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爆音を立てて何台ものレーシングカーが楕円形のオーバルコースを疾走していく。その間を縫うようにして黄色いレーシングカーが走っていく。ピストン・カップのニューフェイス、クルーズ・ラミレスだ。
クルーズはトップを走っている黒いレーシングカーの後ろに張りついた。「はぁ~い、ストーム。もう少し急いだ方が良いんじゃない?後ろが混雑してるわよ!」「黙れラミレス!今日はお前を勝たせないぞ!今日こそ俺が勝ってやる!」「あら、それは無理な話じゃない?だってあたしもあなたを勝たせるつもりはないから!」そう言ってクルーズはストームを抜き去ってトップに躍り出ると、彼を振り切った。
クルーズはトップを独走したまま、フィニッシュラインを突っ切った。「今シーズンのフロリダ500を制したのはクルーズ・ラミレス!」「まさに師匠のような見事な走りっぷりです!クルーチーフのライトニング・マックイーンも鼻が高い事でしょう!」実況席でダレル・カートリップとボブ・カトラスが叫んだ。
「よくやったクルーズ!」陣営からクルーチーフであり、コーチのライトニング・マックイーンが無線越しにクルーズを褒めた。かつてラスティーズをスポンサーにピストン・カップの全線で活躍した彼はレーサーを引退してからはラジエーター・スプリングスのメンバーを引き連れ、彼女のチームとして全面から彼をサポートし続け、彼女がレースに勝つ事や彼女の成長を誰よりも喜んでいた。
「そんなに褒めないでよマックイーンさん。あたしの優勝はあなたのおかげなんだから。」クルーズが照れ臭そうにそれに答えた。
石油会社ダイナコのレーサーとなったクルーズはスポンサーやコーチの顔に泥を塗るまいと連戦連勝し続けていた。レース雑誌の表紙を飾るのはもちろん、新聞の一面を飾るのもの度々あった。
プロレーサーとなったクルーズはスポーツ番組にも出演する事があった。司会のギアード・ハモンドと言う名の車が尋ねた。「クルーズ選手、今回のレースの勝因を教えてもらえますか?」「それは私のスピードやテクニックだと思いますが、それを教えてくれたコーチや支えてくれるチームの皆だと思います。」
コースを爆走し続けるクルーズの行く手を2台のレーサーが塞いだ。2台のレーサーは先にクルーズと差を付けようとしていたが、クルーズは涼しい顔で前を行く2台のレーサーのルーフに飛び乗り、仁王立ちして笑顔を浮かべた。「素晴らしい!まるで現役時代のライトニング・マックイーンのようだ!」実況のボブ・カトラスがそう言った。
「おい、降りろこら!」レーサーが喚く声も届かないほどの、大盛況とカメラのフラッシュがサーキットを包む。「はいはい、今降りるわ。」クルーズはそう言って2台のレーサーの前に飛び降りた。急に飛び降りられたレーサーはバランスを崩して減速した。その隙に、クルーズは差を広げた。
「いいぞクルーズ!」陣営からマックイーンが言った。「あたしのテクニックはこんなもんじゃないわ!まだまだこれからよ!」そう言うとクルーズはトップに躍り出て、一気に加速してライバルと差を付けた。
「今回もクルーズが勝ちそうね。」マックイーンの脇にガールフレンドのサリーが寄り添ってきた。「ああ、彼は僕の技術を完璧に受け継いでるからね。」マックイーンが自慢げに答えた。
「行けクルーズ!お前のすごさを見せつけてやれ!」ウォルターのグッズを身にまとったメーターが歓声を上げると、それに釣られたかのように観客席の歓声も大きくなる。
観客がクルーズの名前を呼ぶ声が大きくなるのにクルーズはタイヤを振って答えた。「ありがとう!ありがとう!」「ファンサービスも良いけどレースに集中するんだクルーズ。」「おじいちゃんになっても目は良いみたいね。」「何だって聞こえないな?」クルーズに憎まれ口を叩かれ、マックイーンも言い返した。
その様子を見ていたサリーは面白そうに言った。「憎まれ口を叩くところもそっくり受け継がれてるわね。」そう言われてマックイーンは苦笑いした。
クルーズはトップの後ろのレーサーに忍び寄っていた。前の車とウォールの間に隙間を見つけるとクルーズはそこから追い抜きにかかった。それに気づいたトップのレーサーはそうはさせまいとクルーズをウォールに追い詰めた。だがクルーズはそれに焦らず、ウォールを蹴った勢いでトップのレーサーの上で宙返りして反対側に着地すると、そのままフィニッシュラインを通過した。
「やりました!クルーズ・ラミレスがまたもや1位を獲りました!」「ハドソン・ホーネット顔負けの素晴らしいテクニックです!」クルーズが1位でゴールすると、ダレルとボブが叫び、彼女の勝利を祝う花火が打ち上げられた。
マスコミはトロフィーを受け取って嬉しそうなクルーズの写真を撮り、ファンはクルーズとのツーショットやサインを求めた。「優勝おめでとうラミレスさん!」「あらマディ!また見に来てくれてたのね、ありがとう!」クルーズはマディと言う名のマイクロカーの女の子と写真を撮ってやった。彼女は自分がデビューして初優勝した時から応援してくれているこの小さなファンの事をよく覚えていた。
その後の祝勝会では皆でクルーズを胴上げしたり、シャンパンを浴びせあって勝利を噛みしめた。
 
それから12年後……。マックイーン達のホームタウン、ラジエーター・スプリングスはかつての賑やかな面影は無くなり、静まり返っていた。店は殆ど閉店し、マックイーンとクルーズがレース界から身をひいてからは彼らを目当てに町を訪れる車もいなくなり、マックイーンが来る前の寂れた町に戻ってしまっていた。それでもラジエーター・スプリングスの住民たちはそれぞれの店を開店させて来るはずも来ない客を迎える準備をしていた。
そこへクルーズが息を弾ませて駆けこんできた。「お客さんよ!お客さん!まっすぐこっちに向かってきてるわ!」クルーズの声に町の車たちは顔を輝かせた。消防署の方から角を曲がって荷物を満杯に乗せたRV車がフラフラと危なっかしい走りで現れた。「良い、練習通りにやるのよ!」サリーが町の車たちに指示した。
「こんにちは!」サリーが出迎えた。「オーナメントバレーの玄関口、キャブレター群ラジエーター・スプリングスへようこそ。」「グランド・バージンに行く途中なんだ。」サリーの歓迎の挨拶を遮ってRV車は町を通り過ぎようとした。
「ラジエーター・スプリングスの伝説のレーサー達の歴史に興味はありませんか?レーシング・ミュージアムで伝説のレーサー達の全てを知れますよ。」町を通り過ぎようとするRV車をクルーズがすかさず引き留めたがRV車は関心がなかった。「俺はレースの事に興味が無くてね。」
リジーのラジエーター・スプリングス・キュリオス、ラモーンのハウス・オブ・ペイント、ルイジのカサ・デラ・タイヤ、フローのV8カフェ、サリーのコージー・コーンモーテル、サージのサー・プラスハット、フィルモアのテイスト・イン……。それぞれの店の店主が自分の店を売り込んだが、誰も興味を示そうとしなかった。
RV車が町の出口のスタンレー像に来た時、マックイーンが声をかけた。「やあ、どうも。ライトニング・マックイーンです。」「ああ、そう……。えっと……前にどこかであったっけ?」「ピストン・カップを7度も優勝した伝説のレーサーだよ。知らないの?」メーターが口を挟んだがRV車は顔をしかめるだけだった。
「いや、知らないね。ただこの町と同じで君も古い車だってのは見て分かるよ。」そう言って荷物を満杯に乗せたRV車はフラフラと蛇行しながら町を出て行った。
「気にするなよライトニング。大丈夫、また次があるって。」「そうよ、落ち込まないでマックイーン。あなたはよくやったわ。それに偉大なレーサーだって事はこの町の皆が知ってるわ。」メーターとサリーが励ましたが、マックイーンは重い足取りで自分のガレージに引き返した。
ガレージに引き返したマックイーンがテレビを点けると、番組が始まったところだった。「こんにちは。ピストン・カップ・ワイドのお時間です。いよいよピストン・カップ開催1ヵ月まで迫りました。今シーズン注目のレーサーはやはり現チャンピオン、トロイ・ハリケーンでしょうが……。」そこでマックイーンはテレビを消してため息をついた。レース界から完璧に身を引いたマックイーンはレースの話なんて聞きたくなかった。
 
「レーサーはスタートラインに集まれ!」と言うくぐもったアナウンスがガレージの外から聞こえてきた。薄暗いガレージにレーサー候補のフラッシュ・マッケンジーの声が響いた。「よし、いよいよだ。俺は今日、遂に子供の頃から憧れてたあんたみたいなレーサーになれる!」マッケンジーの見据える先にはライトニング・マックイーンのポスターが貼られていた。
ガレージのシャッターが開かれ、クルーチーフのダスティンの声が声をかけてきた。「おいマッケンジー!時間だ、憧れのマックイーンみたいなレーサーになる用意はできてるか?」「ああ、いつでもばっちりさ!」そう答えるとマッケンジーはエンジン音を轟かせた。
ここ、スピード・レース・アカデミーはピストン・カップにデビューしたいスピード自慢の車たちが集まっているレーシング学校だ。生徒たちはそこで5年間レースについて学び、5年目の学期末に行われるレースで5位以内に入ったレーサーはスポンサーと契約して、晴れてピストン・カップにデビューする事ができるのだ。
スピード・レース・アカデミーに入学して5年目のマルコム・マッケンジーもこのレースに出場する事になっていた。「遂にこの日が来たな。」ガレージから出てきたマッケンジーにダスティンが言った。「5年間のトレーニングの成果を見せつけてやれ!」「ああ、俺の実力をスポンサーや他の奴に見せつけて、必ずラスティーズと契約して見せるさ!」マッケンジーの瞳は燃えていた。
ピットレーンに来た時、陰から1台の車が不注意にもマッケンジーの方に飛び出してきた。慌てて立ち止まったマッケンジーに向かって車が暴言を吐いた。「おい、気をつけろ!……おや、誰かと思えばフラッシュ・マッケンジーじゃないか。お前もレースに出るとは聞いてなかったぞ。」「トロイか……。」
マッケンジーは取り巻きを引き連れている車を睨みつけた。トロイ・ファースターと言う名の車はスピード・レース・アカデミーの中でもトップクラスの実力を持つレーサーで、その実力はマッケンジーよりも上だった。
「また俺に負けに来たのか?」そうトロイに言われ、マッケンジーも言い返した。「今回は勝ってみせるさ。せいぜい俺がスポンサーと契約するところを見て悔しがってくれよ。」「お前がスポンサーと契約する事はあり得ないね。スポンサーと契約できるのはトップ5位でフィニッシュできた奴だけなんだ。いつもトップ5位に入れないお前には残念な話だな。」トロイは平然と言い返した。
「そりゃ残念な話だね。今回のレースで俺はトップ5に入る事になってるんだ。」「期待してるよ。せいぜい頑張ってくれ。」「それじゃあコース上でね。負けて吠え面かくないよ!」
「お手柔らかに。」マッケンジーの姿が見えなくなるとトロイはマッケンジーが立ち去った方向を見て、ニヤリとした。「まあ、お前がスポンサーと契約するところは見れないだろうが、俺がスポンサーと契約するところは見れるだろうよ。悔しがるが良いさ。」そう言うとトロイは取り巻きのレーサーとクスクス笑った。
スピード・レース・アカデミーのサーキットは熱気に包まれていた。レーサー達はタイヤを温めながらスタートラインを目指す。観客席ではスポンサーのオーナー達が期待の新人を見つけようと目を輝かせていた。
マッケンジーは少し前を走るトロイを見据えた。スターターが構えたグリーンフラッグを振り下ろす。レーサーたちは次々に白と黒のチェッカー模様のラインを越えた。マッケンジーもエンジン全開でスタートを切った。「お先にトロイ、ゴールで会おう!先に待ってるからな!」そうマッケンジーは高らかに宣言してトロイを抜き去った。
レースの展開はどんどん早まって行く。20周、40周、60周。マッケンジーはまるで滑るようにレーサーたちの間を縫うようにして追い抜いていく。70周を過ぎたあたりでマッケンジーはピットに入った。自分の陣営に向かう途中、彼はタイヤ交換中のトロイに声をかけた。「先にコースに戻れるといいね。幸運を祈るよ。」
陣営に入るとダスティンの指示でクルー達がタイヤ交換と燃料補給を始め、その間にダスティンがマッケンジーに言った。「その調子だマッケンジー。残り30周だ。この調子で行けば5位以内でフィニッシュできるぞ!」「5位以内だって?1位でフィニッシュしてやるさ!」そう言うとマッケンジーはピットを飛び出して行った。
レースの残り周回がいよいよ10周に入った。マッケンジーは先頭集団に食らいつき、8位まで上り詰めていた。無線からダスティンの声がする。「トップ5に入るには後3台追い越す必要がある!」「いいぞ、行ける!これでピストン・カップにデビューだ!」マッケンジーがそう確信した時、頭がクラッとして、一瞬気が遠のいた。
「どうしたマッケンジー!」無線から聞こえるダスティンの自分を心配する声が微かに聞こえたが、マッケンジーは答える事が出来なかった。激しい息切れと共に目が霞み、周りの音も遠退き、スピードも落ちてきた。
そんなマッケンジーの後ろから黒い影の様にトロイが迫っていた。トロイは他のレーサーを1台ずつ追い抜き、マッケンジーの隣に並ぶなり絡んできた。「ようマッケンジー。その調子だと俺の方が先にスポンサーと契約を結べそうだな。」そう言い去ってトロイは軽々とマッケンジーを追い抜いて行った。マッケンジーがトロイに抜かされたと気づいた時にはトロイとの差はかなり開いていた。
マッケンジーはスピードを上げたが必死に逆転しようとしたが、それも虚しく他のレーサーにも追い抜かされた。その間にトロイや他のトップ5のレーサー達がフィニッシュし、マッケンジーは9位でフィニッシュとなった。
レースの後、マッケンジーがトボトボと自分のガレージに戻っていく途中、彼はトロイが1台のセダンと話しているのを目にした。「おめでとうタイフーン君。これで君は今日からラスティーズの正式なレーサーだ。今シーズンのレースの結果を期待しているよ。」「ありがとうございます社長。これからよろしくお願いします。」トロイはマッケンジーに気づくと厭味ったらしい笑みを浮かべた。
マッケンジーはため息をつくと、再びガレージに向かい始めた。辺りにアナウンスが響き渡る。「本日のレースでトップ5に入れなかった生徒は強制退学の対象となります。対象の生徒は退学の手続きを済ませて、荷物を纏め、本日中にガレージを返すように。」
マッケンジーは自分のガレージで荷物を纏めていた。最後に、彼は壁に残されたマックイーンのポスターを見つめた。「あんたと同じレーサーになりたかったよ……。」マッケンジーはぽつりと呟いた。
ガレージの入り口に車が来た事に気づいたマッケンジーが振り返ると、そこにはコーチのダスティンがいた。「あの……、残念だよ。レーサーにしてやれなくて……。」「俺もだよ。5年間ありがとう。寂しくなるな、それじゃあ元気で。」「待ってくれマッケンジー。今夜、トップ・ダウン・トラックストップに来てくれ。ちょっと話があるんだ。
 
ダスティンの誘いでマッケンジーは「トップ・ダウン・トラックストップ」と言うバーに来ていた。バーは客でごった返していた。客たちはカウンターの向こう側のテレビを見ながら談笑したり、ダーツボードの前に集まってダーツをして競い合ったり、テーブル席では派手なデコトラが仲間内で誰が1番派手なのかで言い争っていた。
店の隅の一角でマッケンジーとダスティンはオイルを啜っていた。「お前には実力はある。それは俺が保証する。だが今のお前じゃプロのレーサーとしてはデビューできないし、レース界に通用しない。」それからハマーは付け足した。「普通のトレーニングではな。」「それってどういう意味?」
「ピストン・カップの元チャンピオン、ライトニング・マックイーンにコーチしてもらうんだ。」「ライトニング・マックイーン!?あの伝説のレーサーの!?でも、マックイーンは姿をくらましたのは十何年も前の話だろ?彼が今どこにいるのか分からないだろ?」「分からない。だがマックイーンの友人なら知ってる。」
「彼の友人?」「マックイーンの専属トレーラーだ。名前はマックって言う。俺は彼と知り合いだから、彼にマックイーンがいるラジエーター・スプリングスまで連れて行ってもらうんだ。マックにマックイーンを紹介してもらうように頼んであるんだ。」」マッケンジーはダスティンに感謝した。レーサーになれるチャンスがまた訪れたのだ。
マッケンジーとダスティンが店の先に出ると、クラクションを響かせて赤い大きなトレーラー・トラックが店先の通りで待っていた。「待たせてすまないマック。」「気にするな、俺も今さっき着いたばっかりなんだ。」
「紹介しよう彼がフラッシュ・マッケンジーだ。マッケンジー、彼はマック。お前をラジエーター・スプリングスまで連れて行ってくれる。」「よう坊や、宜しくな。俺が確実に君をラジエーター・スプリングスまで送り届けてやるから安心してくれ。」「それじゃあ、彼の事をよろしく頼むぞマック。」「任せとけダスティン。」
マッケンジーがマックのトレーラーに乗り込み、扉を閉める前にダスティンが別れの言葉を投げかけてきた。「じゃあな、マッケンジー。幸運を。」「あのダスティン……ありがとう。」「なあに、俺はお前のコーチだ。お前の為なら何だってるするさ。しっかりな!」
トレーラーの扉が閉まり、マックはラジエーター・スプリングスに向けて走りだした。「それじゃあ行くぞ、待ってろよラジエーター・スプリングス!」
 
続く
●あとがき
制作の裏側、トリビアなんかは後日纏めて投稿します。