ある日の夕方。機関車たちがティッドマス機関庫の傍にある洗車場で洗車してもらっているところへ、煤まみれになったトーマスがやって来た。「うわあ、なんて汚い機関車だ!」「こっちに来ないでくれよ、煤が移っちゃう!」ジェームスとヘンリーが顔をしかめた。
「仕方ないだろ、炭鉱で働いてたんだから。何だったら君たちが代わりに炭鉱で働いてきても良いんだぞ!そうすりゃ、僕みたいに煤で汚れるだろうし、僕の苦労も分かるよ。」「いや、遠慮するよ。」「炭鉱で働くには僕みたいな機関車は相応しくない。君みたいな偉くない機関車が相応しいのさ!」
炭鉱の仕事は機関車達の間でも特に評判が良くなかった。そこで働く機関車はおらず、汚れる仕事だし、仕事仲間は意地悪な貨車だけ。とりわけジェームスのような綺麗好きな機関車は仕事をほっぽり出して逃げ出してしまう程だった。
それに炭鉱の仕事は危険が伴う。石炭を燃やして走る蒸気機関車の煙突から火の粉が出た場合、その火の粉が引火して火事になってしまう可能性もある。そこで火の粉が出る事のないディーゼル機関車が炭鉱で働く事もあるが、彼らも炭鉱の仕事を好まなかった。
「なんで俺達ディーゼルが、大嫌いな蒸気機関車の為にこんな炭鉱で働かなきゃいけないんだ?」
そこでトップハムハット卿は蒸気の量が少なくて、引火の心配もない重油燃焼式のティモシーや火の粉が出る事が一切ない蓄電池機関車のスタフォードを炭鉱で働かせることを考えたが、彼らはすでに自分の仕事場があったので、炭鉱の仕事まで手がつけられなかった。
「やれやれ。こうなったら新しい機関車を連れて来るか。」トップハムハット卿がため息交じりに呟いた。
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2、3日してその新しい機関車が炭鉱で働く為にメインランドからビカーズタウン橋を渡ってソドー島にやって来た。「ああ、嬉しいわ。あたしソドー島で働けるのね!」真新しい機関車はソドー島の景色を見て嬉しそうに呟いた。
やがて新しい機関車はナップフォード駅の構内にやって来た。構内で新しい機関車を待っていたトップハムハット卿はその機関車を見て顔をしかめた。「なんだね、君は。」「あたし、ナディーンと言います。今日からソドー島で働く事になってきました。」
「確かに今日メインランドから新しい機関車が来るとは聞いている。だが私が頼んだ機関車とは違うぞ!私が頼んだのは無火機関車だ!だが君は復水式の機関車ではないかね?」トップハムハット卿の付き人が来てトップハムハット卿に耳打ちした。「どうもメインランド側で手違いがあったようです。」
「すぐに取り換えてもらいたまえ。」それを耳にしたナディーンは慌てた。「お願いです!どうかあたしをここで働かせてください!役に立てるように一生懸命働きますから!」それを聞いてトップハムハット卿は少し考えるとこう言った。「来てしまったからには仕方ない。その代わり役に立つ仕事をするんだぞ。」
「はい!約束します!」「宜しい。ではトーマス、彼女を彼女の仕事場に連れて行きたまえ。」
 
トーマスに連れられ、ナディーンは炭鉱を目指した。「ここだとどんな仕事をさせてもらえるのかしら?お客さんを乗せて走る旅客列車?それとも沢山貨車を牽ける貨物列車?どっちにしてもこんな素敵な場所で働けるなんて幸せだわ!ここには青空も花畑も海もあるもの!あたしが働くのはどんな場所かしら?」
「僕も君が来てくれて嬉しいよ。君が来てくれたおかげで僕らの仕事がうんと楽になるからね。」そう言ってトーマスは小さな声で付け足した。「君があそこを気に入ってくれれば良いんだけれど。」
やがて2台は炭鉱に着いた。「さあ、ここが君の仕事場だよ!」「え!?」トーマスに言われてナディーンは仰天した。見渡す限りの石炭、石炭、石炭の山だ。「ここって炭鉱じゃないの!」「そうだよ。」ショックを受けるナディーンにトーマスは平然と答えた。
「あたしこんな場所で働くなんて聞かされてないわよ!」「でも炭鉱に働きにこの島に来たんだろ?それに君は役に立つ仕事をするって言ったからトップハムハット卿にソドー島の一員にしてもらえたんじゃないか。それじゃ、僕は支線の仕事があるから。それじゃ、頑張ってね。」
「あたしもっと明るい場所で働けると思ってたのに……。」トーマスがいなくなった後でナディーンは悲しそうに呟いた。
炭鉱の仕事は気が進まなかったが、仕事をしない訳にもいかない。ナディーンは渋々炭鉱で仕事を始めた。彼女の仕事は炭鉱夫が坑道からトロッコで運んできた石炭の貨車を整列して、それを受け取りに来た機関車に渡す事だった。他にやる事と言えば貨車の移動ぐらいだ。
「こんな仕事つまらない!せっかくソドー島に来たのに炭鉱で貨車を入れ替えるだけだなんて!」ナディーンはそう喚いて目の前の貨車を吹っ飛ばした。そこへモリーが給炭所から空の貨車を牽いてやって来た。「あら、どうも。あたしはモリー。あなたは?」
「ハーイ、あたしはナディーンよ。」「あなたが今日から炭鉱で働く機関車なのね?クロスビーの給炭所に牽いて行く石炭の貨車がどこにあるか知らないかしら?」「それなら多分あれだと思うわ。」ナディーンは既に準備ができた貨車の方を見て言った。
炭鉱夫に貨車を繋いでもらっている間、モリーはナディーンが元気がなさそうに気づいて声をかけた。「どうしたの?なんだか元気が無いみたいだけど。」「はあ、本当ならあたしもあなたみたいに列車を牽いて島のいろんな景色を見て走るはずだったのに任されたのは石炭の山に囲まれた仕事場でやる地味な仕事だけ!」
「あたしも最初は空の貨車を給炭所に運ぶ地味な仕事を任されてたの。でもそれがあたしにしかできない大事な仕事だって気づいたわ。それから空の貨車を運ぶ仕事を頑張ってたらトップハムハット卿に他の仕事も沢山任されるようになったわ。あなたも今の仕事を頑張れば他の仕事を任されるかもね。」
ナディーンの嘆きを聞いたモリーはそう優しく言った。「それじゃあね。」モリーが自分の仕事に戻っていくのを見ながらナディーンは不満そうに呟いた。「そんなの待ってられないわ。それより他の仕事もできるって証明して、炭鉱の仕事以外の仕事を任されるようになった方が早いわ!」
そこでナディーンは炭鉱夫達の目を盗んで炭鉱から抜け出した。ナディーンが走り去る音を聞いて目を覚ました貨車はナディーンが炭鉱を抜けだしたのを見て騒ぎ立てた。「ナディーンがいない!ナディーンがいない!」だがその頃にはナディーンはとっくに炭鉱から離れたところを走っていたのだった。
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まず最初にナディーンはナップフォード駅の構内にやって来た。「さあ、あたしにもできる仕事を見つけなきゃ。」ふと、ナディーンの頭にトーマスが支線の仕事があると思い出した。そこへチャーリーがトーマスの客車、アニーとクララベルを押して通りかかった。「ねえそこの君、トーマスがどこにいるか知らない?」
チャーリーに聞かれたナディーンは心の中でほくそ笑んだ。「実はトーマスが故障しちゃって、あたしが代わりにその客車さんを牽いてトーマスの支線を走る事になったの。」「ええっ!?」「何ですって!?」アニーとクララベルはビックリした。
「あたしたちトーマスが故障したなんて聞いてないわよね?」アニーとクララベルはナディーンを疑ったが、チャーリーはナディーンの言った事を信じていた。「そうなのかい?それじゃあ彼女たちの事は君に任せるよ。」そう言ってチャーリーは彼女たちをその場に残して、ナディーンは2台を連結した。
「早くお乗りくださーい。」ナディーンがそう言うとホームにいた乗客がアニーとクララベルに乗り込んだ。ナディーンは汽笛を鳴らして駅を離れたが、複雑なジャンクションを目にして彼女はどう進めば良いのか分からなかった。
「ちょっと信号は青よ!」「何で止まってるの?」進もうとしないナディーンにアニーとクララベルがじれったそうに言った。「もしかしてあなた、トーマスの支線への行き方分かってないんじゃあないでしょうね?」「トーマスの代わりに支線を走る事になったのに?」「ま、まさか!」
アニーとクララベルに疑われ、ナディーンは一瞬ドキッとしたがそれが嘘とも言えず、彼女は目についた線路を走っていった。
ナディーンの牽く列車は砂浜の見える支線にやって来た。「ちょっと待って、何でティッドマスビーチに来てるのよ!」「ここはトーマスの支線じゃないわ!」異変に気づいたアニーとクララベルが騒ぎ立てた。
それでもナディーンは嘘がばれないように貫き通す事に決めていた。「そ、そんな事ないわよ。あたしはちゃんとトーマスの支線に来たもの。」ところがその嘘もすぐにばれる事となった。
ナディーンが最初の駅に着くと駅員が大声で叫んだ。「ホルトラフ駅~。ホルトラフ駅~。お忘れ物内容にお降りくださ~い。」「ホルトラフだって?」「私たちはナップフォード・ハーバーに行く列車に乗ったはずだぞ!」
乗客たちは自分の乗った列車が目的地と違う場所に着いた事に気づくと腹を立ててナディーンを囲み、口々に文句を言った。騒ぎを聞きつけた駅長も駆けつけてナディーンを見ると言った。「君は誰だね?この時間はオリバーの列車が来るはずなんだが……。」
と、そこへオリバーが列車を牽いてやって来た。彼は駅が騒々しいのを見て顔をしかめた。「皆何を騒いでるの?その機関車は誰?どうしてトーマスの客車を牽いてるんだ?」
そこへトーマスが駆けこんできた。「そこにいたのかアニーとクララベル!ダックが見知らぬ機関車が君達を牽いてダックの支線に走っていくのを見たって聞いて慌てて追いかけてきたんだ!」トーマスが説明すると、全員がナディーンを睨んだ。
「やっぱりね!」「彼女嘘をついてたのよ!」アニーとクララベルが叫んだ。「僕の客車を返してよ!それに君は早く自分の仕事場の炭鉱に戻りなよ!」「ごめんなさいトーマス、騒ぎを起こすつもりはなかったの。」トーマスに怒られ、ナディーンはすっかりしょげ返った。
ナディーンが炭鉱に戻ろうとダックの支線を引き返し始めた時、ダックが貨車を牽いてアールズバーグ・ウェスト駅に行くのを目にした。「客車は無理だったけど貨車ならあたしでも牽けるかも。炭鉱で貨車を入れ替えるのと変わりないわ。」ナディーンは炭鉱に戻るように言われたのも忘れてダックの後を追いかけた。
 
ダックはアールズバーグ・ウェスト駅に貨物列車を届け終えると列車をホームに置いて、今度は反対側にある砂利落としに砂利を積んだ貨車を取りに行った。ダックの列車の先頭にはスクラフィーが繋がっていた。
スクラフィーは貨車達のリーダーだったが、随分前にオリバーに仕返しとしてバラバラに壊されてからと言うものの大半の貨車から見放され、リーダーとしての威厳が無くなってすっかりみすぼらしくなっていた。
ダックの列車にはスクラフィー以外に繋がっているものがいた。ナディーンだ。彼女はダックがこれから引こうとしている列車とは知らずに反対側でダックと同じ列車を繋いでいたのだ。
「さあ、出発よ!」意気揚々と走り出そうとしたナディーンだったが列車は前に進もうとしなかった。「何よコレ!どうなってるの?」反対側でもダックが列車の異変に気づいていた。「何だ?誰が後ろに引っ張ってるんだ?スクラフィー!」
「俺じゃねえ!何もしてねえよ!誰か他の奴が後ろから引っ張ってるみたいだ!」スクラフィーが言ったがダックは信用しなかった。「君が他の貨車にそうするように言ったんだろ!嘘ついたって騙されないぞ!」ダックも列車を引っ張り始めた。
「何で前に進まないのよ?」後ろに引っ張られたナディーンはダックが同じ列車を引っ張っているとは知らずに強く引っ張り返した。ナディーンが引っ張るとダックが引っ張り返し、ダックが引っ張るとナディーンが引っ張り返した。
貨車達は前と後ろから別方向に引っ張られ合い、特にスクラフィーが苦しそうに呻いていた。「乱暴にしないでくれ!無理に引っ張るのはやめてくれ!苦しいよ!」そうこうしているうちにスクラフィーの車体からミシミシと嫌な音が聞こえ始めた。
「頼む!誰か助けてくれ!このままじゃまたバラバラになっちまう!」そう言った瞬間にスクラフィーは騒音を立てて大破し、ダックとナディーンは前に飛び出した。
「何だったの?」ナディーンが首を傾げていると様子を見に来たダックと鉢合わせした。「おい君、そこで何してるんだ?」「この列車を引っ張ろうとしていたのよ。」それを聞いてダックは合点がいった。「それで列車が動かなかったんだな?この列車は僕が牽いて行く列車なんだぞ!」
「そうだったの?ごめんなさいね、あたしそうとは知らなくて……。」「良いから君はここで誰か来て事故にならないように見張ってて。僕はクレーン車を連れて来るから。」
 
ダックがジュディとジェロームを連れて後片付けに戻って来ると、騒ぎを聞きつけたウィンストンに乗ってトップハムハット卿がやって来た。「ここの支線の機関車は馬鹿力ばかりだな!ブレーキ車を壊したり貨車を壊したり力加減ってものを知らないのかね?」
トップハムハット卿が呆れて言うとダックが口を開いた。「スクラフィーを壊してしまった事は申し訳ありません、ハット卿。でも原因はあの機関車にあるんです。」ダックに言われてナディーンに気づいたトップハムハット卿は眉間に皺を寄せた。
「ナディーン?君はここで何をしてるんだね?」「あの、トップハムハット卿、そのあたし……すみません。」トップハムハット卿に詰め寄られナディーンは言葉を失くした。「あたし、貴方に他の仕事を任せてもらいたくて炭鉱以外の仕事ができるところを見せようと思ったんです。」
トップハムハット卿はおでこに手を当てて首を振った。「良いかね?まずは与えられた炭鉱での仕事を熟さないと君に他の仕事を任せる事はできないぞ。」「ごめんなさい。反省してます。」
「分かったなら早く探鉱に戻って自分の仕事をやり遂げなさい。炭鉱までには迷わずに戻れるだろうな?他所の支線に行くんじゃないぞ。」「分かってます。すぐ戻ります。」そう言うとナディーンはとぼとぼと引き返して行った。
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こうしてナディーンは炭鉱に戻って自分の仕事を黙々とこなして行った。ナディーンの失敗を知った意地悪な貨車達は彼女をからかった。「へっへっへ、旅客列車を牽きに行かなくて良いのかい?」「けっけっけ、貨物列車を待たせてるんじゃないか?」「ダメダメ、彼女は列車の行き先を知らないよ。きゃはははは!」
貨車達に散々馬鹿にされ、煤まみれのナディーンの顔は真っ赤になった。「くぅ~っ!今に見てなさいよ!早くトップハムハット卿に認められてここ以外の仕事も任せてもらうようになるんだから!」「行き先が分からない機関車が他の仕事を任せてもらえる訳ないだろ?」その言葉に他の貨車達は笑い転げた。
貨車達に笑われ、ナディーンは一刻も早く、トップハムハット卿から他の仕事を与えてもらえるような機関車になって、貨車達を見返してやろうと心に誓うのだった。
 
●あとがき
新キャラ「ナディーン」を初登場させました。炭鉱は公式S5「ゆうかんなパーシー」に登場した炭鉱と同じものですが、原作ではソドー島に炭鉱が存在しないんですね。ですが「ナディーン」と言うキャラが思い浮かんだ時に登場させることは決定していたので炭鉱も登場させました。それは良いんですが、ナディーンって実は炭鉱で働ける機関車では無いんですね。ナディーンのモデル機「メトロポリタン鉄道A形蒸気機関車」は地下鉄を走る蒸気機関車で、蒸気を復水して燃焼時に黒煙を減らす為にコークス、または燃えない石炭を使用をしていたとのこと。要するに蒸気が少ない機関車だと思います。だから炭鉱でも働けるものかと思いきや、そう言う事に詳しいトーマスファンの先輩に聞いてみたところ、蒸気機関車が炭鉱で働けばいくら蒸気が少なくても煙突から出た火の粉が引火して大火事になる可能性があると。もし炭鉱で働かせるなら「無火機関車」の方が適切だと教えてもらいました。ですがデザインを気に入ってしまったため結局モデル機は変更しませんでした。その代わりというのは変ですが、坑道にはいれず炭鉱で貨車の入れ替えを仕事とする機関車にしました。それでも現実的に見れば引火の可能性があるかもしれませんがそれは俺次第ですから(笑)
トップハムハット卿が無火機関車を買ったのにナディーンが来たことについて苦言を言ったのは上記の出来事を参考にして入れてみました。因みにライアンも復水式の機関車らしいです。特に発言されてなかったので知りませんでした。
 
さて次回もナディーン主役回。今回は自分の役割を果たす大切さを覚えましたが、まだ今の自分の立場に納得できていないナディーンは自分にしかできない事を学びます。では今回はこの辺で(@^^)/~~~
 
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