ソドー整備工場には毎日沢山の機関車と貨車、それから客車がやって来るソドー島でも特に忙しい整備工場だ。そこではタンク機関車のビクターとクレーン車のケビンがコンビを組んで働いている。
 彼らは長い間コンビを組んでいて、ずっとソドー整備工場で働いていたが、クレーン車のケビンはまだまだ未熟で、ビクターは相方のケビンの面倒を見るのにいつも手を焼いていた。
「ケビン、ヘンリーの部品を持ってきてくれ。」
「了解ですボス、今すぐ持って行きますね!」
 ヘンリーの部品を積んだパレットを吊り上げたケビンは猛スピードでビクターのところに向かった。ところが、ケビンはスピードを出し過ぎていたせいで、ブレーキをかけた弾みに勢い余って横倒してしまった。
「おいケビン。スピードの出し過ぎにはいつも気をつけろって言ってるだろ。」
「すんませんボス。」
 おっちょこちょいなケビンをビクターはいつも心配していて、彼から目を離す事が出来なかった。彼から離れ離れになるなんて恐ろしくて、考えられなかった。前に彼に留守番をさせた時に工場を滅茶苦茶にされた事があったのだ。
 
 だが恐れていた事が現実になった。トップハムハット卿が整備工場にやって来て、ビクターに指示を出した。
「ビクター、ダンカンが故障してしまったからまた高山鉄道の機関車達を手伝ってほしい。時々手伝いに行ってくれてるから頼んでも良いだろう?」
「ああ、はい。お任せください。」
「良かった。今回は少し長く向こうに滞在してもらいたくてね。」
 それを聞いてビクターは少し心配になった。
「俺は工場を離れても平気なんですが、どれぐらい手伝いに良いんでしょうか?」
「1週間だ。」
「1週間もですか!?その間整備工場の留守番は誰がやるんです?またトーマスが来るんですか?」
「いや、他の機関車達も忙しいから今回はケビンだけで留守番してもらおうと思う。ミスター・パーシバルには君の事を伝えてあるから、直ちに高山鉄道に向かってくれたまえ。」
「今からですか!?」ビクターはショックを受けた。
「そうだ。急いでくれ、でないと混乱と遅れが生じてしまうからな。頼んだぞ。」そう言ってトップハムハット卿は行ってしまった。
 入れ違いでウェンデルが部品の貨車を取りに工場にやって来た。
「どうしたんだいビクター、君の声が工場の外まで響いてたよ。ケビンが何かまた失敗したの?」
「ケビンの事なんだが、そう言う訳じゃないんだよ。」ビクターはさっきトップハムハット卿に言われた事をウェンデルに全て伝えた。
「……と言う事なんだよ。ケビン1人で留守番させるのも不安だし、お前さんが整備工場で留守番してケビンの面倒を見てくれないか?君は工場の機関車だし、ここで働くのも簡単だろう?」
「無理だよ。僕も自分の工場の仕事があるんだ。ケビンの面倒を見てあげたいのは山々だけどさ。まあ気分転換だと思ってケビンに工場を任せて君は高山鉄道に行って来なよ。」
「他人事だと思って……。」ビクターは深いため息をついた。
 
 高山鉄道への出発間際、ビクターはケビンに今日の予定を詳しく伝え、それから混乱を起こさないように強く念押しした。
「いいかい、荷物は落とすんじゃなくて降ろすんだぞ。ゆっくりゆっくり、優しく優しくな。それとスピードの出しすぐには十分気をつけるんだ。それから……。」
「大丈夫ですよボス。整備工場の事は僕に任せて、安心して高山鉄道に行ってきてください!」
「それだと良いんだがな……。」と、ビクターは足取り重く出発した。
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 ビクターがブルーマウンテン採石場に来ると、操車場の大きなターンテーブルの傍にいたスカーロイとレニアスが出迎えた。
「やあビクター。君が来てくれて助かるよ。ダンカンが故障してラスティーが彼の代わりに仕事をしているから、人手が1人足りなくなってたんだ。」と、スカーロイ。
「君って僕らを修理するだけじゃなくて、ピンチヒッターにもなってくれるんだね。まさにヒーローだよ。」と、レニアス。
「ああ、お安い御用さ。人助けが俺の仕事みたいなもんだからな。」
 ビクターが力なく言って持ち場に向かうのを見てスカーロイとレニアスは不思議そうに顔を見合わせた。
 
 ブルーマウンテン採石場でのビクターの仕事はソドー整備工場での仕事より多かった。だがそのおかげで整備工場が気になっているビクターの気は紛れた。
 彼は埃まみれになりながら空の貨車や石を積んだ貨車を移動したり、切り出した岩を粉砕機へ運んだり、加工されたスレートを受け取った。
 ビクターがすっかりソドー整備工場の事を忘れた頃、チームを組んで一緒に働いていたピーター・サムが彼に声をかけた。
「もうすぐトーマスが石を積んだ貨車を取りに来るから、それまでに石の貨車をオーウェンのところまで運んで、トーマスの貨車に石を積んでおいてくれるかい?」
「任せておけ。」
 ビクターは用意されていた貨車を押してオーウェンのリフトに貨車を乗せた。オーウェンのリフトは2つ付いていて、それぞれ貨車を2台ずつしか乗せられないのでビクターは何度も往復しなければならなかった。
「次の2台で最後だぞビクター!」オーウェンが声をかけた。
「了解だオーウェン。」
 ビクターが1台目の貨車をリフトにセットして最後の貨車を取りに行こうとした時、トーマスが貨車を取りに麓にやって来た。近くで仕事をしていたサー・ハンデルが出迎える。
「やあトーマス。何だか車輪の方から変な音がしてるね。整備工場で診てもらった方が良いんじゃないのかい?」
「うん、そうなんだよ。昨日からずっと気になってたんだ。多分ロッドが原因だと思う。ロッドが外れる前に整備工場に行かないと。」
 彼らの会話を偶然耳にしたビクターはソドー整備工場の事を思い出した。
「ケビンの奴、俺がいなくても上手くやってるかな……。また整備工場がとんでもない事になってるんじゃ……。」
 そう考え始めるとビクターの注意力は散漫になってしまっていた。
「止まれ!」
「おい止まるんだビクター!リフトから貨車が落ちるぞ!」
 作業員とオーウェンの声に気づいた時にはビクターは停車位置を過ぎていて、貨車をオーウェンのリフトから落としてしまった。貨車はひっくり返り、積まれていた岩も辺りに散らばり、リフトを下げる事ができなくなってしまったが、幸い怪我人は出なかった。
「すまない。俺とした事が少しぼんやりしていたみたいだ。」ビクターが謝った。
 崖の上から様子を見ていたスカーロイが指示を出した。
「とにかく貨車を片付けないと。トーマスは先に港に行ってくれ。ビクターはクレーン車を持ってくるんだ。」
「分かったよスカーロイ。」
「ああ、すぐ行くよ。」
 
 その事故の後でビクターは高山鉄道で使う石材の積み込みの仕事を手伝う事になった。ブルーマウンテン採石場で採れる石はソドー鉄道だけでなく、高山鉄道にも運ばれるのだ。
 ビクターがバックで積み込み場に入っていった。彼はソドー整備工場の事を忘れようとしていたが、そうしようとすればするほどどうしてもソドー整備工場の事が頭から離れなかった。
 そして別の問題が起きた。ソドー整備工場の事ばかり気にしていたビクターは後ろを確認しておらず、メリックが石を積み込もうとしていた貨車に衝突してしまった。貨車は脱線し、さらにメリックが積み込もうとしていた石がその上に落ちてしまった。
「すまないビクター!君の上に石が落ちなくて良かったよ。」
「俺は平気だメリック。謝らないといけないのは俺の方だよ。俺がぼんやりしてたのが悪いんだ。すぐにクレーン車を持ってくる。」
 だが慌てて積み込み場を飛び出したせいで、彼は積み込み場の前にある分岐点をルークが通過している事に気づかず、彼の牽いていた貨車の列に突っ込み、脱線させてしまった。
「大丈夫かいビクター。」
「すまないルーク。君にまで迷惑をかけてしまって。すぐにクレーン車を持って……。」
 そこまで言いかけて、ビクターは自分も脱線している事に気がついた。
「今の君は動けないみたいだから僕が持ってくるよ。」
 
 ルークが採石場の操車場にやって来ると、スカーロイもそこにいた。
「やあルーク。そんなに慌ててどうしたんだい?」「ビクターが事故を起こして脱線しちゃったんだ。だから救助用のクレーン車を取りに来たんだ。」
「またかい?今日2回目だぞ。彼らしくないなあ。」
「ソドー整備工場から離れてるからホームシックになってるのかも……。」
「そんなまさか。彼は何度もソドー整備工場を離れて僕らを手伝いに来てるんだぞ。」
 スカーロイはビクターの事が気がかりになり始めていた。
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 線路に戻されたビクターは操車場で貨車の入れ替え作業をする仕事を任された。失敗の連続でビクターはすっかり落ち込んでいたし、ソドー整備工場の事が気がかりでしょうがなかった。
 ブルーマウンテン採石場の操車場の大きなターンテーブルは『三線軌』と言う特殊なレールが敷かれていて、本来なら2本しか敷かれていないレールの間にもう1本レールが敷かれている事で、幅の広い線路を走るソドー鉄道の機関車も幅の狭い線路を走る高山鉄道の機関車も走れるようになっていた。
 ブルーマウンテン採石場は大きな採石場なのでビクターはターンテーブルで行き先を変えながら、貨車を正しい場所へ移動させていた。
 ビクターは仕事に集中しようとしたが、頭の中に思いつくのはソドー整備工場の事ばかりだ。そしてまたしても、事故が起きた。ターンテーブルが正しい位置に止まっていない事に気がついていないビクターはそのまま走り始めた。
「ビクター止まるんだ!」
 スカーロイの怒鳴り声でハッとした時にはビクターはターンテーブルから幅の合わない標準軌の線路へ飛び出し、地面をえぐって止まった。1日に何度も失敗した事でビクターはいたたまれなくなっていた。
「おやおや、いつも特別製の線路を走っているせいで、自分がどの幅の線路を走らなきゃいけないのか分からなくなったのかい?」近くを通りかかったサー・ハンデルがせせら笑った。
「笑ってないでチェーンを持ってきてくれ。僕が線路に引き戻すから。」スカーロイが言った。
 
 スカーロイはビクターを線路に引き戻すと、彼と向かい合わせになって彼に今日の失敗について聞き出した。
「今日は一体どうしたんだいビクター。いつも失敗なんてしないのに。」
「ああ、スカーロイ。本当に申し訳ないと思ってるよ。手伝いに来たのに迷惑ばかりかけて。実は整備工場にいるケビンの事が気になってね。アイツ1人で留守番大丈夫かどうか……。」
「でも君は今までに何度も整備工場を離れて僕らの仕事を手伝いに来てくれてるじゃないか。」
「そうだが、その度にソドー整備工場は滅茶苦茶になってるんだ。ケビンはまだまだ未熟だし……。」
「君、ケビンのボスならもう少しケビンを信頼してやったらどうかな?」
「信頼?俺は彼の事を信頼してるぞ?」
「そうかな。信頼してるなら君は整備工場を離れている間、整備工場やケビンの事を気にしないはずだけど。」
 スカーロイに言われ、ビクターは返す言葉を失った。確かにスカーロイの言う通り、今よりもう少しケビンを信頼するべきなのかもしれないとビクターは思い始めた。
「まあ今日の仕事はこれで終わりだし、ソドー整備工場の様子を見て、大丈夫そうだったらまた明日手伝いに来てよ。」スカーロイが優しく言うと、ビクターは微笑んだ。
 ケビンの事をもっと信頼すべきだとは思ったものの、帰った時に整備工場が滅茶苦茶になっていないか、内心まだ心配だった。
 
 ソドー整備工場の裏側に来た時、ビクターは静まり返ったソドー整備工場を見て不安になった。彼は意を決して、裏口から工場の中へ入った。
「ただいまケビン。今戻ったよ……。」
 すると、エンジン音を響かせてケビンが出迎えた。
「お帰りなさいボス!ボスが留守の間、しっかり留守番してましたよ!」ケビンに笑顔で言われ、ビクターは工場を見回した。
 確かにケビンの言う通り、工場の中は滅茶苦茶になっておらず、いつもの姿のままで、整備の仕事を終えた整備員が掃除や後片付けをしているところだった。
「凄いな……君1人で留守番できたのか……俺が心配する必要なかったんだな……。」
「だから言ったでしょ?」驚くビクターにケビンが明るく言った。
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 次の日、ビクターはまた高山鉄道を手伝いに行く為に出かける準備をしていた。彼は昨日と同じように、その日の仕事の予定を詳しくケビンに伝えた。
「……それからジェームスの整備点検をしてやってくれ。」
「ダックの修理にモリーの部品交換にジェームスの整備点検ですね、了解ですボス!」
「あとケビン。」
「はい、何ですボス?」ビクターが付け加えると、ケビンは不思議そうな顔で聞き返した。
「……今日もしっかり留守番を頼むぞ。俺はお前の事を信頼してるんだ。」
 その言葉を聞いてケビンは顔を輝かせた。
「はい!お任せください!」
 自信たっぷりに答えるケビンを見て、ビクターは微笑みかけた。ケビンの事を前よりさらに信頼するようになったビクターは自分の仕事をやり遂げる為に、安心して高山鉄道へと出かけていくのだった。
 
●あとがき
 今回は昨年投稿した「ケビンのプレッシャー」後日談に当たる話です。後日談に当たると言いましたが、書いている最中は「ケビンのプレッシャー」の裏側、つまりビクター視点を意識して書きました。CG期のキャラで特に好きなビクターを主役にして、時々高山鉄道に手伝いに行っているという設定を活用したのは良いですが、「3回失敗を繰り返す」と言うCG期初期のつまらない展開になってしまったと思います()
 前々回登場したウェンデルも修理工場勤務の機関車繋がりとして脇役で登場させましたが、ぶっちゃけ今後彼に出番があるかは不明です(笑)
 ラストでケビンが一人前になったように書いていますが、今後は普段通りおっちょこちょいな役回りにするつもりです。ビクターとケビンのエピソードは来期も予定していて、この話を書いている最中に思いついた案を投稿する予定です。ケビン主役のエピソードで今回の話を来期に移行して、今回そのお話を投稿しようと思いましたが前期にケビンを主役にした回を投稿した為、今回は予定通りビクター回にしました。
 
 さて次回は今回脇役として登場した高山鉄道が舞台。ハロウィンの日にお化けを怖がるルークをからかうダンカンに機関車達はお灸を据えようと企んで・・・・・・。あの一発屋が甦ります(笑)
 今回はこの辺で(@^^)/~~~
 
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