前は次に入れ替える必要のある貨車を用意しておけよ。」

 彼らの素早さに目を見張るフィリップにそう言い放つと彼らは前と後ろから列車を挟んで港まで運んで行った。
 

「貨車の扱いが上手いんだな兄弟。大人しくついてきてるのを見て分かるよ。」

 港に入って来たジャニスとクリスに向かってソルティーが言った。

「流石はベテランの仕事ぶりだね。」

 ポーターも感心していたが、2台にある事を教えてあげた。
「でも君達、あの双子のビルとベンには気をつけた方が良いよ。まだ会った事が無いから知らないと思うけど、彼らは悪戯好きだから。」

 傍の倉庫では倉庫の陰に隠れてベンが何やら様子を伺っている。港の奥では貨車を奪ったビルがダックに追いかけられていた。
「なーに。悪戯なら僕らも得意さ。」

「俺達の方が上手だって事もあり得るぜ。」

 ジャニスとクリスは顔を見合わせてニヤリとした。
 

 ビルとベンは港に見慣れない機関車がいるのに気づいた。

「アイツから貨車を奪ってやろうぜ!」

 ビルの提案にベンも賛成だ。彼らはクリスの前に止まっている貨車を奪ってやろうと忍び寄ったが、双子が近づいてくるのに気づいたクリスは貨車を押して走り始めた。
「ほらほら、どうした。俺から貨車を奪うんだろ?奪えるものなら奪ってみろよ!」

 クリスを追いかけるのに夢中になっていたビルをジャニスが押しだして車止めまで追いやった。
「ほら捕まえた!」

 ジャニスが楽しそうに言うと、笑いながら戻って来たクリスが言った。

「俺達に悪戯を仕掛けるつもりだったんだろうが、俺達には敵わないって事をよく覚えておくんだな。」

 ジャニスが退くとビルは悲鳴を上げ、双子のベンを置き去りにして逃げ出した。取り残されたベンも慌てて追いかける。

「待ってよビルー!」

 初めて会う双子を簡単にあしらうクリスとジャニスに他の機関車達もすっかり感心してしまった。

 ディーン達が修理を終えてエドワードの支線で働くようになった数日後、エドワードの支線の混乱と遅れは解消されいつも通りの日々が戻って来た。トーマスも自分の支線に戻っていつも通りの日々を過ごすつもりだった。ところが支線に戻ったはずのトーマスの姿はどこにも見当たらない。
 彼の姿はカーク・ローナンの支線にあった。

「機関士さん、僕らはどこに向かってるんですか?今日からまた支線に戻れるんじゃないんですか?」

「悪いがそれは言えないな。トップハムハット卿の命令でね。君を驚かせるご褒美があるんだ。」

 トーマスは支線の事やこれからどこへ連れて行かれるのかが気がかりで溜息をついた。
 機関士がトーマスを連れて来たのはカーク・ローナンの港だった。港はまだ工事をしていて活気に溢れ、賑わっていた。そこら中に機関車や重機、作業員がいてそれぞれの仕事に精を出している。

「ここは……カーク・ローナン港じゃないですか!」
「そうだよ、驚いたかい?トップハム・ハット卿は君を役に立つ機関車だと見込んで、大きな仕事を君に任せると言ったんだ。今日から暫くの間、カーク・ローナン港の工事のチームに加わってもらうぞ。」

 驚くトーマスに向かって機関士が誇らしげに説明した。
 早速トーマスはカーク・ローナン港の工事を手伝うチームの一員として仕事を始めた。騒音や砂埃の中で貨車を移動させたり、資材を運んで懸命に働くトーマスはトップハム・ハット卿が期待した通りの働きぶりを見せ、作業員や他の仲間達をすっかり感心させた。
 トーマスが瓦礫が積まれている貨車の入れ替えをひと段落させたところへ、聞きなれない汽笛が聞こえてきた。見てみると鉄骨を運んだディーンが到着したところだった。

「ディーン、こんなところで何してるんだい?」

「見ての通り建築資材を届けに来たのさ。あと来たのは僕だけじゃないぞ。」
 ディーンが振り返ると、彼に続いてレンガが積まれた貨車を牽いたクリスとそれを後押しするジャニスも到着した。

「トップハム・ハット卿がエドワードの支線での僕らの働きを認めてくれてね。ダック達に代わってもっと役に立てるこの港の建築作業を任されることになったんだ。」

 ディーンが誇らしげに説明した。
 港の工事に加わったクリス達は現場監督からトーマスの手伝いを命じられた。一緒に貨車を入れ替えながらディーンとジャニスはトーマスにいろんな話をせがんだ。まず尋ねてきたのはディーンだ。

「君はトップハム・ハット卿から支線を任されてるって聞いたんだけど、君の支線はどんなところなんだい?」
「僕らの走ってるエドワードの支線とは全然違うのかい?」

 ジャニスも興味津々だ。

「全然違うよ。ソドー島にはいろんな支線があるけど、間違いなく僕の支線が1番だね。鳥のさえずりに綺麗な花や美しい緑の木々、豊かな自然に囲まれた他のどこにもない最高の支線さ。」

 トーマスがそう豪語する。
「支線に採石場や港があるだって?」と、ディーン。

「そうだよ。僕は支線の採石場や港、それに操車場なんかの色んな所で必要とされてる。だから役に立つ機関車だと言われて支線以外の場所でも活躍させてもらえるんだ。」

 ディーン達がトーマスの話に興味津々なのに対し、クリスは納得いかなさそうに彼の後姿を睨んでいた。

 線路を開ける為にトーマス達は入れ替え終わった瓦礫が満載に積まれている貨車達を集積場まで移動させる仕事を与えられた。最初に瓦礫の貨車を集積場まで運ぶのはディーンとジャニスの役割だった。トーマスとクリスがそれぞれディーンとジャニスに列車を繋げようと貨車の列を押して行く。
クリスは押してきた貨車の列を前に止まっているジャニスに乱暴にぶつけた。

「おい、ちょっと!乱暴にするなよ!相変わらず雑な仕事ぶりだな……。」

「お前に言われたかないね。お前ほど雑じゃないさ。」

 ジャニスに文句を言われてもクリスはどこ吹く風だ。一方のトーマスは優しくかつ丁寧にディーンに貨車を繋げている。
「トーマス、君って本当に貨車の扱いが上手いんだな。」

 ディーンが感心しているとジャニスも言った。

「見てみなよ、君もトーマスを見習いな。彼と一緒にいれば君みたいな役に立つ機関車がどんなものか、どうやってなれるか学べるだろうよ。」
 ジャニスはいつもみたいにほんの少しからかったつもりだったし、クリスも彼女にからかわれるのは慣れていたのだが、トーマスの事を引き合いに出されてムッとした。

「自分の支線を持っていていろんなところから必要とされているって自惚れている奴なんかよりも俺の方が役に立ってるってところを見せつけてやる!」
 ディーンとジャニスが瓦礫を集積場まで運んでいる間、マードックとモリーが建築資材を運んできた。

「ディーン達が戻って来るまでに建築資材の貨車を必要な場所に移動させておこう。」

「分かってるさ。」

 トーマスに指示されたのが気に食わないクリスは乱暴に吐き捨てた。
 マードックが運んできてくれたレンガの貨車をトーマスが移動させようとしたところへ、クリスが不意にトーマスの目の前に割り込んできた。

「ちょっと!」

 急ブレーキをかけて怒るトーマスを他所にクリスはせせら笑うと、さっさとレンガの貨車を押し始めた。
 勝手にレンガが積まれた貨車を押そうとし始めたクリスだったが、貨車にはブレーキが掛けられていた。それに気づかないクリスは何とか貨車を移動させようと躍起だ。

「手伝おうか?」

「誰……が……お前……なんかに……手伝って……もらうか!」

 後ろから来たトーマスが名乗り上げたが、クリスはそれを頑なに拒む。
 ブレーキをかけられた貨車を押すだけでも大変なのに重たいレンガが積まれた貨車を5台纏めて押すのはトーマスより少し小さいクリスにとってはかなりの重労働だ。彼は何度も貨車に体当たりしてはガチャガチャと乱暴な音を立てる。

「そんなやり方じゃダメだよ。積み荷のレンガ落ちて割れちゃうよ。」

 トーマスが忠告する。
「俺のやり方だ!黙って見てな!」

 そんなクリスにトーマスはため息をついた。

「それじゃあ僕は木材の貨車を移動させておくね。」

 そう言ってトーマスは木材が積まれた貨車を5台纏めていとも簡単に押し始めた。それを見たクリスは悔しさ紛れにレンガの貨車に強くぶつかった。
 その衝撃で貨車のブレーキが壊れ、レンガの貨車は前に吹っ飛んだ。吹っ飛ばされたレンガの貨車は勢いよく線路の上を転がり、ポイントめがけて走っていく。運の悪い事に丁度トーマスが押している木材の貨車が丁度ポイントに差し掛かったのだ。
 トーマスがレンガの貨車が自分に向かって突っ込んでくるのに気づいた時はもう遅かった。作業員が慌ててポイントを切り替えると、ポイントに乗り上げたレンガの貨車はトーマスの押していた木材の貨車を巻き込んで派手に脱線してしまった。脱線した貨車は建築中の建物を壊し、線路を塞いでしまっている。
「こりゃまずい。トップハム・ハット卿が見たら怒るだろうなあ。」

 トーマスの機関士は帽子を抜いて頭をかいた。
 

 騒ぎを聞きつけたトップハム・ハット卿が現場に駆けつけると、トーマスとクリスが言い争っている真っただ中だった。

「どうしてくれるんだよ、君のせいだぞ!」

「お前がちゃんと状況確認をしないで走って来るからだろうが!」
「やめなさい!今度の事故は君達両方に原因があるぞ!」

 トップハム・ハット卿の厳しい声で2台のタンク機関車は言い争いを辞めた。

「貨車が脱線して資材はダメになるし、線路は塞がり、おまけに建物も壊れてしまった。これで港の工事予定に大幅な遅れが出てしまった。罰として君達には今夜から港の見張りをしてもらう!」
「そんなあ!」

「冗談じゃない!俺は悪くないぞ!」

「静かにしなさい!」

 トーマスとクリスが不満を言うと、再びトップハム・ハット卿が厳しい声で2台のタンク機関車を静かにさせた。

「両成敗だ。1週間しっかり見張りを務めるように!」

 事故の件でその日の港の工事はお昼には終わる事になった。サムソンとサニーが事故現場の後片付けを手伝ってくれた。サニーがクレーン車のジュディとジェロームを連れてきて、脱線した貨車を線路に戻している間サムソンが助けられた貨車や無事な貨車を移動させていく。

 トーマス達を見かけたサムソンは彼らを冷やかした。
「見張りを代わってもらってよかったよ。僕もこの港で見張りをさせられた事があるんだけど、夜になるととても奇妙なことが起こるんだ。」

「奇妙って?」

 トーマスが尋ねる。
「僕以外、誰もいないはずの港に謎の汽笛や機関車の走る音が聞こえたり、古い機関車の影が動くのが見えたりするんだ。噂によると昔、この辺りに存在した古い支線を走っていた機関車の幻影だとかなんとか。」

 サムソンが脅かすように声を震わせて言う。
「からかうのはよしなよサムソン、大丈夫だよ僕はそんなの見た事も聞いた事も無いよ。」

 サニーはサムソンを咎めてからトーマス達を安心させようとした。

「ふん、君は鈍感だから奇妙な出来事に気づかなかったんだろう。」

 サムソンは面白くなさそうに去って行った。
「まあ、少なくとも奇妙な出来事が起きても大丈夫さ。見張りが増える事になったからね。仲間が多ければ多い程心細く無くなるだろう。」

 サニーが振り返ると、ディーンとジャニスが姿を見せた。
「僕らも見張りを手伝うよ。」

「クリスが君に迷惑をかけたと聞いてね。色々と君を巻き込んだことが申し訳ないから僕らも見張りをする事にしたんだ。……クリスが夜の港に怯える姿を見たかったってのもあるけど。」

 ジャニスがクリスの方をちらりと見た。

「怯えたりするものか!」

 クリスが喚いた。

続く

 

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