ふっと一瞬、心にひらっと光が差し込み
ある考えが湧いてきました。
私は私を幸せにできない。
がーん。。。
ある考えが湧いてきました。
私は私を幸せにできない。
がーん。。。
こんなに何十年も頑張ってきたのに。
溺れないように必死になって
ジタバタ足掻いてあれこれやっては失敗して。
やれやれ
私に幸せな瞬間が無かったわけでもなく
どちらかというとたくさんあって
それについては、とても恵まれた半生だったと言えるかもしれないけど
それはいつでも誰かが差し出してくれた
優しさや励まし、時にはただの眼差しが
私を幸せにしてくれたのであって
私が私を幸せにしたわけではない。
結局、あー、関係ないんだ、私の頑張りは。
それで諦めて、脱力して、
そしたら、すーっと海の底に沈んで落ち着きました。
それから、2週間ほども経っただろうか
今日また、ふっと思いました。
私に優しさをくれる人がいて
その人も私の優しさを受け止めてくれている。
その人は私を幸せにするのが上手で
私はその人を幸せにするのが上手だ。
自分で自分を幸せにできなくても
私たちはお互いを幸せにすることはできるんだ。
そういうことができる相手が
そういうことができる相手が
自分の人生にいることに気づいたら
自分の中の創造性をありったけ発揮して
自分の中の創造性をありったけ発揮して
その人を幸せにしてあげて
自分も幸せになっちゃえばいいのだ。
それは、相手のために自分を犠牲にすることとは
まったく世界の違う話しなのです。
それは、生きることが芸術になる瞬間であり
私たちの誰もが創造主になれる瞬間なのではないでしょうか。
自分も幸せになっちゃえばいいのだ。
それは、相手のために自分を犠牲にすることとは
まったく世界の違う話しなのです。
それは、生きることが芸術になる瞬間であり
私たちの誰もが創造主になれる瞬間なのではないでしょうか。
いや、ちょっと大袈裟な話しになったけど
ホントのところ、そんなふうに思ったのです。
自分の人生にはいないと思っても大丈夫
それはきっと、まだいないだけ。
あるいはいるのに気づいてないかも。
心の向くまま笑顔や優しさ振りまいてみて
それに応えるセンサーがピッと立つ人
必ず近くにたくさんいると思います。
