「ピストン・カップの王者、カーティス・ルーカスと強豪トロイ・ファースターと渡り合い、注目の的となっていたフラッシュ・マッケンジーですが、先日のレースではファイナルラップでクラッシュを避け、コースアウト。7位でフィニッシュと言う結果に終わりました。」
「やっぱりチャンピオンに勝つのは無謀なんじゃないですかね?1位でフィニッシュしたトロイは総合順位でカーティスに5ポイントリードし、1位に返り咲きました。」レース番組を見ていたマッケンジーはマスコミのコメントにテレビを消した。
「好き勝手言いっちゃってさ。本当ならトップ3でフィニッシュできるはずだったんだ!」「気にするなマッケンジー、あいつらマスコミ連中はいつも俺達レーサーを好き勝手にこき下ろすんだ。次のレースで見返してやればいい。」憤るマッケンジーをマックイーンが宥めた。
「大体俺がコースアウトしたのは俺のミスじゃない。カーティスがわざと前の車のバランスを崩してクラッシュを引き起こさせたせいなんだ!」「レーサーの中にはああやって卑怯な手を使う奴もいるんだ。チックやストームみたいにね。それにレース中は予想外の事が起きるんだ。」マックイーンはDVDを再生し、昔のレース映像を見ながら言った。
「でもそんなのどうやって対応するんだ?」ふと、マッケンジーはテレビから聞こえてきた声に顔を上げた。「ライトニング・マックイーン、華麗な身のこなし!」テレビを見ると、ルーキー時代のマックイーンがレーサーとウォールの間の僅かな隙間を片輪だけで器用にすり抜けていくところが映し出されていた。テレビの中のマックイーンを見たマッケンジーは興奮して叫んだ。「凄い!あんな走り見た事ない!一体どうやって?」
次にテレビの中でレーサー達が次々とクラッシュするシーンが映し出された。と、その中へマックイーンが突っ込んでいった。その様子を画面外にいるマッケンジーは食い入るように見つめていた。
ぶつかり合い、横滑りし、吹っ飛んでいくレーサー達の中をマックイーンはすり抜け、折り重なって行く手を塞いだ車の山をジャンプ台代わりにしてマックイーンはクラッシュの中から飛び出した。テレビの中で歓声が沸き起こり、実況者たちの声が響く中、マッケンジーはまるで当時、その場にいたかのようにマックイーンの姿に見とれていた。
「そうだよ。これだ。」マッケンジーはそう呟くと、マックイーンの方を振り返った。「俺にこのテクニックを教えてくれ!クラッシュに巻き込まれずに通り抜ける方法を!」マッケンジーの発言にマックイーンは自分の耳を疑った。「何言ってるんだ、無茶だ!あのテクニックはルーキーには習得できない!」「でもあんたにはできたんだ!俺にだってできるはず!俺はあんたの弟子なんだ、ライトニング・マックイーンの弟子なんだ!あんたにできて俺にできない事があるはずない!」
マックイーンは溜息をついてからマッケンジーの目を見た。「分かった。お前は俺にサーキットに戻るチャンスをくれた。町を復活させるチャンスもくれた。今度は俺がお前にチャンスを与えるよ。」マックイーンの言葉を聞いたマッケンジーは目を輝かせた。「本当に?ありがとう!」
 
マックイーンはマッケンジーを荒野に連れてきた。「クラッシュの中を通り抜けるテクニックは俺が独学で身に着けた。だからあのテクニックを習得するには俺の動きを真似するしかないんだ。あのサボテンの茂みをクラッシュに見立てよう。」マックイーンが示した方にはサボテンがびっしりと生えて森の様になっているところがあった。
「待てよ、あんな道のないところを突破するなんて無茶だ!」「その通りだ。クラッシュの中を通り抜けるのも同じだ。クラッシュの中もあのサボテンの茂みの中も道も突破口もない。自分でルートを見つけて切り抜ける無謀な走りなんだよ。」マックイーンが説明した。
「とにかく、あのテクニックを取得するには俺の走りを真似するしかない。行くぞ!」そう言うや否やマックイーンはタイヤを空転させ、砂煙を上げるとサボテンの茂みの中へ飛び込んでいった。「待てよ!」マッケンジーもエンジンを唸らせ、慌てて追いかけた。
「右!左!左!右!左!右!」「右!左!左!右!ギャアッ!」マックイーンの真似をして走っていたマッケンジーは悲鳴を上げた。茂みの中でサボテンを交わしているうちに、1つのサボテンに気を取られ、別のサボテンにぶつかったのだ。その瞬間、マッケンジーはバランスを崩し、他のサボテンをなぎ倒しながら茂みの奥深くに突っ込んだ。
マックイーンはサボテンの茂みから勢いよく飛び出すと、後ろを振り返り、マッケンジーの姿を確認しようとしたが、そこにマッケンジーの姿は見当たらなかった。「マッケンジー?」「ここにいるよ。」弱弱しい声を上げながら、マッケンジーがサボテンの茂みから出てきた。その姿はサボテンと棘塗れで、体中擦り傷だらけになって、タイヤもサボテンの棘でパンクして引きずっている何とも痛ましい姿だった。
「本物のクラッシュはサボテンの茂みと違って動くんだ!それぐらいかわせないと俺のテクニックは身に付けられないぞ!もう1度だ!」マックイーンが厳しく言った。
クラッシュの中を通り抜けるテクニックの他にもレーサーとウォールの間の僅かな隙間を片輪で通り抜けるテクニックも訓練した。マッケンジーはウォールに見立てられた四角く固めた藁の束に片輪をかけて走ってみたが、すぐに藁の束にかけた片輪が浮き、バランスを崩してひっくり返った。
「片輪で走るのはバランスを崩しやすい。バランスを崩す前に相手を抜かすんだ。もう1度やってみろ。」マックイーンが指導した。「その前に誰か起こしてくれないか?」ルーフで逆立ちするマッケンジーがタイヤをじたばたさせながら言った。
 
マッケンジーの普段のトレーニングにさらにマックイーンのテクニックを身につけるトレーニングが追加された。その間に3戦のレースが行われたが、カーティスの妨害によりマッケンジーは1位でフィニッシュする事ができなかった。
「19戦目データ・シフト400、続く20戦目スパッター・ストップ350、21戦目セーフティー・ホーン350でカーティス・ルーカスが3連勝!」フラッシュ・マッケンジーは3戦連続で3位でフィニッシュ。ここのところマッケンジーは調子が良くないようですね。苦戦続きのマッケンジーの心境は如何なものなのでしょうか。」ダレルとボブが言った。
マスコミや記者もマッケンジーの戦況の事を取り上げた。なかなか勝てない焦りと、マックイーンのテクニックを習得できない焦りにマッケンジーは苦しんだ。レースが終わり、町に戻るたびに何度もマッケンジーはマックイーンのテクニックを習得する為に練習を繰り返した。
マックイーンの後を追い、何度もサボテンの茂みに飛び込んでは悲鳴を上げ、茂みから這い出てくる頃には傷だらけになっていた。練習は何日も続いたが、マッケンジーはマックイーンのテクニックを習得できなかった。
 
マッケンジーがカーティスの妨害により苦戦を強いられる中、ピストン・カップ・シリーズ後半戦の26戦目、ロサンゼルス500が開催された。「ロサンゼルス・インターナショナル・スピードウェイにようこそ!ピストン・カップ・シリーズの後半戦に突入した26戦目、ロサンゼルス500は間もなく開幕します。」ボブが実況した。
「ダレル、今回のレースで注目のレーサーは誰ですか?」「言うまでもなくフラッシュ・マッケンジーでしょう。先週のレースでは7位でフィニッシュとなってしまいましたが、今日のレースでトロイやカーティスのポイントと並ぶことができるのか。そこに注目ですね。」
フォーメーションラップ中、トロイとカーティスがマッケンジーを追い上げてポジションに向かった。ポジションに向かう最中カーティスはマッケンジーに絡んだ。「よう、まだそんなところにいたのか。今日は俺より先にゴールできると良いな。」そう言ってカーティスは自分のポジションに向かった。
「グリーフラッグが出た!レーススタートです!」「ブルン!ブルン!ブルン!レースの始まりだ!」ボブとダレルのお決まりの掛け声が響くと、レーサー達は一斉にスタートした。
「レース開始早々トロイとカーティスが他の車よりリードしています。」「このペースだと他のレーサーは追いつく事は不可能かもしれませんよ。」ボブとダレルの実況を聞いたマックイーンは無線で冷静に指示した。「焦るなマッケンジー。今のお前は上位にいる。その状態をキープして少しずつ順位を上げて行けばそれでいい。」
マッケンジーはマックイーンの指示に従い、コースを1周するたびに前を走るレーサーを1台、また1台と追い抜かして行き、3位まで上り詰めた。「ここからが勝負だ。カーティスは策を持っているはずだ。気づかれないように近づいて、奴を抜かしたら2番手をキープしろ。奴との差を開いてから終盤でトロイを抜き返すんだ。」
マックイーンの言葉を受けたマッケンジーはターンを旋回しながらカーティスとの距離をじわじわと詰め始めた。カーティスは観客席の後ろに設置してあるスクリーンをちらっと見やり、マッケンジーが自分に迫っているのを確認した。マッケンジーがカーティスの隣に並んだ瞬間、カーティスはマッケンジーの方へ急接近した。接触を避けようと慌てて回避したマッケンジーがバランスを崩してスピードが落ちたのを見てカーティスはせせら笑った。
マッケンジーはカーティスに差を開かれないように懸命に張りついていた。そんなマッケンジーを振り払おうとカーティスは容赦なく卑怯な手を使った。「マッケンジーの奴、まだお前の後ろにいるぞ!」「諦めの悪い奴め。マーブルをたっぷり味わいやがれ!」カーティスはコースの端に溜まっているマーブル(タイヤカス)をまき散らした。
マーブルを踏んだマッケンジーのタイヤは滑り、バランスを崩したマッケンジーはコースアウトした。「そこでスケートでもやってろ!」距離を離したカーティスが喚き散らした。コースアウトしたマッケンジーは後ろの車にも追い抜かされ、カーティスとの距離を開かれた。
「くそっ!」コースに戻ったマッケンジーはカーティスとの差を縮めようとぐんぐん他のレーサーを追い上げていく。「焦るなマッケンジー。チャンスならまだある!」マックイーンはマッケンジーを宥めようとしたが、マッケンジーの耳には届かなかった。
「フラッシュ・マッケンジーが猛烈な勢いで追い上げています!」「何とか挽回できるんでしょうか?」ダレルとボブの声を耳にしたカーティスは観客席の後ろに設置された大きなスクリーンを目にした。「あいつめ、俺に勝つつもりなのか?」カーティスは小さく呟くと、前にいた周回遅れの車の隣に並んで体当たりした。
体当たりされたレーサーはウォールに激突すると跳ね返り、後続のレーサーと激突した。それを皮切りに他のレーサー達が次々とクラッシュに飲み込まれ、大クラッシュが巻き起こった。
その光景はターンしてくるマッケンジーにも見えていた。「避けろマッケンジー!巻き込まれるぞ!」マックイーンが無線越しに怒鳴った。だがマッケンジーはクラッシュを見据えて言った。「いや、このまま突っ込む!」「待て!お前には無理だ!」マックイーンが引き留めたと同時にマッケンジーはエンジンを全開にして加速した。
「待ってください、フラッシュ・マッケンジーがクラッシュの中に突っ込んでいくようです!」「無茶だ!あの中に飛び込んだりしたらクラッシュに巻き込まれるだけだぞ!」実況席にいるボブとダレルは目を疑い、観客は息を呑んだ。
煙が立ち込める中、マッケンジーは自分めがけて突っ込んでくるレーサー達をかわした。「右!左!右!右!左!右!」立ち込める煙で視界が悪くなっている中、ぶつかり合った末にあっちから滑ってきたり、こっちから突っ込んできたりするレーサーを猛スピードで走りながら避けるのは至難の業だった。
それでもマッケンジーは何とかクラッシュの中から抜け出すルートを見つける事ができた。マックイーンのテクニックを身につける事ができたと思い、マッケンジーの顔に笑顔が広がった。それが一瞬の隙を呼んだ。
タイヤの軋む音が聞こえた途端、マッケンジーは横から強い衝撃を受けた。クラッシュして横滑りしたレーサーがマッケンジーに直撃したのだ。その瞬間マッケンジーは吹っ飛び、コンクリートウォールに激突した。激突の反動でマクゲイルはコース中央まで吹き飛ばされた。クラッシュした別のレーサーにも次々と衝突され、跳ね飛ばされたマッケンジーはスピンしたのちにようやく止まった。
ピットではマックイーン達がマッケンジーの無事を祈っていた。ラジエーター・スプリングスの面々は気が気ではなかった。タイヤの軋む音とレーサー達がぶつかる音、立ち込めた煙が収まり、クラッシュに巻き込まれて傷ついたマッケンジーの姿が目に飛び込んできたマックイーンは大きく目を見開き、ラジエーター・スプリングスの面々は呆然とした。
コース上では他にも沢山のレーサーがクラッシュし、傷ついていた。すぐにレース旗係が後続のレーサーに危険を知らせる為のイエローフラッグを振り、救護班が駆け付けた。「とても酷いクラッシュです。このクラッシュで6台ものレーサーがリタイアする事になりました。」
「無謀にもクラッシュの中へ飛び込んでいったフラッシュ・マッケンジーもリタイアとなりました。彼の容体については今のところ情報がありませんが、分かり次第情報をお届けします。」「これがフラッシュ・マクゲイルの最期のレースにならなければいいのですが、今はただ無事を祈るばかりです。」ボブとダレルが重々しい声で言った。
 
続く
 
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