入院2日目、それは手術の日 | setapoohのブログ

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脳梗塞、高次脳機能障害、身体障害、鬱病、喘息などの病気のこと、貧乏生活などを書いていきます。

鼠径ヘルニアの手術は8月30日の午後1時からのよていだった。それまで絶食、舌飲。朝の水分補給が最後。

ぼくのまえに予定されていた主人がほぼ予定通りだったようで、2時間ほど前に着替えていた術着、これは下着の下側はかなり余裕のあるもので、上に身につけるのは昔でいう寝間着のような前方に紐で2ヶ所結ぶもの。

手術5分ほど前に病棟の看護師さんが迎えに来て、眼鏡を掛けたまま、杖をついて1階下にある手術室に向かう。一階下とはいえ、エレベーターで移動。

そして手術室に入室。そこから少し長い通路を歩いた。いくつか仕切られた部屋がいくつかあったので、それも手術室だったのだろうか。そしてだいぶ奥まで歩いて、またも広い部屋、それこそがメインの手術室に入った。

中央にある少し大きめなベッドがある。手術するところだとすぐにわかった。そこに登るために何段かある階段状のものがせっちされていた。そこに登る前に名前やら手首に巻かれたID、生年月日、血液型などを確認された。

そこまでは確か病棟の看護師も同行していたと思う。その確認作業が終わると、眼鏡と杖を手術室の看護師さんに手渡して手術台に登って仰向けになって横になるようにしじされた。

この段階で引き継ぎが終わって業務が終わったということで、病棟看護師さんは退室して行った。あとは手術室担当の看護師さんが数人、医師と言っても後で考えると責任者ではなかった人がいた。

ぼくが横になると看護師さんと医師とで手早くぼくの術着を脱がしていく。そして看護師は心電図を測定するための機械を胸に貼っていく。そしてつぎに右腕に血圧計をつける。医師のほうは左手の甲の血管入室点滴ラインを確保しようとしたがどうやらぼくの手の甲の血管が少し蛇行しているようで、右手に変更した。それに伴って看護師さんが右腕の血圧計を左腕に変更する。息の合ったコンビだ。手術室担当の看護師さんはやはり優秀だと認識させられる。

3人ほどいたと思うが、1人として病棟では見かける顔ではないので、手術室専門の可能性が高いだろう。最後までそれは聞けなかったが。

右手の甲の血管に点滴ラインを確保して針を刺すのもほとんど痛みはない。さすがに慣れている。

点滴は後で聞いて電解質だったと知る。この辺で酸素マスクと見えたから全身麻酔だとなっていたのだろう。

そしてある程度準備ができたのだろう。麻酔医の責任者が登場。登場して何人かに指示。ここで全身麻酔から局部麻酔に変更を決めたようだ。脊髄くも膜下麻酔へのへんこうというようなことばがきこえた。看護師に薬剤とかの指示。どんな薬かはわからないが、4ccという言葉だけは聞こえた。これもたぶん。

ぼくは右を下にして膝を抱えておへそを見るような姿勢になるように指示されてそうする。左半身の軽い麻痺のところは看護師さんが保定する。そして背中に何かの薬剤を注射なのか、まずはさっきのを4cc注入。ここで少し背中が少し冷たくなった気がする。その後で別の薬剤をさらに注入。ここで針を抜いたら絆創膏みたいなのを背中の針の後に貼られ、またもとの仰向けになるように言われて戻る。

しばらくして看護師さんが冷たいアルコール綿で左肩の辺をなでて、そのあと下半身をなで、どっちが冷たいかを聞く。ぼくは左半身が麻痺があり、それには感覚麻痺も残っているのでその旨を伝えて、右半身でお願いした。すると下半身はほとんど冷たさを感じないがお腹、おへその上あたりからはまだ冷たいのがわかる。また数分もせずに同じことを繰り返していくと次第に冷たく感じなくなる部分が胸に近いところまで広がっていた。

これは後で知ることになるのだが、これで感覚がどこまで残ってるかを調べ、痛みがないところを確認する作業だと知る。機械とかでわかるものでないのか。心電図やら血圧、脈拍などを映し出すモニターがぼくの頭部のさらに奥にあるらしい。

つい、このモニター、知ってるやつが開発してるんですよねとかそんな会話をしたような記憶がある。

そしてぼくが下、下半身が見えないようにブルーのシートで壁を作られていった。

そうして執刀医、2人だったが、登場した。