その日、機関車達は皆朝からソワソワしていた。本土の機関車に渡す郵便物を渡し終えてヴィカーズタウンから戻って来たパーシーがクロバンズゲート駅に差し掛かると、反対側のホームで乗客を乗せていた高山鉄道のダンカンが声をかけてきた。
「ようパーシー。朝から大きな機関車達は一体何をソワソワしてるんだ?」

「何って、もうすぐアレが開催されるじゃない。」

「アレって何だよ。」

「だからアレだよ。アレが来週に迫ってるんだよ。」

 パーシーは興奮して上手く話せないようだった。
「馬鹿だな、『アレ』だけじゃ分からないじゃないか。『アレ』が何なのかを説明しろよ!」

 ダンカンがイライラした様子で言った。

「ベストドレッサーの日だよ!5月祭の時は毎年皆島で1番オシャレな機関車になる為に着飾ってるじゃない!」
 そこまで言って、パーシーはハッとした様子を見せた。

「悪いけどお喋りしてるこれ以上暇無いんだ。早くしないとジェームスにデコレーションを奪われちゃうんだ!」

 パーシーはダンカンの返事も待たずに駅を出て行った。
「ふん、ベストドレッサーはソドー鉄道の機関車だけが参加してるじゃないか。高山鉄道じゃ1度も開催された事ないぞ!」

 ダンカンは不満げにぶつぶつ言いながら乗客を乗せて出発した。

 パーシーが機関庫に戻って来ると、5月祭に合わせて行われるベストドレッサーに向けて既に他の機関車達は飾り付けを始めていた。

「僕はテープと旗をつけるよ。」と、トーマス。

「それじゃあ僕は三角飾りだ。」

 ヘンリーも張り切っている。
「ズルいよ、僕を置いて先に飾り付けを始めちゃってさ!僕の飾りはちゃんとおいてくれてるの?」

 盛り上がっている仲間達にパーシーが文句を言った。

「僕はちゃんと残しておいたよ。けどジェームスが……。」と、トーマス。
「パーシーの分も残しておいてあげなよって言ったのに……。」

 ヘンリーもジェームスの方を見ながら言った。

「旗飾りだろ。垂れ幕だろ。あとあと……それから……。」

 ジェームスはとてもワクワクしている様子だ。戻って来たパーシーにすら気がついていない。
「それは僕の飾りじゃないか!」

 パーシーが叫んだが、ジェームスは聞く耳を持たない。

「どうせ君は洗車をしてもらってペンキを塗り替えてもらって、どれだけ着飾ってもベストドレッサーには選ばれないんだから良いじゃないか。」
 着飾ったジェームスはパーシーの相手もしないで機関庫を出発した。

「心配しないでパーシー、整備工場に行ったらビクターがあなたのデコレーションをしてくれるわよ。」

 やり取りを見ていたエミリーがパーシーを優しく慰めてくれた。
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 次の日は待ちに待った5月祭だ。飾り付けられた機関車達は太陽の下、蒸気をもうもうと噴き上げて出発の準備を整えていた。パーシーもビクターからデコレーションを貰って綺麗に飾り付けられている。
 機関車達はトップハム・ハット卿が今日、どんな特別な仕事を任せてもらえるかと期待して待っている。せっかく綺麗に飾り付けてもらったのだ。皆、特別な仕事を引き受けてもっと自分をアピールしたかった。
「さあさあ、落ち着きたまえ諸君。今日の仕事を与えていくぞ。まずトーマスはタウンホールまでブラスバンドを連れて行きなさい。次にパーシーはフェスティバルに使う屋台を会場まで運んでくれ。ゴードンはいつも通り急行を牽いてお客さんを運びなさい。」
 トップハム・ハット卿が他の機関車達に仕事を言いつけている間、ジェームスはずっとソワソワしていた。何としてでも他の機関車より特別な仕事が欲しい。仲間に特別な仕事を取られるのではないかとやきもきしている。
「ジェームス。君は今日の午後、ボックスフォード侯爵夫妻と市長。それから私の妻と母をウルフステッド城までお連れするんだ。そこで催し物があるからな。とても重要なお客様だ。役目をしっかり果たすよう、頼むぞ。」
「承知しました!このジェームスにお任せください!」

 ジェームスは今までにない程舞い上がっていた。

「君は今日どんな仕事を任されるんだい、ヘンリー。また貨車を運ぶ仕事かな?」

 特別な仕事を任された事が嬉しすぎてジェームスは隣にいるヘンリーに絡んだ。
「うるさいなあ、これから任されるところだよ。」

「エミリーにはゴードンの手伝いを頼もう。それからヘンリーには……。」

 トップハム・ハット卿がヘンリーに仕事を任せようとした時、トップハム・ハット卿の付き人の1人が駆け寄って来た。
「トップハム・ハット卿、ウェルズワース駅から連絡があってどうやらエドワードが故障してしまったそうです。」「何だって、それは困った。彼には今日頼むつもりの仕事が沢山あるんだ。」と、そこまで言ってトップハム・ハット卿はジェームスの顔を見た。
「ジェームス、すまないが彼の仕事を引き受けてくれないかね。」

「そんな!僕には特別な仕事を既に任せてくださったじゃないですか!」

「特別列車は午後の仕事だから問題は無いだろう。午前中、君に頼む予定だった仕事はヘンリーに任せる。やってもらえるね?」
「はい、もちろんです!」ヘンリーは満面の笑みを浮かべて答えた。

「よし、これで決まりだ。では諸君、早速仕事に向かいなさい。」

「早く午前中の仕事を終わらせないと、君が牽く特別列車は僕が牽く事になっちゃうかもね~。」

 ヘンリーがからかいながら出発した。ジェームスは悔し気に彼の走り去る姿を睨むしかない。

「こうなったらさっさと仕事を終わらせて早く特別列車を受け取りに行くぞ!」

 力んで機関庫を出発するジェームスだったが……。

「悪いね。僕が故障したばかりに君に仕事を引き受けさせることになっちゃって……。」

「全く本当だよ。それもよりによって石炭の貨車を運ぶだなんて……。」

 ウェルズワース駅に来たジェームスに機関庫からエドワードが申し訳なさそうに言った。
「どうせなら旅客列車の仕事を任せてくれたら良かったのに。」

 エドワードが謝ってもジェームスの機嫌は全く良くならない。フィリップに石炭の貨車の列を繋げられても彼はいつまでもブーブーと文句を垂れている。
「こんな仕事さっさと終わらせてやる!絶対汚れないぞ!」

 ジェームスはボッボッと煙突から煙を出してブレンダムの港に走り出した。
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 ブレンダムの港まではとても順調な道のりだった。普段は貨車達に八つ当たりして走るジェームスだったが、今日の彼は慎重だった。

「汚しちまおうぜ。」

「汚してやる、汚してやる。」
 後ろで嘲け、囁き合う貨車達に注意しながら彼らを刺激しないように港に向かっていく。港まで行く道のりの間にある駅もそれは静かに通過していった。そして彼は汚れることなくブレンダムの港に到着した。
「やあジェームス。君がそんなにスムーズに貨車を牽いてるのを見るのは初めてだよ!」

 貨車達と連結器がぶつかる事もなく停車するジェームスを見て、ポーターはすっかり感心していた。
「そりゃあ今日の僕は絶対に汚れる訳にはいかないからね。いつもの倍、綺麗でお洒落で特別な機関車なんだ!」

「へえ、そうなのかい?」

 いつも以上に自惚れているジェームスをポーターは相手にしないようにして、ジェームスから列車を受け取ろうとした。
 と、そこへソルティーがやって来た。

「よーう、野郎ども。調子はどうだーい?うおっ!?」

 ジェームスと石炭の貨車が止まっている事に気づくのが遅れたソルティーは思い切り石炭の貨車に追突した。
次々と貨車達はジェームスのテンダーにぶつかり、石炭の埃が舞い上がった。

「ありゃ!」

 様子を見ていたポーターが思わず声を上げた。綺麗に飾り付けられたジェームスのテンダーは石炭の煤で薄汚れてしまっていた。
「ああ、そんな!まったくなんて事してくれたんだよソルティー!」

「おっと、悪かったな相棒。だがそれぐらいならまた洗車すりゃ綺麗になるだろう。」

 だが、そうはいかなかった。
「悪いな。その前にディーゼル整備工場にディーゼルオイルを届けてくれ。」

 クランキーが平台の貨車にオイルの入ったドラム缶を積み込んだ。

「ああ、そんな……。また汚れ仕事だなんて……。」
「エドワードの代わりに仕事をやり遂げなきゃ。頑張って。この後特別列車の仕事が待ってるんだろう?」

 ポーターが励ましたが、ジェームスの気は晴れなかった。

 ジェームスはオイルが積まれた貨車を牽いて田園地帯をゆっくりと横切っていく。

「これ以上で汚れるもんか!綺麗でピカピカ!綺麗でピカピカ!」

 ジェームスはそうお呪いを何度も唱えた。
 暫く走っていたジェームスは赤信号で、停車場近くで停車した。給水塔や石炭の補給所の他に洗車場も備え付けられていて、そこではサニーが洗車をしてもらっているところだった。

「ああ、良い気持だなあ。おや。やあ、こんにちはジェームス。」
 サニーが挨拶をしてきてもジェームスは挨拶を返さなかった。彼は洗車をしてもらっているサニーを横目で羨ましそうに見ている。

「ねえ機関士さん。僕も洗車してもらっても良いでしょ?このまま汚れたままなんて嫌だよ!」

 だが機関士は首を縦には振らなかった。
「先に仕事を終わらせないと。仕事を後回しにして洗車をしていたら時間に遅れて、ヘンリーに特別列車の仕事を取られるかもしれないぞ?洗車をする時間ならあとでも見つかるはずさ。」
「洗車する時間が無かったらどうするつもりだい?」

 信号が青になると、ジェームスは悪態をつきながら再び走り出した。

 ディーゼル整備工場に来ると、デンとダートが待ち構えていた。

「ああ、ようやく燃料が届いたみたいだな。」

「やっと着いたでやんすか。待ちかねたでやんす。」

「はいよ、君達の為に僕がわざわざディーゼルオイルを届けに来たんだから感謝してよね。」
 ジェームスは運んできた貨車の後ろにまわると、貨車を押してデンとダートと共に工場の中へ入っていった。工場にいるクレーンのハッピー・フックが届いたディーゼルオイルを貨車から降ろして行く。
「早くしてよねのんびりクレーンさん。僕は時間が無いんだ。」

「まあ待て、落ち着くんだジェームス。仕事中に焦ったり急かすのは良くないぞ。」

 デンが宥めたが、ジェームスは彼の忠告を聞き入れない。
「はいはい、分かりました。でも僕は忙しい機関車なんだ。この後も急ぎの用事がある。それに僕がどれだけ急かそうと君らには関係ないでしょ。汚いディーゼルにとやかく言われたって知ったこっちゃないね。」
 その時、事故が起きた。突然ハッピー・フックの吊り上げていた積み荷が不安定になり、バランスを崩して積み荷は真っ逆さまに落下した。それもジェームスの真上に。ボディーにドラム缶の当たる大きな音がして、ベタベタとした中身がまとわりついた。
「おやおや、これはジェームス。」

「なんてザマだ。汚いのはどっちでやんすかねえ?」

 デンは笑いを堪えながら言い、ダートはゲラゲラと笑い転げた。

「ああ、もう最悪……。」
 ジェームスはボディーを覆うディーゼルオイルに顔をしかめた。綺麗なデコレーションもすっかり汚れている。綺麗に飾り付けられたジェームスの姿は見る影もない。

「今すぐ洗車しに行かないと!」

 ジェームスは逃げるようにディーゼル整備工場を後にした。
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 ジェームスは運河に沿って走らされていた。彼は水面に映る自分の姿を見てげんなりした。

「こんな姿、僕には相応しくないよ!早く洗車しないと!」

 彼は機関士が洗車場まで連れて行ってくれていると思った。だがそれは間違いだった。
「うえっ、何なのこの酷い臭い……!」

 ジェームスは顔をしかめた。カーブを曲がってジェームスが着いたのは操車場だった。操車場には沢山のゴミを積んだ貨車の長い列が待っていた。
「まさかこれを僕に運べって言うの?」

 ジェームスは思わず機関士に尋ねた。

「そうだよ。これもエドワードの仕事の予定に入っていたからね。」

 機関士は平然と言ってのけた。
 スタフォードがジェームスと貨車を連結させるために貨車をジェームスに近づけたが、貨車がジェームスのテンダーにぶつかって荷台のゴミが辺りに飛び散った。

「ちょっと!気をつけてくれよ!」

 文句を言うジェームスに作業員がゴミの貨車を連結する。
「これ以上汚れるもんか!」

 ジェームスは気張って出発した。

 ジェームスはさっさと仕事を終わらせようと、しかし汚れないように細心の注意を払いながら走っていく。

「汚れるもんか!汚れるもんか!綺麗でピカピカ!綺麗でピカピカ!」

 ジェームスは急がないことを意識する為に何度も同じ言葉を繰り返す。
 ゴミ集積場があるピール・ゴッドレッド線に続くジャンクションに差し掛かった時、旅客列車を牽いたダックが反対方向からやって来た。

「やあジェームス、随分と個性的な飾りつけだね。」
 ダックにからかわれたジェームスは恥ずかしさのあまり何も言わず支線に入っていった。
 支線に入ってからもジェームスの事をからかう機関車がいた。ハリーとバートだ。

「なんて汚い機関車だ!」

「遠くから臭いがしてたぞ。」

 双子にからかわれるのが嫌で、ついスピードを上げてしまった。
 仕事に打ち込んでいる間は汚れやオイルのべたつきも気にならなかったが、他の機関車達にからかわれるうちにジェームスは綺麗な機関車に戻りたくて仕方なかった。笑われるのはもううんざりだ。綺麗に洗車して、飾りなおしてもらい、特別列車を牽けるかも気になって仕方ない。

 ウィフとスクラフはゴミ集積場でいつもの様にゴミの貨車を入れ替えていた。

「用意は良いかいスクラフ、そろそろジェームスが来るよ。」

「おや、話してたら来たみたいだぞ。」

 ジェームスの汽笛を耳にしてスクラフが反応した。
「ボディはベタベタするし、鼻は曲がりそうだし……。」

 ゴミ集積場に着いたジェームスはすっかり自分のボディに気を取られていた。

「ジェームス、止まって!」

「危なーい!」

 ウィフとスクラフの叫び声にジェームスは前を見た。
 目の前にはゴミの貨車を積んだ貨車の列が止まっていた。貨車に気づいたジェームスがブレーキをかけた時には遅すぎた。スピードを落とす事も出来ずにジェームスはゴミの貨車の列に体当たりしてしまった。

 衝撃で貨車に積まれたゴミがジェームスに飛び散る。さらに悪い事にジェームスはずるずると線路の上を滑り、止まったところは運悪くゴミ専用ホッパーの真下だった。べちゃべちゃとジェームスのボイラーに生ゴミが降り注ぐ。
 ウィフとスクラフは恐る恐る目を開け、ジェームスの姿を見ると目を合わせた。ジェームスは何も言わなかった。ゴミ集積場は静けさに包まれた。
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 飾りつけられた機関車達がナップフォード駅に集まっていた。島の人々は普段見られない着飾った機関車達を見てすっかり感心している。

「グレート・レイルウェイ・ショーの最優秀デザインショーに参加すれば間違いなく優勝だ!」

 ホームにいた人が言った。
 機関車達は褒められて鼻高々だ。着飾る事ができてすっかり満足している。と、生臭い臭いがその場にいた全員の鼻を刺した。

「嫌な臭いだなあ。何だか近づいてくるみたいだ。」と、ヘンリー。

「何の臭いだ……?」と、ゴードン。
 そこへジェームスが到着した。ジェームスの酷い姿にその場にいる全員が唖然とした。彼のボディーは石炭の煤で汚れ、ゴミに塗れ、ディーゼルオイルが滴り落ちている。

「ジェームス、その姿……。」

 最初に口を開いたのはパーシーだった。
「ダックから聞いてたけど、ここまで酷いとはね。」

 ヘンリーがくすくす笑う。辺りにどよめきが起こり、やがて笑い声に代わった。
「なんて酷い姿だ。これは仮想大会じゃないんだぞ。君に特別列車は任せられん。ヘンリー、君が代わりに特別列車を牽きなさい。ジェームスはすぐに綺麗にしてもらうように。」

 ジェームスの姿を見たトップハム・ハット卿が指示を出した。
「はーい、承知しましたー。」

 しょんぼりして駅を立ち去るジェームスを仲間達が冷やかした。

「ハロウィンにしてはちょっと早すぎるんじゃない?」

「特別列車を牽かなくても目立てて良かったじゃないか。」

「ベストドレッサーはジェームスで決まりだね。」
 一方のヘンリーはロージーから特別列車の客車を受け取ると、ボックスフォード夫妻やトップハム・ハット卿、それからハット卿夫人とハット卿のお母さんを載せた列車を牽いて意気揚々と出発した。

 自分のことを追い抜いていくヘンリーを見てジェームスはこんな姿でベストドレッサー賞を取りたくない思いながら洗車場に向かうのだった。

 

◎あとがき

 こんばんは。赤髪です。今回はまるまる書き直しした完全オリジナル新作なのであとがきを書く事にしました。

と言ってもいつもの如く内容の無いあとがきになると思いますが(笑)

 第一稿では「塗装を塗り替えることになっていつもより自惚れたジェームスが赤の塗料不足で青い塗料を塗られて仲間から笑われる」というエピソードでしたが、今回のようなお話に訂正しました。

 ジェームスが不憫な回を書きたいという理由の他に模型期の中でも特にお気に入りのエピソード、第7シーズン「ベストドレッサーはだれ」に出てくる「ベストドレッサー賞を決めるコンテスト」を取り上げ、同じく模型期でお気に入りエピソード、第7シーズン「ジェームスとソドーとうの女王」要素も取り入れてた話にしようと思い書き換えました。おかげで公式でありそうな話に仕上がってしまいました(笑)

 

 ヘンリーを準主役にしたのは公式の方でヘンリーが出ていなかったから出してみただけです。あとこの回で当時存在すらしていなかったサニーをどさくさ紛れに当ブログで初登場させてみました(笑)

 

 では今回はこの辺で(@^^)/~~~

 

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