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寂しさを抱いて愛を生きよう

悲しみや痛みを知り
寂しさを自分で抱えられるということは
人を愛することの第一歩

寂しさを誤魔化すことなくしっかり抱いて
どのくらい深く愛して生きていけるかという試みの記録

高森草庵。

ここには、いつか必ず再度来ることになるだろう。
そう思っていたが、たった1ヶ月でその日が来た。

自分から願ったわけではなく
ただ流れに乗ってすんなりと。


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高森草庵が洗礼に使ってきた小泉。こんこんと清らかな水が湧き出ている。押田神父とこの泉の出会いも、神父がこの場に居を定めた要因のひとつ。


今回は短い滞在になったが、
特に感じたのは、シスターたちに
支えられ、助けられたこと。

きっと彼女たちは、ただまっすぐに
イエス・キリストに祈りを捧げ
私を助けようという意図もなく
私が何を持ってここに来て、
どんな風に助けられたかなど
知ろうともせず
知る必要もないのだと思う。

それでも、私は、シスターたちの祈りの力に
しっかり支えられ、助けてもらった。

自分が救っているものを知らないまま
ただ純粋に、祈りの喜びと神への感謝の内にある。

神に仕えるというのは、
そういうことかも知れない。