センスないよね。
観た瞬間「これはないわー」と多くの人が感じ、
結果として叩かれまくったわけです。

これは論理というより感覚・感性の問題だと思う。

まあ、作って出す人がいるくらいだから、
中には「問題だとは思わない」人達もいるわけです。
もって言えば「問題にしている人達が問題」くらいな
論陣を張る人までいるわけです。
言論統制ではないか、と。

ちょっと待てと。つまり
「あれを見て何も感じるな」ということか?
「感じても行動するな」ということか?
それは間違っていると思う。
あれを見て不快に思う人が大多数である事実・現実を見るべきだ。
「たいした問題じゃない」と、簡単に切り捨て、
批判行為をしている人達を愚者とでも
扱わんばかりの言動には虫唾が走る。

少なくともaeraはあの表紙の雑誌を出したとき、
世間がどう反応するかについてあまりに鈍感であった、
その事実は変わらない。
その責任を世間側にすり替えようとしても、
それは無理筋であると考える。


さて、ここまで書いてきたけど、
自粛・不謹慎論争も含めて鑑みると、
自分の中でどこかに線引きがあって、
それに基づいて言動を行っているわけだけど、
それはなんとも頼りない感覚的なものでしかない。

自分の中の正義が必ずしも絶対ではないということを
自分のどこかに置いておかないと、
誰かに対し正義の押し売りを必ずしてしまう。
むしろ既にしているんだと思う。

逆に正しいと思ったときに引いてしまっていては、
行動を起こすことができなくなってしまう。

0か1か。
世の中はそんなに簡単に答えは出ない。
それをまず肝に銘じることが大切だと、
陳腐かもしれないけど、あらためて思うのです。