40代女性の乳がんの患者さん。

 

 

ベッド脇のテーブルには、サッカー選手を思わせる好青年の写真がいつも飾られていました。

 

 

よくよく見ると、やや柴崎岳選手のような顔をしています。

 

 

「この方、スポーツ選手ですか?」

 

 

ある時、私が尋ねると、彼女は苦笑しました。

 

 

「え? 先生、これ息子です」

 

 

「えっ?! 失礼しました!」

 

 

「もう8年位病気をやっていますから、私も顔が変わってしまっているでしょう?」

 

 

確かに似ています。

 

 

乳がんがわかった時には一人息子さんは高校生。

 

 

患者さんも病と対峙する生活を続けられましたが、息子さんも頑張りました。

 

 

志望大学にも合格し、有名な企業で働かれています。

 

 

「本当に失礼しました。ご自慢の息子さんですね」

 

 

また苦笑。

 

 

「そう皆さんはおっしゃってくれますが、でもいくつになっても子供のことは心配なものですよ」

 

 

仕事もしっかりなさっており、どうも彼女さんもいるよう。

 

 

それでも子を思うのは親心です。

 

 

「そんなものですか?」

 

 

「そんなものですよ。はっきり言えば、頼りないって思いますね、ははは」

 

 

乳がんは全身に転移し、苦痛緩和の医療で可能な限りではありますが、和らげていました。

 

 

もちろん先行きの心配はありましたが、お子さんのことも気がかりでありました。

 

 

息子さんとお会いしたこともありますが、落ち着いた好青年です。

 

 

彼が頼りないのならば、おそらく同年代の男性はほとんどが頼りないでしょう(私も彼の年頃では間違いなくそうだったでしょう)。

 

 

しかし母としては、いつになってもそう見えたのです。

 

 

 

 

先日、彼女は9年の病との生活を卒業し、旅立たれました。

 

 

落ち着いた息子さんに見守られて、逝かれたのです。

 

 

9年、本当に大変だったと思いますし、まだまだ生きられたかったと思います。息子さんの先を見届けたかったでしょう。

 

 

それでも、主観的には頼りないままであっても、頼りがいがある一人前の男性を形成するのに十分な時間をともにいてくださったのではないかと私は思いました。

 

 

母のお仕事、本当にお疲れ様でした。逝去の報に、私はそっと心の中でつぶやきました。