面白い記事を見つけました。
行動経済学的観点から医療現場での意思決定を分析した『医療現場の行動経済学』という書籍の著者の記事です。
医療現場の行動経済学 すれ違う医者と患者 [ 大竹 文雄 ]
2,592円
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抗がん剤の益がない時期でも、それを止めずに抗がん剤を望む患者さんの心理と、医師とのコミュニケーションのすれ違いなどが例示されています。
読み進めてゆくと、なんと「緩和ケア」にまつわる内容が!
大竹:「現状維持バイアス」という概念もサンクコストに少し似ています。本書に載せた別の会話では、主治医が患者さんに「骨の痛みが出てきたから、早いうちに症状緩和専門の先生に診察してもらったほうがいい」と勧めます。しかし、患者さんは「痛みはあるけど、新しい先生にみてもらうまでもない」と拒否します。
石川:つまり「今のままでいい」ということですね。医師にとっては、正しい知識を非常にわかりやすく伝えているつもりなのに、患者さんがなぜこんなこと言うのか、まったくわからないと絶句してしまう。
大竹:人には、同じことをずっと続けたいという特性があります。現在の状態を続けられないと、すごく損をした感じになるわけです。
「骨の痛みが出てきたから、早いうちに症状緩和専門の先生に診察してもらったほうがいい」
「痛みはあるけど、新しい先生にみてもらうまでもない」
これはよくあるやり取りです。
例示では「患者さんがなぜこんなこと言うのか、まったくわからないと絶句」とありますが、それは性善説の場合で、「こう患者さんが言っているから緩和ケアチームは入ってもらわなくて良いです」「患者が緩和ケアチームを望んでいないから依頼しない」等と錦の御旗に使われてしまうこともありますね(こういうこともあるのが悲しいかな現実です。もちろん多数ではありませんが)。
私が大学病院で働いていた時も、明らかに緩和ケアが必要な患者さんにも、病棟の看護師が「どうですか?」と尋ねると往々にしてこのようになってしまう(結果、緩和ケアの提供が遅れ、患者さんが苦しむ時間が長くなる)ということがありました。
どうですか? という中立性ではなく、必要だと勧める強さも時には必要です(患者さんのためになるのですから)。
前掲の記事では、このような「緩和ケアは今の所いい、要らない」という考えの背景は、「現状維持バイアス」と呼ぶとのことですね。
主治医との関係を壊したくない。
余計な人に入ってもらいたくない。
付加される理由は様々なのですが、それで苦痛が緩和されておらず、不安も解消されていないのですから、普通に考えれば専門家に入ってもらうのが合理的です。
もちろん「待っていました!」と希望される方もいて、そのようなケースでは速やかに苦痛緩和され、不安は解消しました。
しかしなかなか「(主担当の)皆さんで十分」「先生に迷惑をかけたくない」……と緩和ケア部門への紹介に首を縦に振らない方もいらっしゃったのです。
あまり知られていないのですが、優れた緩和ケアの担い手はむしろ、主担当の医療者と患者さんの関係を良くするようにも動きます。
実際、痛かったり、不安があってそれが解消されないと、主担当の医療チームとの関係も揺らぎます。
主担当の医療チームや医師の言葉を補って、疑念や不信が生じるのを回避することもできます。
そのような助言ができるのも、緩和ケアだけではなくがん治療まで知っている医師だからです。
抗がん剤治療中からの早期緩和ケアが適しているというのは、このような背景があるのです。
前掲の記事には、他にも合理的な決断を妨げるバイアスについて説明されています。
一度ご覧になってみると良いと思います。