フラッシュ・マッケンジーのクラッシュはレース界に震撼を与えた。テレビでは連日マッケンジーの事故の事が報道されていた。「ピストン・カップで活躍中のフラッシュ・マッケンジーがレース中のクラッシュにより、緊急入院する事になったそうです。」「今シーズンのピストン・カップの優勝候補でもあった無名の新人、フラッシュ・マッケンジーがレース中に大クラッシュに巻き込まれたという速報が入ってきました。」「命に別状はありませんが、暫くの間レース活動を休止するとクルーチーフから発表されました。」
マスコミはレーサー達にもマイクを向けた。「フラッシュ・マッケンジーは本当に良いレーサーだったわ。1日も早い復帰を祈っているわ。」女性レーサーのダニカ・カートリックが真剣な表情でインタビューに答えた。
インタビューに答えたのはダニカだけではなかった。カーティスもインタビューに答えていた。「マッケンジー選手のクラッシュについてどう思われますか?」マスコミの質問にカーティスは嬉しそうに答えた。「彼がレース活動を休止するのは残念だが、ライバルが減って嬉しいよ。復帰した時にはフラッシュ・マッケンジーじゃなくて、゛クラッシュ″・マッケンジーに改名してもらいたいね。」カーティスは嫌らしい笑みを浮かべながらコメントした。
あるレース番組ではコメンテーターがコメントしていた。「誰もが気になるのは、果たしてフラッシュ・マッケンジーが今シーズン中に復帰できるのか。これに尽きるでしょう。」
大クラッシュから4週間後。フラッシュ・マッケンジーは病院から退院して、ラジエーター・スプリングスに戻っていた。幸い命は助かったが、クラッシュによる心の傷は癒えていなかった。町に戻ってからマッケンジーはコージー・コーンモーテルに籠りっぱなしだった。
次のレースまで1週間を控えた日、マッケンジーは自室でラジオを聞いていた。丁度ピストン・カップに関する番組が放送されていた。「フラッシュ・マッケンジーのクラッシュから4週間が経ちました。マッケンジーが不在の4戦中、トロイ・ファースターとカーティス・ルーカスがそれぞれ2勝し、総合順位でさらにリードを広げました。マッケンジーに挽回のチャンスはあるのでしょうか。何より彼が復帰する兆しはあるのか。」
マッケンジーがラジオを消した時、誰かが部屋の扉をノックした。マッケンジーが扉を開けると、そこにはマックイーンが立っていた。「よう、どうも。」「ああ、マックイーン。」「調子は?」「いいよ。絶好調だ。」
マッケンジーの答えを聞くとマックイーンは暫く彼の顔を見つめてから口を開いた。「そうか、それじゃあトレーニングを再開しようか。」マックイーンが向きを変えて走り出すのをマッケンジーが引き留めた。「いや、本当は全然良くないよ。」
それを聞いてマックイーンはマッケンジーの方に戻って来た。「トロイとカーティスに差をつけられてから、どんどん差が開く一方だし、あんたのテクニックは身につけられないし、おまけにこの間のクラッシュ。このままじゃピストン・カップのチャンピオンになんてなれないだろ!」マッケンジーはずっと胸につかえていたものを全て吐き出した。
心情を一気に吐き出し、荒い息のマッケンジーにマックイーンは少ししてから口を開いた。「ついておいで。」
マックイーンはマッケンジーを自分のガレージに連れてきた。「生きてれば誰でも壁にぶつかるものさ。」そう言ってマックイーンが電気をつけると、壁にかけられている新聞の切り抜きを入れてある額が照らされた。
マッケンジーが近づいて新聞の切り抜きを見てみると、「クルーズ・ラミレス大クラッシュ、引退の危機!」と言う大見出しと共に大クラッシュしたクルーズの写真が載せられていた。その下の小見出しには「クラッシュの原因はクルーチーフか」とも書かれ、報道陣に囲まれたマックイーンの写真が載っていた。
「クルーズは本当に素晴らしいレーサーだった。ピットにいる俺とコースにいる彼女、まるで1つになってレースしてるみたいだった。彼女は12年もピストン・カップの王座に居座り続けた。でもそんな時、アイツが現れた。」「アイツって?」マッケンジーに聞かれると、マックイーンはぽつりと答えた。「カーティス・ルーカス。」

マックイーンは当時の事を語りだした。12年前、カーティス・ルーカスは彗星の如くサーキットに現れて、デビュー戦で1位をかっさらった。カーティスの登場にクルーズはもちろん俺も戦慄していた。カーティスに追い詰められるクルーズを見て、マックイーンは自分がストームに追い詰められた時と被せてしまい、同じ思いをさせまいと何とかしてクルーズを勝たせようと思った。それが仇となった。
カーティスがデビューしたその年の最終戦、ポイントはカーティスがリードしていてクルーズはそのレースで逆転勝ちしないとチャンピオンになる事はできなかった。クルーズは奮闘したが、カーティスからトップを奪えないままファイナルラップを迎えていた
カーティスを追うクルーズはトップ10に入っていたが、不意に戦闘で大クラッシュが起きた。クラッシュを目にしたクルーズは回避しようとしたが、そんな彼女にマックイーンは無謀な指示を出した。「クルーズ、クラッシュの中に突っ込んで通り抜けろ!」「そんなの無茶よマックイーンさん!」「回避していたら逆転勝ちできない!カーティスに勝つにはそこを通り抜けるしかない俺の走りを見てた君ならできる!」
マックイーンの指示を受けたクルーズはクラッシュの中に飛び込んでいった。そして……。「なんて事だ!クラッシュの中へ飛び込んでいったクルーズが巻き込まれた!」実況者の声にマックイーンは呆然とした。
入院したクルーズは命に別状は無かったが、レースを続けられる体ではなかった。マスコミはクルーズのクラッシュを大々的に報道し、クラッシュの原因がマックイーンの無謀な指示なものによるとバッシングした。
「クルーズ・ラミレスがファイナルラップで大クラッシュ!」「クルーズラミレスまさかのクラッシュ、フィニッシュラインを超える前にレース生命がフィニッシュ」「原因はクルーチーフの無謀な指示か」
世間からのバッシングもあったが、クルーズのレース生命を絶った事に耐えられなくなったマックイーンはレース界を立ち去る事にしたのだった。

マックイーンが話し終わると、暫くガレージに静寂が訪れた。マックイーンが再び口を開いた。「俺は2度とサーキットに戻るつもりはないと思ってた。だけど君が現れたのをきっかけに俺は自分が抱えていた過去と言う壁を乗り越えてサーキットに戻るチャンスを掴む事ができたんだ。君にも壁を乗り越えて、再びサーキットに戻るチャンスを掴んでほしいんだよ。」
「だけどあんたのテクニックを身につけなきゃ奴には勝てない。でもそうすればまたクラッシュするかもしれないんだよ。」「何かを得るにはリスクが伴う。クラッシュするリスクを恐れて、得られるものを逃がすか、リスクを乗り越えてに俺のテクニックを得るか。お前はどっちがいい?」
マックイーンに問われたマッケンジーは暫く口を閉ざしていたが、それから少しして結審した表情を浮かべるとマックイーンの目をまっすぐ見て答えた。「乗り越えてみせるよ、その壁をね。」
5日後。シャーロット・スプリングス・スピードウェイではシャーロット・スプリングス400の予選が行われようとしていた。パドックでレーシング・スポーツ・ネットワークのレポーターがカメラに向かってレーサーに取材していると、周りの記者がざわめき始めた。
「ご覧ください!フラッシュ・マッケンジーのトレーラーが入ってきました!どういう事でしょうか。今扉が開いてクルーチーフに続いてフラッシュ・マッケンジーが出てきました!速報です!大事故から僅か1ヵ月ほどでフラッシュ・マッケンジーがレースに復帰しました!」
メーターやサージ、ルイジとグイドに質問攻めにしようとしてくるマスコミ達から守ってもらいながら、マックイーンとマッケンジーは堂々とした姿でピットへ向かった。ピットへ来ると、自分の陣営でコースに出る準備をしていたカーティスがマスコミに囲まれるマッケンジーに気づいて近づいてきた。
「おやおや、誰かと思えば〝クラッシュ″・マッケンジーじゃないか。もう復帰したのか?」「ああ、おかげさまで。」「お前が帰って来てくれて良かったよ。潰し甲斐のある奴が他にいなかったもんでね。今回はクラッシュしないといいな。」カーティスは嫌味たらしく言うとコースに出て行った。
カーティスに続いてマッケンジーがコースに出て行くのをトロイが陣営からじっと見ていた。
さらにそこから2日経ち、シャーロット・スプリングス400本戦を迎えた。実況席からボブとダレルがコメントしていた。「全く信じられません。フラッシュ・マッケンジーが復帰しました!」「彼の復帰を無理だと語っていたものもいますが、マッケンジーがその予想を大きく覆しました。31戦目となるこのシャーロット400での結果がどうなるか大注目です。」
「そのマッケンジーは予選で4番グリッドを獲得。マッケンジー最大のライバルであるカーティス・ルーカスは2番グリッド。注目のトロイ・ファースターは1番グリッドを獲得しただけでなく、今シーズンの最速記録を叩き出しています。」実況席のスクリーンを見ながらボブが解説した。「マッケンジーの復帰戦、強敵カーティス達がどうでるのかも気になるところですね。」ダレルが言った。
「ブルンブルンブルン!レースの始まりだ!」ダレルの掛け声とともにレーサー達は勢いよくスタートラインを飛び出して行った。レーススタート直後戦闘のトロイとカーティスは後ろのレーサーを一気に引き離し、2番手のカーティスがトロイを追走する形に持ち込んだ。
「他のレーサー達より1周リードしたトロイとカーティスが53周目に迫ります!」ダレルが実況した。「マッケンジーは俺に追いついて来れないだろう。あとはトロイからトップを奪えば俺の勝ちだ!」カーティスは有頂天で言うと、トロイの隣に張り付いた。
「待ってください。その後ろから誰かが迫って来ていますよ!」ボブが言うと、ダレルもそのレーサーの姿を見て興奮した口ぶりで言った。「信じられない速さだ!アレは誰だ!?」
トロイとカーティスも自分を追い抜いていくそのレーサーを見て唖然とした。「そんな馬鹿な!」カーティスが叫んだ。「フラッシュ・マッケンジーです!フラッシュ・マッケンジーがトップを奪いました!」と、ボブ。
白熱のシャーロット・スプリングス400はマッケンジーの勝利で終わった。復帰したマッケンジーの連勝はそこから止まる事が無かった。パームマイル・スピードウェイ、ミシガン・インターナショナル・モーターウェイ、タラデガ・スーパー・スピードウェイ、アラバマ・スピードウェイでのレースでマッケンジーは驚異の5連勝を果たした。
そしてトロイとカーティスが同点に並び、マッケンジーが175ポイント差に迫ったところで今シーズンの最終戦を迎えた。

「絶好のレース日和の中、遂にレースファンが待ち望んでいたピストン・カップ最終戦が開催されます。ようこそ、ダイナコ400へ。」アナウンサーのボブが切り出した。「ここモーター・スピードウェイ・オブ・ザ・サウスにピストン・カップ今シーズン最後のレースを見ようと全米から多くの車が集まって来ています。」と、ダレル。
「現在の総合成績はトロイ・ファースター、カーティス・ルーカス、そしてフラッシュ・マッケンジーの順番になっています。」「総合成績はトロイ・ファースターとカーティス・ルーカスが同点、フラッシュ・マッケンジーが175ポイントの差で続いています。」
「トロイとカーティス、このレースを制したものが今シーズンのピストン・カップの王者になれます。」「フラッシュ・マッケンジーも忘れないでくださいよ。マッケンジーがこのレースに勝てば逆転勝ちとなります!」ダレルが言った。「今シーズン最も注目を集めたこの3台。果たして勝者は誰になるのか。」
観客たちが最終決戦が始まるのを今か今かと待っている頃、マッケンジー達ラジエーター・スプリングスの面々はピットに向かっていた。「頑張れよマッケンジー!」「絶対勝てよ!」用意をする為に一足先にピットに向かいながらクルーの住民たちがマッケンジーを応援した。
「いいかマッケンジー、いつもどおり行け。お前ならきっと勝てる。」マッケンジーの隣にいたマックイーンが勇気づけた。「ありがとうマックイーン。幸運を祈っててくれ。」そう言ってマッケンジーはラジエーター・スプリングスの面々を追いかけた。
「誰かと思えばライトニング・マックイーンじゃないか。」自分の名前を嫌味たらしい声が聞こえてきた方を振り返ってみると、ガレージの陰からカーティスが現れた。「やっぱりライトニング・マックイーンだったか。初めて会った時からどうも怪しいと思ってたんだ。」
「何言ってる。俺はチェスター・ウィップルフィルターだ。」「しらばっくれやがって。とぼけるな。隠しても無駄だ。この間お前のクルーのおんぼろレッカー車がライトニング・マックイーンって呼ぶのを聞いてたんだよ。」カーティスはマックイーンを睨みつけ、凄みを利かせた。
「よくのうのうとサーキットに戻れたもんだな。あの事故の事を覚えてないのか?」何も言わないマックイーンにカーティスは続けた。「マッケンジーもクルーズの二の舞にしたんだ。今日のレースでクラッシュすれば、アイツは間違いなく命を落とすだろうよ。可哀想な奴だなマッケンジー、こんなチーフを持つなんて。」カーティスは言いたいだけ言うと立ち去った。
取り残されたマックイーンの頭の中にカーティスの言葉が響き、マッケンジーの大クラッシュした時の光景が甦って来た。クルーズの様にマッケンジーのレース生命を絶つどころか、彼を失ってしまうかもしれない。その恐怖がマックイーンを支配していた。
マッケンジーはピットでウォーミングアップを済ませ、クルー達はピットの用意を済ませ、チーフのマックイーンが来るのを今か今かと待っていた。「マックイーン、遅いなあ。もうすぐレースが始まるのに。」マッケンジーがやきもきしながら言った。「さっきまで一緒にいたはずなのにね……。」と、フロー。
と、裏口からマックがピットの中を覗きながら叫んだ。「大変だ、マックイーンがトレーラーの中に閉じこもって出てこなくなった!」「何だって!?」
 
続く
 
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