「思いやりの心をもちなさい」という教育が「子どもの問題解決力」を奪うワケ(工藤 勇一,苫野 一徳) | マネー現代 | 講談社  

 

 

  学校ほど思いやりのない環境はないだろう。官僚がそうだから、教師がそうだからそうなるのだが。

 

 文科省に居る官僚も、学校に居る教師も、彼らは金儲けの為に仕事をする労働機械なのだから。そこに思いやりという心の作用を持ち込むことは、仕事を台無しにするからね。

 

>心の教育 「思いやり」で対立は解消できない

 

 そもそも何故対立は起こるのでしょう?それは、本来比べることの出来ない唯一無二の存在である個々人を同じ教科を学ばせ競わせることで他人と争うことを教えるからではないでしょうか?

 

 その攻撃的な姿勢を変えられるのは、むしろ、「思いやり」しかないと言えるでしょう。しかし、闘争的思考を植え付けられたことで、「思いやり」を促す心は限りなく弱っている。

 

 それを見て、「思いやり」では解消できないと思うのでしょう。

 

>日本の学校でこれらの言葉を使わない教員はたぶんいないし、「心の

>教育」を否定する教員もいないでしょう。だって教育学部で教えていま

>すからね。

 

 実に恐ろしい話だと思います。それは、もはや教育ではなく洗脳ではないかと思われます。そして、教師は学校で教わったことは正しいと思い素直に実行するのです。そして、過ちは日本国中に浸透していく。

 

 いつ何を感じるかは常に自由なのです。心は比べることの出来ない絶対的な世界にあるのです。それを洗脳によって同じ作用をもたらせる様に変えてしまうのです。

 

 人間の数だけ心がある。目に見えない感情を発することで、それは比較大小の出来ない絶対的な価値となるのです。その唯一無二なる自分の基盤を根底から破壊するのが学校教育であることがお分かりいただけますでしょうか?

 

>「誰一人置き去りにしない学校をつくるためにはどうしたらいいか」と

 

 誰一人置き去りにしない学校・・・つまり、裏を返せば、一人でも多くを置き去りにしようとしている学校となる訳です。教科学習に様々な運動競技で子どもたちを戦いの渦の中に放り込み、そこで置き去りにされない様に這い上がってこいという事です。

 

 しかし、置き去りにするってどういう事なんでしょうね。どうしたらそれが出来るかと言えば、学校で勉強して他人の教えで生きる人たちではないかと思います。

 

 文科省がやれ!と命じれば、反論することなく遂行する。まるで、学校は軍隊みたいではないかと思います。そう言えば、教師はみんなが列を作って行進するのが好きですよね^^;

 

 心を一つにしている感が漂うからでしょう。しかし、それは現実的に見れば誠に気持ち悪い光景ではないかと思います。だって、キチンと揃えば揃うほど機械の更新に見えるから・・・

 

>それを必死に考えているのがEUの首脳や外交官たちだと思うんです。

>どれだけ腹ワタが煮えくりかえっていてもあくまでも理性的に考える。

>これが成熟した大人の対応だと僕は思うんですね。

 子どもにはそう見えるかもしれませんが、その割には何ら成果が出て来ない。それは、つまりパフォーマンスに過ぎないという事です。まるで、仲裁に入るクラス委員みたいな・・・

 

 何故、彼らが冷静でいられるかと言えば、基本的に知ったことじゃないからです。かと言って、それを言えばなんてひどい国なんだと誹りをうけることになる。

 

 そうやって、無駄な会議をやれば自分たちの良い人間像も確立するし、次なる選挙や出世にもプラスに働くのです。所詮、誰もが自分の事しか考えていないという事だろうと思います。

 

>道徳教育から市民教育へ

 

 殆どの人が知らないと思いますが、終戦後に日本で市民教育を学校で行っていたのです。だけども、それが原因で激しい学生運動が起こってしまったのです。だから、市民教育を止め道徳教育に戻したのです。

 

 従って、今の政府がある限り市民教育は実現しないと思います。

 

>相手の気持ちを考え、思いやりを持って生きればみんなハッピーになれ

>るかと言えば、そんな甘い話ではないですよね。「対話を通した合意形

>成」の経験を積むことが、やはり何より重要です。

 

 そもそも、何故合意形成が必要なのでしょうか?

 

 答えは、お金が無いからなのです。だから、お金の絡まない事には合意形成は必要ない。つまり、合意形成を続ければ、国家という組織が安泰なのです。

 

 資本主義も民主主義も合意形成を図ることで同じに見えるのではないでしょうか?いずれの場合に於いても、主権は尊重されないということになる。そして、その理由は大抵お金が無いから・・・だと思います。

 

 資本主義という別名:お金教という宗教が全てを牛耳っているという事になるでしょう。

>教員を志した理由を訊くと「素敵な先生と出会いまして」と答える人が

>本当に多いんです。その答えを耳にするたびに僕は最悪の気分にな

>ります。だって過去に素敵な先生と出会ったから教員を志したという

>発言は、子どもたちを見ている言葉には聞こえないじゃないですか。

 

 この情報は知りませんでした。採用されるために、仕事に就けるために、雇用側に立って物事を考えている。金儲けなんですね・・・

 

 流石に割と的確な分析をされていますが、何故、最後に民主主義へと向かわせようとするのでしょうね。民主主義をどう捉えているか分かりませんが、例えば、アメリカを見れば分ると思います。

 

 民主党VS共和党でアメリカを二分して国民同士が喧嘩しているのです。あれが、民主主義の正体なのです。

 

 どういうことかと言えば、国民同士を争わせることで力を削いでいる。国家に対する不満を解消させているのです。国民を操る仕組みなだけなのです。

 

 クラスで民主主義を導入したらクラス内で対立が起こる。喧嘩が耐えないクラスになりますよ。人間同士が争う事ほど無意味なことはないのです。

 

 そして、本当の民主主義は争わない。本当の民主主義を実現できるかどうかの決め手は、資本主義を潰せるかどうかに掛かっているのです。要は、資本主義社会では民主主義も共産主義も存在できないのです。

 

主義というモノは二つ同時に存在できるモノではないのです。折角、冷静に分析されても最後の最後に、よく知らない民主主義で騙されてしまうのです。

 

 あの世界一の米国で、人種差別や格差が酷い米国で、反政府運動が起こらないのを不思議に思わなければいけないと思います。そこにはキチンと予防策が施されているのです。

 

 未だ世界は人種と宗教の争いが激しい。そこへ来て、日本にはそうした対立要素は全くないのです。だからこそ、資本主義を捨てて、本当の民主主義を実現できる可能性があるのではないかと思うのです。

 

 これはきっと、日本にしか出来ない改革ではないかと思います。そして、今、資本主義のベールが剥がれ、資本主義が人間を殺し始めた状況を考えれば、日本が世界で初めて資本主義を壊した、捨てた国になれるのではないかと思うのです・

 

 人類に禍をもたらせた資本主義と国家と教育との決別が、人類滅亡を防ぐ唯一の方法であると思います。