少子化がギアを上げて加速、最大の人口減に 要因は「既婚女性の出生率低下」と専門家〈AERA〉(AERA dot.)  

 

 

 ギアを上げたといくら騒いだところで、資本主義を守る以上、打つ手は何もないでしょう。仮に何か手を打っても何の効果もない。

 

>経済的な理由でそもそも結婚ができない層がいることに加え、

>子育てが大変だというイメージが強い。

 

 基本的に先進国よりも貧しい途上国が子だくさんであることを考えれば、少子化の原因が経済的な問題とするのは見当違いだと言える。

 

 むしろ、資本主義が作る競争社会が大きな壁となっている。この過酷な競争社会で生きていくには、仕事を第一に考えるしかないわけで、それを考えれば、結婚も子育ても邪魔になる。

 

 いくら、色んな補助金や支援をしようとも、競争社会が続く限り少子化は止められないのです。逆に言えば、途上国は何故途上国なのかと言えば、競争社会ではないからとも言えるわけです。

 

 競争しないから貧しい。しかし、競争社会が豊かかと言えば、一部の人が豊かなだけで、全体が豊かだとは言えない。単にお金の偏りが出来ただけとも言えるのです。

 

 少子化が突き付けているのは、お金を取るか人を取るかという選択であり、お金を取る以上、人は等閑にされ減っていき滅亡するという流れは止められないのです。

 

 こう書くと、地球jの人口が増えだしたのは資本主義のお陰ではないかという人も多いでしょう。確かに、急激な人口増加は資本主義が引き起こしたことだと思います。

 

 しかし、物事には表と裏があり、資本主義は人口を増やしたが、その代償として人類を滅亡へと向かわせるという事です。

 

 何事も永遠という事はないのです。右肩上がりで急激な成長を果たしたものは、それとは反対に急激に衰退していくということです。

 

 資本主義は永遠なる成長がないと維持できません。去年より今年に消費=生産が上回らないと維持できないのです。これまでの発展を見ていれば分かると思いますが。

 

 この50年はすさまじい規模で成長している。それは、商材が急激に増えたからに他ならないのです。しかし、スマホが爆発的に普及して以降、そういう経済を引っ張る商材はないのです。

 

 むしろ、行き渡った商材によって、新たな商材は必要なくなる。こうしてデフレが始まる訳ですが、それでも効率化によって商材を安くしてたくさんうることでクリアしていくのですが、それが限界に達すると、今度は急激な発展とは対照的に急激な衰退を始めるのです。

 

 こうして、少子化が始まる。経済を無理やり維持しようとすれば、そのしわ寄せは私たち人間が背負わされるのです。

 

 経済が良くなる時は、人間も良くなるし、何より働き甲斐もあるでしょう。働きに応じたインセンティブが増えていくわけですから。しかし、デフレが始まると何をやってもインセンティブは増えない。

 

 売り上げが下がり利益が下がれば当然の事です。そういう中で、自分を守るために人は他人を蹴落とし自分が生きようとする。失職すれば命を絶たれるからです。

 

 確かに失業対策とか生活保護という支援はありますが、そういう支援を受けると自由が無くなるのです。自由が無くなると人間は生きていけなくなる。それは、人間が自由な生き物であるという事でもあるのです。

 

 自由がない人は楽しくないでしょう。そういう人は結婚や子育てという更なる不自由を受け入れられないのです。

 

 何故、有能な人間が、それほどまでに劣化するのかについては、何度も書いている様に学校で勉強するからです。たくさんの能力があることが本来有能と呼べるのですが、学校では勉強することだけをさせられる。

 

 その一能に集約されることで、それは有能ではなく無能に近づくわけです。しかし、その狭い力に引き込まれることで、誰もが一能を有能だと勘違いしてしまうのです。

 

 仕事なんてとっとと片付けて他の事をやらなければならないのに。仕事に時間を奪われ人生を奪われるのです。仕事を簡単に片づけると給与は少なくなるからそうなるのでしょう。

 

 下手したら同じことを死ぬまでやるのです。それはまるで機械。私たちはそういう風に育たれているのです。この資本主義の中で生きる様に。

 

 しかし、それは資本主義が適正に動くことが条件であり、それが回らなくなると私たちは資本主義に殺されるようになるのです。少子化ギアを上げたのなら、滅亡までの時間も早くなるという事。

 

 のんきに対応策を考えていてはダメなのです。資本主義の中で何をやっても意味がない。もはや資本主義は破綻しているのだから。資本主義の役目は終わっているのです。

 

 幼虫からさなぎにするまでが資本主義の役目であり、さなぎの殻を破らないといけないのです。いくらそれまでの功績が素晴らしくとも、そこに留まることは許されない。

 

 何故なら、私たちは更なる進化を遂げなければいけないからです。私たちはまだ夢の途中なのです。豪華な世界に生きるのが夢であれば、そこで終わるのも構いませんが、私たちの夢はその程度のモノではないと思います。

 

 私たち人間は一体何を望んでいるのか?

 

 今問われるのはそのことです。お金に目が眩んだ人間には見えないかもしれません。もし、それが見えないなら人間はお終いです。だって、そこがゴールだから。

 

 しかし、そこに幸せはあったのでしょうか?

 

 果たして、そこを本当にゴールと呼べるのでしょうか?

 

 人間はその程度の生き物なのでしょうか?

 

 これらの答えが全てを決めると思います。そして、それぞれがどう答えるかで変わるのではないかと思います。