好きの反対は嫌い、
ではなく無関心とはよく言ったものだ。


相手にされないこと、それが一番こたえる。
たった一言、言葉が欲しい、それだけなのに。
いずれipadのようなデバイスに駆逐され、
紙媒体は衰退の一途なんだろう。

でも、俺は紙媒体が好きなんだ。
本棚をいっぱいにして暮らすのが夢なんだ。
無くなる前からノスタルジに浸ってきた。

データには無い、持ち物として増えること、
それ自体に意味というか、満足感があるんだ。


と、言いつつもCDは無くなってもたいして気にならないので、
結局は単なる思い入れの差しかないわけでw
という烙印を押されると、
人として残念な扱いしか受けられなくなる。

それに本人を気づかせることは
とても大変であって、
本人が気づくしかないんだと思う。


こっちはいい迷惑なんだが。
阿久根市長は、裁判所の判決に従うべきだと思うのです。
裁判官批判や司法への批判について、
それ自体の正しさについて議論する必要すらないと思うのです。

それはそれで、考えるべきかもしれないが、
個別判断と司法全体への批判は切り離して考えることでしょう。

少なくとも今の法体系で出た判決には従うべきで、
従わないなら然るべき方法で反論すべきだと思うのです。
駄々っ子みたいなやり方はどうかと。

まあ、ヒロユキのときもそうだけど、
判決に従わなくても実はどうにかなるという、
抜け道というか穴はどうかと思いますが。
どこぞのホリエモンが、「我が家の歴史」の存在を知らなかったー
とかなんとかブログに書いてた。

確かに、昔はテレビで何をやっているか能動的に
知ろうとする人が多かったけど、
メディアも多様化した今、
放っておくとテレビなんか観なくても全く困らない。

そういう意味でテレビの価値は間違いなく下がってきてるんだけど、
俺個人はとてもテレビっ子であり、
まだまだテレビには素晴らしい番組があると思っている。
くだらないよバラエティだとBPOに難癖つける人も多いが、
そんなくだらない番組に俺は救われてきたと思っている。
これからも、くだらない番組で俺を笑わして欲しい。

さて、我が家の歴史は視聴率20%越えだったらしい。
確かに昔より視聴率は取りづらくなっている。
けれど、まだまだ潜在的なパワーはあるはず。
「先進的」なネットユーザーの方々はもはやテレビなんか観ないのかもしれない。
しかし、偉そうにメディア論を語るギーク?な方々が
この世の全てではない。むしろ少数派かもしれない。

がんばれテレビ。負けるなテレビ。