ある朝。トップハムハット卿はナップフォード駅で頭を悩ませていた。トーマスがアニーとクララベルを連れて来たのにも気づかないようだった。「おはようございます!」「ああトーマス、すまないが挨拶してる余裕も無いんだよ。」
スケジュールボードを片手にホームを行ったり来たりしているトップハムハット卿を見てトーマスは心配した。「どうかしたんですか?」「どうもこうも、仕事が多くて列車に遅れが生じてしまっているようなんだ。君は手が空いてるかね?」
「申し訳ありません。僕は今から支線に行かないといけなくて……。」「それじゃあエドワード?」トップハムハット卿がエドワードを呼んだと同時にエドワードは笛の合図で走り出してしまった。「じゃあジェームスは?」そのジェームスも駅を出発したところだった。
「エミリー?ヘンリー?」「エミリーもヘンリーも自分の仕事で忙しいようです。」駅長が答えた。「ドナルドとダグラスも手が塞がっているし、誰か構内の貨物列車を運んでもらいたいんだが……。」構内では何本もの列車でごった返し、移動が困難になっている程だった。
「こうなったら新しい機関車をここに連れてくるしかないな。」トップハムハット卿が顔をしかめて言った。「新しい機関車ですか?でももう沢山……。」「沢山いるんだろう?ああ、分かっているよ。だが何台かはメインランドに帰ってしまったし、殆ど借りていた機関車なんだよ。」トップハムハット卿が説明した。
「仕方ない。また貸出車両を呼ぼう。」「買い出し車両って何?」近くにいたパーシーが隣のホームにいたゴードンに尋ねると、ゴードンは呆れながら訂正した。「貸出車両だ。頓馬め。」「頓馬って?」「お前みたいな事を言うんだよ、この間抜け。」「どういう事?」
「質問に質問で返さないでくれ!付き合ってられん!」そう言ってゴードンは駅を飛び出して行った。いなくなったゴードンの代わりにトーマスが貸出車両の意味を説明した。「つまり貸出車両って言うのは借りてこられた機関車って事さ。分かったかい?」「うーん、さっぱり分からない。」
 
数日後の夕方。ソドー鉄道から遠く離れた場所にあるブルーベル鉄道と言う鉄道ではステップニーと言う名前の1台の機関車が客車を牽きながら駅を目指して走っていた。ステップニーはこの鉄道で働ける事が幸せだったが、時折違う鉄道の線路を走りたくなる事があった。
その日も定刻通り駅に到着したステップニーは、そこで仲間のアダムスとクロムフォードに出会った。「あーあ、やっぱりこの距離じゃ走り足りないよ。景色も見慣れた景色だし、たまには違う鉄道でいつもと違う景色を見ながら長距離をすっ飛ばしてみたいよ!」
ステップニーがいつもの様にぼやくのを聞いて仲間たちは笑った。「おやおや、まるで世界を見に行きたいって言ってるような言い方だな。それに君は方向音痴なんだからまた迷子になるんじゃいのか?」「僕は方向音痴なんかじゃないよ!あれは霧が悪かったんだよ。」
クロムフォードに言い返すステップニーをアダムスが宥めた。「僕らはこの鉄道に救われたんだ。それを感謝しなきゃね。これ以上の贅沢を望んじゃいけないよ。」
「君たちは僕みたいに違う鉄道を走ってみたいとは思わないの?」「全然。」ステップニーが尋ねるとアダムスとクロムフォードは同じ事を言って首を振った。そこへ駅長が息を切らしながら駆け込んできた。「朗報だぞステップニー!俺たちはまたソドー鉄道に行ける事になったんだ!」
「ソドー鉄道にですか!?またトーマス達に会えるの?」「そうだ!支配人も許可を出してくれた!早速明日の朝一で出かけよう!」「うわあ、楽しみだなあ!」
翌朝。ステップニーはブルーベル鉄道を出発した。目指すはソドー島だ。ソドー島に行くには丸1日かけて行かねばならなかったが、トーマス達とまた会えると思うとステップニーは疲れなど気にならなかった。
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ナップフォード駅の構内ではジェームスとヘンリーが入れ替え作業をしていた。ジェームスはバックして貨車を吹っ飛ばすと文句を言った。「手伝いの機関車はどこだ?トップハムハット卿は出発したって言ってたのにまだ着かないじゃないか!」「もう着いても良い頃なんだけどね。」貨車を押しながらヘンリーが言った。
「へへへ、大きいくせして手伝いの機関車を呼ばないと俺たちを入れ替えられないのか?」「何だって!?」貨車の言葉に腹を立てたジェームスが体当たりしようとした時、聞きなれない汽笛が聞こえてきた。
「手伝いの機関車が来たんだ!」ヘンリーが嬉しそうに叫んだ。汽笛を響かせながらステップニーが駅の構内に入って来た。「ステップニーじゃないか!手伝いに来てくれたんだね!」ヘンリーが歓迎するとステップニーは嬉しそうに微笑んだ。「やあソドー鉄道の皆。また暫くお世話になるよ。」
トップハムハット卿がダックを連れて出迎えた。「よく来てくれたなステップニー、早速だがダックを手伝って入れ替え作業をしてくれ。」「はい、お任せください!」「さ、君の仕事場はこっちだよ。ついておいで!」ダックに連れられ、ステップニーは操車場に出かけた。
 
操車場も駅の構内と一緒で貨車や客車や列車でごった返していた。ダックが仕事の説明をしながらステップニーと操車場にやって来るとフィリップが出迎えた。「やあダック。あれ、そっちのタンク機関車君はだあれ?」「ああ、彼はステップニーだよ。暫く手伝いに来てて……。」
ダックが説明しようとするとフィリップは疑わしそうに言った。「手伝い?ちゃんと入れ替え作業ができるの?」「まあね。僕も一応タンク機関車だし。」「ふうん、でも僕みたいに速く入れ替え作業はできないでしょ?それじゃあね~。」そう言うとフィリップは全速力で駆け出して行った。
「ああ、彼の事は気にしないで。フィリップはやんちゃ小僧だから。」「僕の鉄道にも似たような機関車がいるから慣れてるよ。」謝るダックにステップニーがくすくす笑った。
ダックとステップニーは楽しく働いた。列車を移動させたり、貨車や客車を入れ替えたり1日中一生懸命働いた。仕事の呑み込みが早いのでフィリップも感心した。「へえ、なかなかやるじゃない。」
 
その日の夕方、ダックとステップニーが構内で休んでいるところへ、エドワードに乗ってトップハムハット卿が彼らに会いに来た。「今日はよくやってくれたなダックにステップニー。君たちのおかげで操車場はだいぶ片付いた。ダックは明日も引き続き入れ替え作業を、ステップニーはトーマスの支線を手伝ってくれ。」
「わあ、またトーマスに会えるんだ!」「トーマスも君に会いたがってたよ。」エドワードは優しく言うと去っていった。
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翌朝、ステップニーはトーマス達が働いているファーカー採石場に手伝いに来た。トーマスはステップニーの姿を目にして飛び上がった。「ステップニー!戻って来てくれて嬉しいよ!」「僕も嬉しいよ。またここに来れるだなんて思ってもなかったからね。」
ステップニーはトビーとパーシーが牽いている貨車を見て目を輝かせた。「僕も貨車を牽いても良いのかい?」「もちろんじゃないか。採石場を手伝いに来てくれたんだろ?」トーマスが笑いながら答えた。
貨車達は機関車にとって悩みの種だが、ステップニーにとっては楽しい仕事仲間だった。ブルーベル鉄道では貨車を牽く事なんて滅諦にないので、ステップニーは貨車を牽けるのに心から楽しんでいた。彼がハミングしながら貨車を楽々と入れ替えるのを見てトーマス達は目を丸くした。
「あなたって本当に頼りになるのね。あんなに散らかっていた貨車があっという間に片付いたわ。」メイビスが感心して彼を誉めた。
 
ところがお昼頃、パーシーと貨車の間で問題が起きた。パーシーが貨車を移動させようとした時だった。「さっさとしろよ、グズグズしてると遅刻しちまうぞ。」貨車の1台が言うとパーシーが言い返した。「黙ってろよ、君らが問題ばかり起こすから遅れるんだろ!」
それを聞いた貨車たちは腹を立てた。「俺達ゃふくれっ面した緑色の鬼っ子なんかに牽かれたくないね。」「貨車の扱い方を知ってる機関車に代えてくれ!」「手伝いに来た機関車の方が良いよ!」「うるさーい!」パーシーが貨車に体当たりして吹っ飛ばすと貨車が呻いた。「いてて、なんて乱暴な機関車だ!」
それを見たステップニーがパーシーに声をかけた。「乱暴するのはやめなよ。」「貨車を黙らせるにはこうした方が良いんだよ!」そう言ってパーシーはまた体当たりした。トーマスも口を挟んだ。「確かに、貨車に言う事を聞かせるにはちょっと痛い目を見させた方が良いんだよ。」
ステップニーは彼らの考えに納得できなかったが、トーマスとパーシーが貨車に体当たりして、そのたびに貨車達が「あひゃー!」「うひゃー!」「やめてくれー!」と、悲鳴を上げるのが楽しそうに見えてきて、自分もやってみたくなった。
「僕もやってみて良いかい?」「もちろんだとも!楽しいからやってごらん。」トーマスが言ったので、ステップニーは試しに目の前に止まっている貨車にそーっと近づいて思い切り体当たりしてみた。「うわあ!」貨車は前の貨車にぶつかり、その貨車が次の貨車にぶつかり、玉突き衝突して止まった。「上手い上手い!」トーマスがおだてた。ステップニーは貨車に体当たりするのが楽しくなってきた。そんなステップニーを見てトビーは心配した。「気をつけた方が良いよ!貨車は乱暴にされるのが嫌いなんだ。特に初めての機関車にはね!」だがステップニーは貨車がぶつかるたびに悲鳴を上げるのに夢中だった。
 
やがて港に届ける列車の準備が整うと機関車たちは出発の準備を始めた。トビーがステップニーに忠告した。「気をつけろよステップニー。」「大丈夫。今日は霧も出てないから道に迷う事はないし。」「そうじゃなくて貨車だよ。貨車は初めての機関車に悪戯をするのが大好きだから。」
メイビスも口を挟んだ。「トビーの言う通りよ。あたしも前に立ち往生させられたりトビーなんか崩れかけの橋を走らされた事もあるのよ!」トビーとメイビスはステップニーにさんざん注意してから出発した。
だがステップニーはどこ吹く風だ。貨車を牽いて長い距離を走れるのでワクワクしていたのだ。作業員がブレーキパイプを繋ぐのを確認する前にステップニーは意気揚々と走り出そうとした。「待てステップニー!まだブレーキパイプを繋いでいないんだ!」作業員の声もステップニーの耳には届かない。
ステップニーを貨車が押し出したのでステップニーはギクシャクと急発進した。「そんなに押さないでよ!今出発するよ。」ステップニーが笑いながら言った。
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「おいブルーベル畑から来た機関車さん。ブルーベル畑を走り回ってなくて良いのかい?」先頭の貨車がからかうと他の貨車もからかった。「それから頭の中のお花畑をな!」それを聞いた貨車たちはゲラゲラ笑い転げたが、ステップニーは気にしなかった。
やがてステップニーはトーマスの支線にある急な丘に差し掛かった。重い石を積んだ貨車を牽きながら丘を登るのは重労働で、ステップニーは息を切らしながら顔を真っ赤にして一歩一歩丘を登っていく。
そんなステップニーを見た貨車達は彼を困らせてやろうと思った。貨車達はクスクス笑うとステップニーを後ろに引っ張った。貨車の力も強かったが「引っ張らないで……よ!」ステップニーも負けずに引っ張り丘を登っていく。その力に流石の貨車も驚いた。
「もうちょっと……!あと……ちょっと……!」そして遂にステップニーは丘の頂上に辿り着いた。ステップニーが一息ついた瞬間貨車達が今度は猛烈な勢いでステップニーを押し始めた。「そらそら!体当たりされた仕返しだ!」「ちょ、ちょっとそんなに押したらあああああっっっ!!!!!」
突然の出来事にステップニーはどうすれば良いのか分からなかったが、すぐに現実に戻って機関士に向かって叫んだ。「機関士さん!ブレーキをかけて!」機関士はブレーキレバーにしがみついたが、貨車のブレーキはかからず列車は一向にスピードを落とす気配を見せない。それもそのはずステップニーと貨車のブレーキパイプが繋がっていなかったのだ。ステップニーは貨車達を抑えれずそのまま丘を滑り降りていき、そのまま本線に出た。
 
「もっともっと!スピードを落とさずに走れぃっ!」「どんどん行け!ノンストップだ!」「俺たちのおかげで仕事に遅れずに済むんだから感謝しろよブルーベルの花畑さん!」貨車達は喚きながらステップニーを突き飛ばす。貨車が揺れるたびに荷台から石が落ちる。
彼らは脱線しそうな勢いで急カーブを曲がっていく。貨車が傾き、その拍子に積んである石がゴロゴロと転がり落ちた。
「あああっ、押さないで!押さないでったらー!」反対側からやって来るエドワードとエミリーとすれ違った。「気をつけてステップニー!スピードを落としさないと大変な事になるぞ!」エドワードが叫んだ。「止まりたくても止まれないんだよおおおっっっ!」ステップニーが叫ぶと貨車も叫んだ。「速度を上げろ!もっと速くだ!」「おらっ、思う存分走れ!」「助けてえええっ!」「彼、本当に大変な事になるわよ。」エドワードの列車後押ししていたエミリーが呟いた。
 
前方を見たステップニーはギョッとした。ゴードンが信号待ちをしている。ステップニーの暴走を見た信号手が次の信号所に連絡を入れて、近くの列車を止めさせたのだ。「うわあああっ、ゴードン!そこ退いてえええっ!ぶつかっちゃうよおおおっ!」
ステップニーはぶつかると思って覚悟したが、信号手がポイントを切り替えてくれたおかげでギリギリのところで何とかぶつからずに回避する事ができた。ポイントで貨車が揺れ、零れ落ちた石のいくつかがゴードンにぶつかった。「こらぁっ!気をつけろ!」ゴードンが怒鳴る。
大事故にならずに済んだことで一息ついたステップニーだったが、安心はできなかった。暫くしてマロン駅が見えてきたのだ。「うわあああああ!このままだと脱線だああああっ!」
ステップニーは力を振り絞ってブレーキをかけたが、貨車達が後ろから追突してきて思うようにスピードが落ちない。それでもステップニーは諦めずに車輪から火花を散らしながらブレーキをかけ続けた。「お願い!止まってえええええっっっ!」
突然カチャンと金属音がして、ステップニーが恐る恐る目を開けてみると彼は車止めにぶつかって止まっていた。マロン駅の信号手がステップニーの暴走を聞きつけており、ステップニーが駅を通過する直前に引き込み線にポイントを切り替えてくれたのだ。
「はあ~。助かったあ……。」ステップニーがため息をついたのもつかの間トップハムハット卿がウィンストンに乗ってやって来た。「ステップニー、これは一体どういうつもりだね!すごいスピードだったじゃないか!それも重い貨物列車を牽いて!もしかしたら大事故になっていたのかも知れないんだぞ!」トップハムハット卿に雷を落とされ、ステップニーはしょんぼりした。
そこへ重連して石の貨車を牽いたトーマスとパーシーが通りかかった。「あれステップニー。」「ここでどうしたの?何があったの?」ステップニーが事情を説明すると、トーマスとパーシーはトップハムハット卿に言った。「貨車がステップニーを押したのは僕らが貨車に乱暴したからかもしれません。」と、パーシー。「ステップニーに間違った貨車の扱い方も教えてしまいました。」トーマスも言った。「それで僕もついつい乱暴に貨車を扱って……。」ステップニーも白状した。
「本当にごめんなさい。」口を揃えて言う3台の機関車にトップハムハット卿は呆れたそぶりを見せた。「全く君たちは悪戯好きなタンク機関車だ。特にトーマスとパーシーには普段から貨車の扱い方は丁寧にするように言っているではないか。とにかく君たちは貨まだまだ車の勉強が必要だ。」3台は項垂れた。
こうして3台のタンク機関車はステップニーが島にいる間に貨車の勉強を受ける事になったのだが……これをきっかけに事件が起こるのだった。
 
●あとがき
ブルーベル鉄道の機関車「ステップニー」を再登場させました。TVシリーズだとソドー鉄道所属ですが、当ブログでは原作同様ブルーベル鉄道所属です。本来なら日本未発売の原作のみに登場する「ウィルバート」を登場させようと思ってましたが、ウィルバートは去年の大晦日回で台詞ありで登場させたので、ステップニーを再登場させることにしました。
冒頭のブルーベル鉄道のシーンで「アダムス」「クロムフォード」と言う機関車もいますが、こちらも実在の機関車でありブルーベル鉄道所属の原作のみのキャラで、彼らを登場させた理由はいろいろありますが今現在言えるのは「彼らのビジュアルが好きだから」「ブルーベル鉄道におけるステップニーの生活の様子を見せる」ためです。
多分お分かりではあるかもしれませんが、自分の鉄道以外に行ってみたい、貨車を牽いてみたいというステップニーの願望は「トーマス」」を参考にしています。
あと今回珍しく「ブレーキパイプ」と言う機関車に纏わる単語を登場させました。「ブレーキパイプ」がどんなものか教えてくださった方、ありがとうございましたm(__)m(ブレーキパイプの造りがこれであっているのか分かりませんが)
さて、次回は今回の続きになる話。では今回はこの辺で(@^^)/~~~
 
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ステップニー