中央省庁20代キャリア87人が自己都合退職 6年前の4倍増 河野担当相が危機感

 

 という記事が出ていました。沈む船からネズミが逃げ出すという言葉がありますが、中央省庁の若手官僚が政府を見限った行動なのかもしれません。

 

 以前、「目指すは大政奉還ですよ」という記事を書きましたが、もしかしたら、若手官僚のこうした行動はそこに向かっているのかもしれません。

 

 基本的に世の中を変えるのは若い人たちであり、明治維新においても若い人たちが脱藩をして大政奉還への流れを作ったという歴史があります。

 

 若手とは言え、官僚にかつての幕末の志士のような存在が居るとは俄かに思えないのですが、いずれにしても国家という存在が危うくなりつつあるのは間違いないことではないかと思います。

 

 このブログでは再三国家は無用の長物であると言い続けているわけですが、では国家なき後の世界はどうあるべきかということについて書いていないので、いずれキチンとした本にする計画はあるのですが、触りを書いておこうと思います。

 

 ざっくりとした形で言うと、様々なコミュニティのコンソーシアムという感じです。国家が無くなるということはお金がない世界となります。では、どうやって欲しいモノを手に入れるかと言えば、基本的には物々交換というかたちになる。

 

 と言っても、太古の物々交換ではなく、サークル的な物々交換となります。様々なコミュニティで作り出される価値をコンピュータを使って管理し必要なコミュニティに必要な分だけ届けるシステムを作るわけです。

 

 ニーズが全てを支配するという感じでしょうか?

 

 大事なのは主権は個々人にあるわけで、何かを欲する人は欲するモノを自分で作るという発想が大事になります。誰かにやってもらうのではなく、自分で考えて行動するという人間の基本原理で動くシステムです。

 

 そうすることで適正な生産と流通が可能になると考えています。ロスのない完璧な世界。コンピュータが進化したから作れる世界であり、これによってお金という手段を必要とすることは無くなるのです。

 

 飽くまでざっくりとしてイメージであり、これを具現化するには結構な時間が必要なわけで、当分作れそうにないわけです。まあ、国家が崩壊するまでにはもうしばらく時間が掛かるでしょうから・・・^^;

 

 いずれにしても、時代は先へ動き出していると思います。そして、人間の思いがある限り、常に良くなっていくのです。次代のテーマは労働なき自由な世界となるのではないかと思います。

 

 国家がある内は人々に自由はありません。必要以上に働かされ自由を制限されて辛く苦しい人生を強いられるのです。これからがその極みとなるかもしれません。

 

 そういう状況が、次代のテーマとなる労働なき自由な世界というモノを必要とし実現させると確信しています。かつて貧しいが故に不幸だと思った時代が、今日の資本主義社会を生み出したように・・・・

 

 今、誰もが苦しむことが新しい時代の糧となるのです。だから、絶対に諦めてはいけない。何故なら、そういう世界を作るにはやるべきことが山のようにあるからです。