新しく島に来た機関車ナディーンは不満だった。彼女の仕事場は意地悪な貨車達と石炭の山に囲まれた薄暗い炭鉱なのだが、貨物列車や旅客列車を引っ張って、島の美しい景色の中を走り回る仕事がしたいナディーンには少しも面白いものとは思えなかったのだ。
「あーあ、あたしも他の機関車みたいに旅客列車や貨物列車を牽いていろんな仕事がしてみたいわ。」だが意地悪な貨車達が彼女を馬鹿にする。「目的地まで迷わずに行けないお前に列車を牽く仕事なんて任されるはずないだろ。」「そんなの分からないでしょ!」
そこへウィンストンに乗ってトップハムハット卿がやって来た。「ナディーン、君に良い知らせだ。モリーが故障してしまったから君が彼女の代わりにナップフォード駅へ石炭を届けてくれ。モリーの機関士が君の機関士の代わりをするから道を間違える事もないだろう。良いか、寄り道しないでまっすぐ帰るんだぞ!」
「はい、分かりました!寄り道しないでまっすぐ帰ります!与えられた仕事はしっかり熟します!お任せください!」ナディーンは胸を張って石炭の貨車の列を繋いだ。
それから炭鉱に残されたいたずら貨車達に向かって得意げにこう言った。「ほらごらんなさい。あたしだって列車の仕事を任されるようになったんだから!それじゃ、お留守番楽しんで~。」貨車達は悔しそうにナディーンを睨みつけるしかなかった。
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「ああ、遂に炭鉱の入れ替え作業以外の仕事も任されるようになったのね!この調子でいろんな仕事をさせてもらえれれば良いんだけれど……。」彼女は明るい太陽の下、蝶が舞い、鳥がさえずる野原の傍をそう思いながら幸せに走っていった。
ナディーンがようやくナップフォード駅の構内に来るとゴードンとジェームスとヘンリーが待ちかねていた。「やっと来た。遅いぞどこに行ってたんだ?」と、ヘンリー。「ごめんなさい、初めて炭鉱から出れたから外の景色に見とれちゃって……。」
「それで道に迷って別の支線に行ってたんだろう?」ジェームスがからかうとゴードンが呆れて言った。「全くトーマスと言い、お前と言い、どうして小さな機関車たちは外の世界に出たがるんだ?お前たちができる事言えば世界を見る事じゃなくて入れ替え作業だけなのに。」
大きな機関車達にも馬鹿にされナディーンは落ち込んでしまった。
 
ナップフォード駅のホッパーに石炭を補充し終えたナディーンは空の貨車を牽いて炭鉱に戻るところだった。その途中、彼女はクロスビー駅付近の納屋が煙を上げて燃えているのを目にして急停車した。「火事だわ!」
ナディーンはショック状態に陥ってどうすれば良いのか考えられなかった。周りには消防車も消防士もいない。彼女にはどうする事もできなかった。「どうしましょ!あたしどうすればいいの?」
「落ち着いて!」「僕たちに任せろ!」勇ましい声がしてナディーンより大きくて青いタンク機関車と赤い消防車が1台やって来て、放水銃を燃えている小屋の方に向けて水を放水した。
「あなたたちは?」「僕らはソドーレスキューチームの一員!僕は消防車のフリンだ!」「そしてあたしがベルよ!」「ここは危ないから火が消えるまで下がってるんだ!」フリンに言われてナディーンは貨車と一緒に安全な場所まで下がった。
やがて火事が収まった。「消火活動完了!もう大丈夫だぞお嬢さん。」フリンが微笑んだ。「あたし火事を消せる機関車と線路を走る消防車なんて初めて見たわ。」ナディーンが2台を見て言った。
「あたしは消防機関車って言うの。火事を消しとめるように造られた機関車よ。」ベルはそう言って放水銃から水を出した。「僕は軌陸消防車って言ってね。道路も線路も走れるのさ。」フリンも得意げに言うとタイヤを出して線路から降りて見せた。
「凄いわ。あたしなんてそんな事できないもの。放水銃から水を出したり、線路と道路の両方を走ったりする事なんてね。火事を前にしてただあたふたしてるだけ。あなた達に比べればあたしなんて何もできないわ。」自傷的なナディーンにフリンとベルは首を振った。
「自分の事を悪く言うなよ。」「そうよ、そんな風に言わないで。あなたにはあなたにしかできない事があるわよ。」「そうさ、僕らにできない事が君にできるかもしれない!」「あたしなんて炭鉱で貨車を入れ替える事しかできないわ。」
その時フリンとベルの無線に連絡が入った。「フリン!ベル!ウェルズワース駅で火事だ!」「直ちに現場に急行します!」「特殊消防車フリンが助けに行くぞ!」2台は汽笛とサイレンと鐘を鳴らして勢いよく走り出した。
そんな2台をナディーンはただただ見送るしかなかった。「行くぞナディーン。炭鉱に戻らないと。仕事をほっぽり出してたらまた怒られてしまうぞ。」機関士に言われ、ナディーンは重い足取りで走り出した。
 
炭鉱に戻ってからもナディーンの元気はなかった。「あたしにしかできない事って何かしら……。」それを聞いて貨車がいつもの様に馬鹿にした。「俺達を入れ替える事だろ?」貨車達が嘲笑うとナディーンは言い返さずに呟いた。「そうよね……。」
すると他の貨車が口を開いた。「でも俺達を入れ替えるなら他の機関車にもできるぞ!」「そうだそうだ、トーマスもパーシーもダックもオリバーだってできるぜ!」別の貨車も頷いた。
それを聞いてナディーンは項垂れた。「そんな……。それじゃああたしにしかできない事なんてないの……?」
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次の日もナディーンはモリーの代わりに石炭の配達を任された。モリーがまだ整備工場から帰ってこれないからだ。ナディーンは構内に石炭の貨車を置くと炭鉱に引き返す用意をしていた。その間もナディーンは心ここにあらずだった。「あたしにしかできない事って一体何なの……?」
その時ナディーンは近くで作業員が話しているのを耳にした。「構内の貨車を片付ける機関車が前の仕事で足止めを食ってるらしいな。」「早いとこ代わりの入れ替え機関車を呼んでこないと。」「あの……良かったらあたしがしましょうか?炭鉱で貨車の入れ替えには慣れてますし。」ナディーンが口を挟んだ。
「そうだな。このままだと構内が混雑するし、危なくて走れない。君に頼もう。」作業員に頼まれナディーンは喜んだ。「やった!ここの仕事はあたしにしかできない仕事ね!」
ナディーンが仕事にとりかかろうとしたところへトーマスが駆けこんできた。「遅れてごめんなさい!いやあ、採石場でちょっとトラブルに巻き込まれて仕事が長引いちゃったんです。」「ともかく来てくれて良かった。おい君、トーマスが来たからもう帰っても良いぞ。」
作業員にそう言われてナディーンはショックを受けた。「そんな!あたしにしかできない仕事だと思ってたのに!」「入れ替え作業だなんて誰にだってできる仕事だよ。見ててごらん。」そう言ってトーマスは次々と貨車を片付ける為にあっちへ行ったり、こっちへ行ったりしてそこらじゅうの貨車を入れ替えていった。
その入れ替え作業の速さにナディーンはただただ見ているしかなかった。あっという間にトーマスは入れ替え作業を済ませて戻って来た。「ほら、ざっとこんな具合さ。」「流石、グレートレイルウェイショーの貨車押し競争で優勝した機関車なだけあるな!」
作業員がトーマスを褒めるのを見てナディーンはトボトボとその場を立ち去った。
 
ナディーンがウェルズワース駅に来ると、丁度フィリップが構内で貨物列車の用意をしているところだった。「うぐぐ……この列車……とっても……重いな!」フィリップは顔を真っ赤にして列車を用意して離れていった。
貨物列車はアールズバーグ・ウェストに行くようだった。だがその貨物列車を牽く機関車が見当たらないようだ。この前大破した後に修理されたスクラフィーが貨物列車の先頭にいたが、彼はイライラしていた。「ったく、俺達を牽く機関車はどこだ?いつまで待たせる気なんだ。」
それを聞いてナディーンは閃いた。「あの重い貨物列車を牽いて行けば、あたしにしかできない仕事だって皆から思ってもらえるかも知れない!」早速貨車を繋ごうとしたところへダックが駆けこんできてぶっきらぼうに言った。「おや、君は確か炭鉱の機関車じゃなかったっけ?」「ええ、ナディーンよ。」
「その列車は僕が牽く列車なんだけど。」「あら、そうなの?この重たい列車を牽けばあたしにしか重たい列車は牽けないと皆に思ってもらえるかと思って……。」「重たい列車なんか誰にでもできる牽けるよ。」そう言ってダックは軽々と重たい列車と牽いて行った。
「重たい列車を牽くって誰にでもできる事なのね……。」走り去るダックの姿を見てナディーンは悲しそうに呟いて駅を後にした。
 
一方その頃ナップフォード駅ではジェームスがトップハムハット卿に仕事の指示を受けていた。「ナディーンがまた炭鉱の仕事をほっぽらかしてどこかでほっつき歩いているせいで石炭の配達が遅れている。そこで君が彼女の代わりに石炭の配達をしてくれ。」
「なんで僕が!あれは彼女の仕事でしょう!僕じゃなくてもトーマスでもパーシーでもできます!それに僕は操車場長に特別な仕事を任されていて……。」「仕事を与えるのは私の役目だ、ジェームス。それに君はこの後予定がないはずだ。」「あの小娘め……。」ジェームスは唸るように呟いた。
 
ナディーンはファーカー駅に来ていた。ファーカー駅では郵便屋のトムが郵便物を郵便車に積み込んでいるところだった。「郵便車を引っ張るのは特別な仕事よね。郵便車を牽けば郵便車の仕事はあたしにしかできない仕事と思ってもらえるはず!」ナディーンは郵便車を連結しに行った。
ところがその郵便車はパーシーが牽いてきたもので郵便物を受け取りに来ていたのだ。そうとは知らずにナディーンは郵便車の後ろに繋がった。「ちょっと誰?何やってるの?」「これはあたしが見つけた貨車よ!あたしが牽いて行くの!」「馬鹿言うなよ、郵便の仕事は僕のだぞ!それに進む方向が違うよ!」
ナディーンとパーシーは郵便車の引っ張り合いを始めた。郵便屋のトムはホームでオロオロと見ているしかなかった。そしてとうとう事故が起きた。ナディーンの連結器が外れ、勢いづいた郵便車がパーシーにぶつかって脱線し、さらに開いた扉から郵便物が零れ落ちてしまったのだ!
「もう何やってるんだよ!郵便の仕事は僕にしかできない仕事なんだよ!」パーシーに文句を言われ、ナディーンは大人しく引き下がるしかなかった。
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ナディーンの代わりに石炭の配達を任されたジェームスはぷりぷり怒りながらティッドマス駅の構内に石炭の貨車を置きに来た。「全くなんで僕が汚い石炭の貨車なんかを……!」ジェームスはぶつくさ言いながら貨車を空いている線路へ移動させた。
鼻息荒く構内を出て行くジェームスはあまりにも怒り過ぎて自分の煙突から火の粉が飛び出し、それが貨車の石炭に飛び散ったと言う事には気づいていなかった。石炭に飛び散った火の粉は少しずつ大きくなっていき、5分後には黒い煙を上げ始めた。
 
ナディーンはと言うと炭鉱に戻るのも忘れて自分にしかできない事を探してまだ走り回っていたところだった。自分にしかできない事が見
つからず、途方に暮れながら走り回っていたナディーンはティッドマス駅に辿り着いた。
「ここならあたしにしかできない事も見つかるんじゃないかしら……。」ナディーンは構内に置かれた貨車や客車の間を通り抜け、人気の少ない構内の奥にやって来た。だがここでも彼女にしかできない事は見当たらなかった。
「ああ、どうしよう!これじゃああたし炭鉱でしか働けないわ!」その時、ナディーンは異臭とパチパチと言う異音を耳にした。「何かしらこの変な音と……臭い……大変だわ!」異臭の出所を見つけたナディーンはギョッとした。貨車にうず高く積まれた石炭が燃えているではないか!
「か、火事よ!」だが悪い事には周りには機関車も作業員もいなかった。そこにはナディーンしかいなかったが、彼女はどうすれば良いのか分からなかった。「ああ、どうしたら良いのかしら!」ふとナディーンは思い立った。「そうよ、フリンとベルを呼べば良いのよ!」
そこでナディーンは大声で叫んだ。「助けてぇ!助けてぇ!火事よ!助けてぇ!」その声に近くの信号所でマグカップを片手に居眠りしていた信号手は飛び起き、入れ替え作業をしていた機関車達が何台か近寄って来た。
信号手は窓から燃える貨車を目にして電話でレスキューセンターに助けを求めた。「ティッドマス駅の構内で火事だ!フリンとベルを呼んでくれ!急いで!」
 
知らせを受けたレスキューセンターで非常ベルが鳴り響いた。「ティッドマス駅構内で火災が発生した模様。フリンとベル、それから消防隊員は直ちに現場に向かってくれ!」「消防機関車ベル、現場に急行します!」「特殊消防車のフリンが助けに行くぞ!」
ナディーンや機関車たちが不安そうに火事を見ているところへフリンとベルが駆け付けた。「皆、もう安心だぞ!フリンとベルが助けに来たぞ!」彼らは周りの機関車や人を安全なところまで遠ざけた。
消火活動を行っている間、ベルが近くで様子を見ていたナディーンに声をかけた。「やったわねナディーン。遂にあなたにしかできない事を見つけたのよ!」ベルの言う事にナディーンはキョトンとした。「どういう事?」
「君が助けを呼んでくれたんだろ?それで僕が来たんだ。」「あの場にはあなたしかいなかった。つまりあなたにしか助けを呼べなかったのよ!」「そうでもしなきゃこの火事はもっと酷い事になってたかも知れない!」フリンとベルの言う事を理解してナディーンは満面の笑顔になった。
「さあ、もうすぐ火が消えるぞ~!」フリンが勇ましく叫んだ。
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消火活動が終わり、夕方ナディーンはフリンとベルと一緒にティッドマス駅の構内にいた。そこにウィンストンに乗ったトップハムハット卿がやって来た。「ナディーン!こんなところで油を売っていたのかね!君のせいで炭鉱の仕事に混乱と遅れが出たぞ!」トップハムハット卿に怒られ、ナディーンは項垂れた。
「と、言いたいところだが。君が炭鉱から離れていたおかげで火災を発見し、助けを求めた事で大きくなる前に火災を消し止める事ができたそうだな。これに免じて今回の事は水に流そう。だが、次は無いぞ。」トップハムハット卿が言った。「は、はい!ありがとうございます!」
「それで、まだ自分にしかできない事を探すつもり?」ベルがからかい気味に尋ねた。「僕らの仲間になって島をパトロールするってのもありじゃないか?困った事を見つけ次第、僕らに伝える仕事は君にしかできない事じゃないか?」フリンも言ったがナディーンは首を振った。
「いいえ、あたしにしかできない事って炭鉱で働く事かも知れないわ。列車を牽いたり入れ替えたり、火事を消しとめるのは他の誰かができるけど、与えられた炭鉱の仕事はあたしにしかできないって事に気がついたの。」
「そうだね、僕らには炭鉱の貨車を入れ替える事はできないからね。」フリンも笑ってそう言った。
 
ナディーンは今も炭鉱で貨車の入れ替え作業をしている。モリーが整備工場から帰って来たので石炭配達の仕事も無くなってしまったが、もうナディーンは炭鉱の仕事に不満を言わなくなっていた。自分の仕事を放棄して勝手に別の仕事をしに行く事もなくなった。
自分にしかできない事、炭鉱での仕事を見つけたナディーンは満足して熟しているからだ。
 
●あとがき
6月中にS2前半分の10話を無事投稿完了する事ができました。今回は特にあとがきに書くようなことはありません。まあ個人的に評価すると50点くらいのエピソードですかね。火災を起こしたジェームスは劇中では書かれませんでしたが裏ではきっちりお小言を言われてます。トーマスがナディーンに昔自分が火事を消火した事を話して、ナディーンがフリンとベルが来る前に同じようにタンクの水で消火活動を行うシーンを入れる予定でしたがカットしました。ところで自分で書いときながら言うのもなんですがハット卿はナディーンに厳しすぎるような。
 
次回はS2後半のエピソード一覧を投稿しようかと思います。その後は暫く休載して、8月頃から長編とカーズのお話を投稿する予定です。今回はこの辺で(@^^)/~~~
 
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