東電の社長は自殺でもしない限り許さない、
という風潮というか兆しというか雰囲気というか、、、


責任を全て押し付けて、
人を一人死に追いやったとしても、
別に何がどう変わるわけじゃないよね。


責任を取って辞任すべきかもしれないが、
絶対に死においやるような真似はしてはいけない。
現場に行けば、邪魔だと言われる
現場に行かなければ、安全なところでと言われる。

謝罪に赴けば、それよりも事態の収集をと言われる。
現地に誰も行かなければ、来ないと非難される。

まあ仕方ないんだよ、こういう状況だから。
非難がしたいだけの人もたくさんいるしね。

相当数において、
どちらにしても非難する奴いるんだろうな、
と感じる。

無念だけど見て見ぬふりするしかないのかねぇ。
辟易するんですが、結論ありき、な意見の多さ。

発言者がどんな主張を普段している人か、
そういうところを慎重に読みとかねばならない。

「政府は情報を隠蔽している」
とする人達はその結論ありきで主張を展開し、
それに不都合な事実を本当に無視する。

「放射線やばい」
という風に思い込んでる人は、
何を言っても、第三者が冷静に分析しても、
それすらも信じることはない。

「東電は広告主だからマスコミは批判しない」
という結論ありきで勝手に妄想する。
いや、ありえないことはないけどね。
なんとも怪しいソースしかないのが残念。

「マスゴミはいらない。twitter最高」
これも結論ありきすぎてウザクて仕方がない。
マスゴミはさておき、twitterのよさも悪さも、
間違いなく今回の震災で現れていた。
にも関わらず、twitterの限界や問題点を無視する
馬鹿の多さに辟易する。
twitterやSNSは始まったばかりこれからもっと
よくなる可能性を秘めているかもしれないけど、
それとマスゴミを代替できるには天と地ほどの差がある。


ちょっとだけ書いてみたけど、
結論ありきな意見はネットを中心に後を絶たない。
結論は冷静に客観的に論理的に下さないといけない。自戒。
いろんなデマも流れてるし、
僕はどちらかと言えば、民主党を庇う発言が多いと
自分では思っているんだけど、
それは民主党ダメという結論ありきで発言する奴の多さへの、
アンチテーゼ的な側面があったりなかったりするんだけど、

どうしようもねーな、民主党。

この後に及んで更迭した奴復活させるセンスとか、
ガソリンプールだの、
都の職員を恫喝・処分するだの、
本当に馬鹿ばっかりなのか、民主党。。。

落ち着いたらまじで菅総理は辞めるしかないか。
代わりは誰なんだって議論あるけども。
センスないよね。
観た瞬間「これはないわー」と多くの人が感じ、
結果として叩かれまくったわけです。

これは論理というより感覚・感性の問題だと思う。

まあ、作って出す人がいるくらいだから、
中には「問題だとは思わない」人達もいるわけです。
もって言えば「問題にしている人達が問題」くらいな
論陣を張る人までいるわけです。
言論統制ではないか、と。

ちょっと待てと。つまり
「あれを見て何も感じるな」ということか?
「感じても行動するな」ということか?
それは間違っていると思う。
あれを見て不快に思う人が大多数である事実・現実を見るべきだ。
「たいした問題じゃない」と、簡単に切り捨て、
批判行為をしている人達を愚者とでも
扱わんばかりの言動には虫唾が走る。

少なくともaeraはあの表紙の雑誌を出したとき、
世間がどう反応するかについてあまりに鈍感であった、
その事実は変わらない。
その責任を世間側にすり替えようとしても、
それは無理筋であると考える。


さて、ここまで書いてきたけど、
自粛・不謹慎論争も含めて鑑みると、
自分の中でどこかに線引きがあって、
それに基づいて言動を行っているわけだけど、
それはなんとも頼りない感覚的なものでしかない。

自分の中の正義が必ずしも絶対ではないということを
自分のどこかに置いておかないと、
誰かに対し正義の押し売りを必ずしてしまう。
むしろ既にしているんだと思う。

逆に正しいと思ったときに引いてしまっていては、
行動を起こすことができなくなってしまう。

0か1か。
世の中はそんなに簡単に答えは出ない。
それをまず肝に銘じることが大切だと、
陳腐かもしれないけど、あらためて思うのです。