有名な声優の鶴ひろみさんが亡くなられたと報じられました。

 

 

昔から活躍なさっている声優さんで、よくお名前を拝見する機会がありました。

 

 

お茶の間に、たくさんの忘れられない声を届けてくださったと思います。

 

深く哀悼の意を表する次第です。

 

 

声優・鶴ひろみさん死去 事務所が正式発表 運転中の大動脈剥離で

 
発表には大動脈剥離とありますが、これは大動脈解離でしょうね。
 
 
大動脈解離は厳しい病気で、治療を行わないと24時間以内に25%が亡くなるとされています。
 
 
発症直後に亡くなる方もいることが知られており、昨年2月も大阪梅田での乗用車暴走事故の原因となっています。
 
 
私も研修医・専修医時代に何例か診断したことがあります。
 
 
忘れられない患者さんは、50代の男性で、「それほどでもない胸痛が2時間くらい前からある」「だけれども何か変」ということで救急外来にやって来られた方でした。その時は医師3年目でした。
 
 
心電図は異常なし。
 
 
胸部Ⅹ線も異常なし。
 
 
「すごく痛いというわけではないの。でも変なんだよね」
 
と患者さんは首をかしげます。
 
「背中? ちょっと痛いかも。でも胸ほどではないかな」
 
帰して良いのかどうか迷いました。
 
血圧が左腕と右腕で少しだけ差があったこと、
 
そして
 
「痛みに関してもう少し詳しく教えて下さい」(まるで今の仕事のような質問ですね)
 
と尋ねると
 
「そういえば、痛みの場所が少し移動したような気がします」
 
という言葉が引っかかりました。
 
「真ん中から少し左・・・首のほうへかな・・・背中かな? ちょっと動いたかも」
 
しかし患者さんは
 
「大したことない痛みって言えば、大したことないけれども」
 
と気遣ってなのか、あっけらかんとしたお顔でおっしゃいました。
 
激痛かとの質問には一貫して「違う」とも表現されていました。
 
 
悩みましたが可能性は捨てきれないと考え、大動脈解離を疑って胸部造影CTをオーダーしました。
 
夜間の時間帯だったので、案の定、検査技師さんにはぶつぶつと言われました。
 
「先生、このケースに造影するの? 本当に?」
 
過剰な医療だと思われたようです。
 
しかしひょっとして・・・という何かがありました。
 
「やるの?」「やります」軽く押し問答でしたが、ここは押し切りました。
 
そして・・・
 
出来上がったフィルムには、上行大動脈にはっきりとした解離が映っていたのです。
 
すぐさま心臓血管外科がある病院に連絡、患者さんを搬送する手続きを行い、救急車に同乗して、その病院に向かいました。
 
患者さんには「大丈夫ですよ」と声をかけながら。
 
患者さんは不安そうな顔でもありましたが、「そんな病気なんだ。へー」とまだややあっけらかんとされています。症状がそれほど激烈ではなかったことも、深刻感がなかったことに関係していたのでしょう。
 
 
到着した病院の救急室には、ベテランと思しき心臓血管外科医が待機していました。
 
フィルムを渡しながら、冗長にならないように経過を伝えると、心臓血管外科医は短く「わかりました」と言い、患者さんを引き渡しました。
 
 
 
その後何の音沙汰もなかったので、その患者さんが元気にしているか心配していました。
 
 
2か月が過ぎたころでしょうか。
 
 
病院の入口付近で、急に呼び止められました。
 
「先生!」
 
「あっ! あの時の・・・どうされたんですか?」
 
「いやちょうど先生に会いに来たんで、手間が省けました」
 
「そうでしたか、それであの後・・・」
 
「いや実はリハビリを行って、少し前にようやく退院したんです。大手術で、ICUにもずっと入ってて・・・」
 
診断は発症から数時間以内。それでもそれだけの困難を患者さんは乗り越える必要がありました。
 
「そうでしたか・・・本当に大変でしたね」
 
私が言うと患者さんはこうおっしゃいました。
 
「いえ、そんなことないですよ! 命が助かったんですから」
 
そして続けて
 
「実は、執刀してくれた先生も、『あの若い先生にちゃんと御礼を言いに行ったほうが良いよ』『遅かったら死んでいたかもしれない。すぐに診断をつけてもらってラッキーだったよ』とおっしゃっていたんです」
 
と。
 
「え?」
 
「そんな”大したことない胸痛”でよく見つけてもらったね。普通は激痛だから。でも帰されたら死んでたかもしれないね。あの先生に見つけてもらったことは本当に幸運だったと思うよ、って」
 
若手医師だった自分には、うれしかった言葉でした。
 
何より助かる命を助けるお手伝いができたことがうれしかったです。
 
「先生にもらった命です。頑張って生きていきます」
 
笑顔で患者さんは去って行きました。
 
 
一般には大動脈解離は激痛で知られますが、そうではない事例であったことが私にはとても大きなインパクトを与えた一例でした。5%程度は症状の自覚が乏しい事例があるそうです。


鶴さんもハザードを出して停車されるくらいですから大きな変調があったことは間違いないでしょうが、その中においてもそれほど苦しまなかったと願いたいです。
 

 

これまで経験したことがない強い胸痛や上背部痛を自覚したら、しっかりと病院にかかることが重要、またはリスク因子と言われる高血圧を放置しないことなども大切でしょう。早期発見如何で経過や転帰が異なりうるので、注意したい病気の一つです。