「雲1つない快晴の中、ここフロリダ・インターナショナル・スーパースピードウェイでピストン・カップ開幕戦、フロリダ500が開催されます。こんにちは、実況はわたくしボブ・カトラスと、ダレル・カートリップでお送りします。どうですかダレル、今シーズン最初のレースはどのような展開が繰り広げられると思いますか?」ボブがダレルに話題を振った。
「そうだねボブ、今シーズンは新入りが8台も入ったから彼らの活躍に期待したいよ。特に注目すべきはトロイ・ファースターだ。彼はデビュー前から評判が高いし、今シーズンで入った他のルーキー7台の中でスピードもテクニックもトップクラスの車なんだよ。」「そのトロイに負けないくらい印象的なルーキーも今シーズンから出場するとの情報も入っていますが?」
「フラッシュ・マッケンジーだね。彼は名門スピード・レース・アカデミーでレースについて学んでいたが強制退学、その後ラジエーター・スプリングスまで行ってそこでトレーニングを積んでいたらしい。彼が同じラジエーター・スプリングスから来た伝説のレーサー、ライトニング・マックイーン、クルーズ・ラミレスと並ぶ実力のレーサーだと期待したいね。」ダレルが言った。
「進神が8台も現れた中、6年連続優勝している現チャンピオンのカーティス゛タイフーン″ルーカスが今年も王座を守れるかも気になりますね。注目のフロリダ500は間もなくスタートです!」ボブの声がサーキットに響いた。
マッケンジーとチーム・ラジエーター・スプリングスはピットに向かっているところだった。パドックを横切っている最中、誰かが声をかけてきた。「おい、お前。フラッシュ・マッケンジーだよな?話は聞いてる。今シーズンから出場するんだってな。」「そう言うあんたはカーティス゛タイフーン″ルーカスだろ?現チャンピオンにルーキーの俺の事を知ってもらってるなんて光栄だね。」「あれがお前のチームか?」カーティスはマッケンジーの後ろにいるマックイーン達を見て尋ねた。
「そうだよ。」マッケンジーが頷くとカーティスは馬鹿にして笑った。「あんな田舎者をチームにしたのかルーキー?レースのレの字も知らなさそうなド素人に見えるな。レースを舐めてるんじゃないか?」
「うちのレーサーにちょっかいかけないでもらえるかな?」マックイーンが割って入った。「戻ろうと思ってたところだよ田舎者。あんたはそのルーキーと田舎に戻った方が良いんじゃないのか?俺に負ける前にな。」そこでカーティスは口を閉じ、驚いたような顔をするとまじまじとマックイーンを見つめた。「お前、もしかしてライトニング・マックイーンじゃないか?」
マッケンジーが口を開く前にマックイーンが答えた。「ライトニング・マックイーン?俺の名前はチェスター・ウィップルフィルターだ。他人の空似じゃないのか?第一、ライトニング・マックイーンがここに何しに来るって言うんだ?」自分の名前を隠して偽名を使うマックイーンをマッケンジーは怪訝そうな顔で見た。「そう言われれば確かにそうだな。アイツがここに来るはずないんだ。人間違いか。」
その時マスコミの群れがやって来てカーティスを取り囲んだ。「それじゃあまた後で。コースで俺と顔を合せることは無いが、俺のリアウィングとは顔を合せるだろうな!」そう言ってカーティスはマスコミ達と引き上げて行った。
「チェスター・ウィップルフィルターって?」「俺の偽名さ。もし俺がここに居るって分かったら皆大騒ぎになってお前の事どころじゃなくなるだろう?それよりレースで怒りをアイツにぶつけてやるんだ。」その言葉にマッケンジーは闘志を燃やしながら答えた。「ああ、目にもの見せてやる!」
 
「レーサー、エンジンをかけて!」ダレルの声でレーサー達はエンジンをかけると、コースに出てフォーメーションラップを始めた。カーティスがポールポジション、トロイが4番手からスタートなのに対して、予選に出ていないマッケンジーは最後尾からのスタートと言う不利な状況にあった。「さあ間もなくレースがスタートします!」「サーキットの熱気も最大級になっていますよ!」アナウンサーたちが実況で盛り上げる。
ピットではラジエーター・スプリングスの住民たちがマクゲイルを見守っていた。「マッケンジー、大丈夫かしら。」「きっと大丈夫よサリーさん、マックイーンとあたしたちがトレーニングしたんだから。」心配するサリーをクルーズが宥めた。
マッケンジーがタイヤを温めていると、自分のポジションに向かうトロイが隣に並んだ。「よう負け犬。また負かされに来たのか?」「負かされる?誰にだい?」「分かってないのか?まだ分かってないって言うのなら今日のレースで俺がお前にそれを教えてやる。」
「いよいよフロリダ500が始まります!」ボブがマイクに向かって切り出した。「いやあ、ワクワクしますねえ。今回は果たして誰が勝つのか!」ダレルも言った。「ピストン・カップ開幕戦を最高のレースにしよう!ブルンブルンブルン!レースの始まりだ!」ダレルの声と共にレーサー達は爆音を立てて一斉にスタートした。
隊列を組んでいたレーサーたちも徐々にばらけはじめ、熾烈なポジション争いが始まった。「現在トップはチャンピオンのカーティス゛タイフーン″ルーカス!今回も勝利は彼が収めるのか?」「4番手からスタートした注目のルーキー、トロイ・ファースターが追い上げて来ています!」実況席が沸きだった。
トロイは前を行くレーサーを追い抜いて、2位に繰り上がり、そのままインサイドからカーティスを追い抜いた。「トロイ・スピーディー、信じられない追い抜きようです!」ボブが叫んだ。カーティスは呆気に取られていたが、すぐにスピードを上げて抜き返そうとした。
マッケンジーは最後尾に近いところにいたが、前のレーサーを1台ずつ抜いて順位を上げていった。「よし、良いぞマッケンジー。その調子で行け。体力を温存するんだ。レースの後半で追い上げて、前レーサーの後ろに回って風を避けるんだ。」マックイーンが無線越しに指示する。「了解。」マッケンジーはそれに答え、指示通りにした。
 
レースは進むにつれ、どんどん熾烈になって行き、過激さも増していく。周回が265周を過ぎた頃にはマッケンジーは真ん中辺りの順位にいた。マックイーンが無線を通して言った。「よし、ここまでは作戦通りだ。トレーニングを思い出すんだ。前の車をタイヤだと思って交わして行け!」マックイーンに言われた通りにマッケンジーはばらけて走る車の間をトレーニングの時にタイヤをかわしたように間を縫って走り、上位10位の車たちに追いついた。
「フラッシュ・マッケンジーが上位に迫ります!」ボブが言うと、ダレルは信じられないと言う口ぶりで言った。「信じられない、最下位からスタートしたルーキーにしては素晴らしい走りっぷり!流石ラジエーター・スプリングス出身のレーサーだ!」
「油断するな、ブルドーザーの群れが迫ってるぞ。振り切るんだ!」マックイーンの指示が飛んだ。マッケンジーが隣を見ると、後ろにいたレーサーがマッケンジーを抜き返そうと隣に張り付いていた。マッケンジーは抜き返そうとしているレーサーの前に出て進路を塞ぐと一気に加速して引き離した。それを見たチーム・ラジエーター・スプリングスはピットで喜びの声を上げた。
「現在トップはトロイ・ファースター、チャンピオンのカーティス゛タイフーン″ルーカスが追う形です。」と、ダレル。「待ってください!その後ろからフラッシュ・マッケンジーが迫っています!」ボブが叫んだ。「なんて事だ、ルーキーが2台もトップ3にいる!」ダレルも興奮した口ぶりで叫んだ。
レース中盤に差し掛かった時、大半のレーサー達がピットに入った。「トップのトロイ・ファースターを先頭にレーサー達が次々とピットに入りました!ここが勝負の分かれ目と言っても過言ではありません!」ダレルが実況した。
「良いぞ、あとは残りの体力を温存して終盤までトップの後ろに張り付いておくんだ。終盤になったら一気にトップに出て、後ろの奴らを引き離せ!行け!」マックイーンからの指示を受けるとマッケンジーはピットを飛び出した。その様子を見たトロイはクルーに喚き散らした。「モタモタするな、急げ!」
タイヤ交換をしているカーティスにクルーチーフが怒鳴った。「おい見ろ!マッケンジーがトロイより先にピットを出たぞ!」「何だと!?」カーティスが見てみると、マッケンジーがピットレーンを抜けてコースに出て行くのが見えた。「あんな田舎者、敵じゃない。トロイよりに先にピットから出れば俺の勝ちだ!」カーティスはそう叫んでコースに戻ろうとしたが、急いだあまり不注意になってピットレーンに出た他のレーサーと接触してしまった。「何やってんだこのアホ!」
「フラッシュ・マッケンジーがピットを出てトップに立ちました!トロイ・ファースターはピットで遅れを取っているようです!」ボブが言った。「カーティスがピットで28番のジェリー・バーンに接触!これでコースに戻るのに遅れが出たぞ!他のレーサーもピットレーンで足止めを食っている!」ダレルも言った。
事故から復帰したカーティスはコースに出ると、すぐにマッケンジーに追いついた。カーティスはマッケンジーの隣に並ぶと嘲った。「何だルーキー。まだそんなところにいたのか?」そう言うとカーティスは厭味ったらしい笑みを浮かべてマッケンジーを抜き去った。「言ったろ?あんな田舎者、俺の敵じゃないさ。」「おい、田舎者がお前の後ろに迫ってるぞ!」無線からクルーチーフが叫んだ。
「何!?」カーティスが振り返ると、にんまりと笑みを浮かべたマッケンジーがすぐ後ろに迫っていて、インサイドからカーティスの隣に並んだ。「何だチャンピオン。まだそんなところにいたのか。」そう言うとマッケンジーはカーティスに言われた言葉をそっくりそのまま返すと、カーティスを抜き返した。カーティスは悔しそうに唸ってマッケンジーを追いかけ始めた。
「マッケンジーがまたトップに立った!」「このまま勝利を手にすることができるか?」ダレルとボブが言った。「頑張れ坊や、そのままペースをキープしろ!」マックイーンが無線から叫んだ。
マッケンジーはキッと前を見据えた。そこへトロイがアウトサイドからマッケンジーを追い抜き始めた。「信じられない!今度はトロイ・スピーディーが再びトップに躍り出た!」「フラッシュ・マッケンジーが引き離されまいと追いかけて行く!」
ターンに差し掛かった時、マッケンジーはインサイドからトロイの前に出て、トップを奪い返した。トロイはマッケンジーが自分を追い抜かした事に少し驚きつつも、すぐに加速してマッケンジーを追いかけ始めた。
 
レースは後半戦に入ると、さらに展開が早くなった。マッケンジー、トロイ、カーティスの3台が度々入れ替わってトップに立った。「カーティス・ルーカス、トロイ・スピーディー、フラッシュ・マッケンジーによって激しいトップ争いが繰り広げられています。」「現在のトップはカーティス・ルーカスですが、他の2台と言う確率も十分あり得るでしょう!」
いよいよファイナルラップまで残り1周となった。「ファイナルラップまで残り1周、カーティス・タイフーンはトップを保てるのか!」ダレルの声に熱が篭った。「いいか、この周回は今の順位をキープして、次の周回で一気に追い上げてトップの後ろに張りついたままキープしろ!」マックイーンが指示した。マッケンジーは指示通りにカーティスの後ろに張り付いた。
「カーティス・タイフーンがトップのまま、ファイナルラップに入りました!フラッシュ・マッケンジーがカーティスの後ろに張り付いています!」「今までの499周がどうであろうと、この500周目で全てが決まるぞ!」ボブとダレルがマイクに向かって叫んだ。「よし、インサイドから奴を抜くんだ!」マックイーンの声が無線から聞こえた。
マッケンジーは一息置くと、自分に言い聞かせるように呟いた。「よし、行くぞ。」マクゲイルはマックイーンに言われた通りに、インサイドに出た。「第2ターンでマッケンジーがカーティスに並んだ!」
「そう簡単には勝たせんぞ!」カーティスが喚いた。「それはどうかな?」マッケンジーがカーティスの前に出た。抜きつ抜かれつを繰り返し、並走した状態で2台は最終ターンを抜けた。「最後のストレートです!勝つのはどっちだ!?」「行けマッケンジー!」ボブの実況を耳にしたマックイーンがピットから叫んだ。
誰もがマッケンジーとカーティスのトップ争いに注目していた。と、その脇をトロイがさっと追い抜いて行った。マッケンジーとカーティスは唖然として目を合わせると、慌ててトロイの後を追いかけたが、その前にトロイはフィニッシュラインを通過した。その少し後にマッケンジーとカーティスがフィニッシュした。
「凄い逆転劇だ!優勝は今シーズンからデビューしたトロイ・スピーディー!2位はフラッシュ・マッケンジー、3位は現チャンピオンのカーティス・ルーカスです!」ボブの声と共に大歓声が巻き起こり、勝利を祝う花火が打ちあがった。
 
レースが終わって仲間の待つピットに戻る途中、マッケンジーは巨大なスクリーンでトロイがインタビューを受けている流しているのを目にした。「トロイ・ファースター選手、デビュー戦にしてチャンピオン、カーティス・ルーカスから優勝を奪う事ができた事についてどう思いますか?」「何とも思わないよ。俺が彼に勝つのは既に予測済みだったからね。奴の天下は今日で終わりさ。これからは俺の天下だ。」
「フラッシュ・マッケンジー選手についてはどう思われますか?彼も今日のレースからデビューだそうですが。」「彼なんて敵じゃない。今回も。これからもね。」マッケンジーは小さく溜息をついてその場を後にした。
マッケンジーがピットに戻って来ると、マックイーンを始め、チーム・ラジエーター・スプリングスの面々が彼を出迎えた。「ゴメン、2位だったよ。トロイに勝てなかった。」マッケンジーは目を伏せながら言った。
「何で謝る必要があるんだ?2位でも良いじゃないか、ルーキーなのに現チャンピオンに勝てたんだ!それにこれで終わりじゃない。トロイには次のレースに勝てばいい。」マックイーンがそう言うと、マッケンジーは顔を上げた。ラジエーター・スプリングスの仲間達が笑顔でマッケンジーを見ている。「そうだよね、ありがとう皆。」
「いたぞ!あそこだ!」「ルーキーにしてチャンピオンに勝った感想を一言!」「写真を一枚お願いします!」騒がしいマスコミ達がマッケンジーを取り囲み、ラジエーター・スプリングスの面々は嬉しそうに取材を受けるマッケンジーを微笑ましそうに見ていた。
カーティスもマスコミに囲まれ、取材を受けていた。「カーティス、なぜ新入りのトロイ・ファースターとフラッシュ・マッケンジーに敗れたんですか?」「ルーカス選手、次のレースで何か対策はあるんですか?」「今日、あの2人がが勝てたのは偶然だ!次のレースでは必ず俺が勝つ!質問は異常だ!」そう言って追いかけるマスコミを置いてカーティスは去って行った。
 
マッケンジー達は1週間後に開催されるピストン・カップ2戦目の為にラジエーター・スプリングスに戻って、さらにトレーニングを重ねる事にした。町に戻るとマックイーンはマッケンジーに厳しい声で言った。「レースは始まったばかりだ。これからもっと熾烈な戦いになる。さらにスピードと技術とスタミナを上げる為にさらにトレーニングするぞ!」「ついていく自信ならあるよ。」マッケンジーの答えにマックイーンは満足そうに頷いた。
「すみません、あなたフラッシュ・マッケンジーさんですよね?」マックイーン達がメインストリートにいると、不意に聞き覚えのない声が聞こえてきた。マックイーン達が声のした方を振り向くと、そこには小さなワゴン車がいた。「そうだけど。」「お会いできて光栄です!僕アルヴィンって言います!僕、あなたの大ファンなんですよ!」「俺にファン?本当に?」
「ええ、僕ライトニング・マックイーンとクルーズ・ラミレスの大ファンでもあったんですけど、彼らが引退してから20年も経ってからこの町からまたレーサーがデビューするだなんて夢にも思ってなかったんです!きっとあなたはマックイーンやクルーズも顔負けの天才レーサーになると思いますよ!」「ありがとう……そう言ってくれて嬉しいよ……。」マッケンジーは突然現れた熱烈な自分のファンに少し驚いていた。
「そうだ、握手してもらえませんか?あとサインも。あ、写真もお願いできますか?」アルヴィンにファンサービスを頼まれたマッケンジーはそつなく熟した。「ありがとう!本当にありがとう!この事友達皆に伝えときます!それじゃあ、次のレースも必ず見に行くんで!さよなら!」そう言い残してアルヴィンは町を去って行った。
「ねえ。今、友達皆に言うって……。」「って事はもうすぐこの町に車が沢山来るって事じゃないか!」「また昔みたいに戻るのね!」「ひゃっほー!」フローとラモーン、クルーズが目を輝かせ、メーターが歓声を上げた。
「やったわねステッカー君。」サリーがマックイーンに囁きかけた。「ああ、やったんだ。俺達……やったんだ。」マックイーンの顔に徐々に笑みが広がった。
 
続く
 
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