来られているある方から

 

「先生、もし自分が不合理なことを推し進めるようだったら、私の意見と異なっても、しっかり先生の見解を言ってくださいね」

という様なことを伺いました。

確かに「その方の意思」というものは非常に大切なのは事実です。

 

とはいえ、「この方が希望したのだから」

 

と、ちょっと前だったこともありますが、

 

(ちゃんと説明したら絶対やらないだろう……)

 

というような治療を「御本人の意思」(錦の御旗)として行う一部医療者を見てきた身からすると

私は「その方の意思」至上主義ではありません。

 

それは説明次第で変わるものと私は捉えています。

 

専門家が何でいるのかと言えば、「はい、◯◯さんの仰ることは全て正しいです」と媚びへつらって何でもイエスを言うこととは違うと、あくまで私は捉えています。

 

必要なことはしっかりと伝えるのが、専門家としての責務であり、ひいてはそれが患者さんやご家族の幸福に資する、と。

 

 

ただ、どんなに正しくない知識であっても、本当にそれを信じている人からすれば、それにコメントすることは水を差すことそのものなのですよね。度胸もいりますし、極めて少ないですが、それなりに長い医師人生では患者・医師関係に緊張が走ったこともあります。

しかし私は先述したように、「専門家は、専門家としての意見も、たとえ患者さんやご家族と違っても伝えるべき」と思っています。

もちろん高圧的にだったり、頭ごなしには言いませんよ。

こういうやり方もあるのではないかということを伝えることが、専門家の責務だと考えています。

 

あたら命を縮めるような選択や、苦痛を増やす選択を、「皆さんの意思ですから良いです」とだけ伝えるのは違うと思っています。

ただ繰り返しですが、それは言下の否定ではありません。だから標準治療外の方も通ってこられるわけです。

 

 

しかしさすがに、ブログの向こうの方の、命を縮める選択に関して「違います」とは言えないですからね……。

今も気になるブログがあって、おそらく誰かしっかりと相談できる相手(本当の専門家だったらなおよし。にせものはだめ)がいたら思いとどまってくれたかもしれないのに……というものがありますね。

情報や選択で、本当に命を縮めますよ。

勉強熱心な本当の専門家を、担当医やかかりつけ医、あるいはその他でも一人は確保しておくことは大変重要だと思います。