鎮静を皆さんはご存知でしょうか?

 

 

鎮静とは(定義)、患者の苦痛緩和を目的として患者の意識を低下させる薬剤を投与すること、あるいは患者の苦痛緩和のために投与した薬剤によって生じた意識の低下を意図的に維持すること、です<日本緩和医療学会、苦痛緩和のための鎮静に関するガイドラインより>。

 

 

世間では、まだまだ、モルヒネで意識を低下させて苦痛緩和する、という誤解があります。

 

 

しかしモルヒネは、正しい使用法で投与すれば、意識は低下せずに苦痛が緩和されるのが通例です。この目的で使用されるのは、ミダゾラムという鎮静薬であり、世間一般では「眠って胃カメラを行う際」などに使用されるものです。モルヒネが鎮静の目的で使用されるのは現在の標準的医療ではありません。

 

 

余命があと数日……という状態の高度の苦痛、それは痛みばかりではなく、せん妄や嘔気等、様々な苦痛がありえますが、それに対しては「意識を下げずに苦痛緩和する」通常の鎮痛薬(含む医療用麻薬)や症状緩和薬が無効ということがあります。

 

 

その際に、検討されるのが鎮静です。意識を下げて、うとうとと眠っているような状態に導き維持することで、苦痛緩和する方法です。

 

 

もちろん意識を下げずに苦痛緩和する手段があり、それが有効ならば、まずそれを行うべきです。

 

 

けれども、その方の持っている苦痛やその程度によっては、余命が差し迫った状態でそれが難しくなることはしばしばあるものです。

 

 

「そうは言っても、それはあなたの症状緩和技術が劣っているからではないか」

 

「もっとやれることがあるはずで、それをしていないから鎮静の頻度が多くなるのではないか」

 

という意見もあります。

 

 

しかし、効きもしない通常の鎮痛策で、何とか鎮静したくないと粘っても、結局は患者さんに苦しむ時間を増やすのみです。

 

 

ただ他の医行為と同じく、それを100%事前に予測することができないために、臨床家は悩むのです。

 

 

緩和医療の第一人者であり、鎮静分野においてもまさしくそうである聖隷三方原病院の森田達也先生が、『終末期の苦痛がなくならない時、何が選択できるのか?』(医学書院)という本を出版されました。

 

 

 

 

 

 

 

非常に参考になる本であり、これまでの歴史や経緯、鎮静を論じる者が押さえるべき知識・背景などをとても丁寧に論じられています。

 

 

鎮静の意思決定に関与したり、終末期の患者さんを良くご覧になったりする医療者は必読と言えるでしょう。

 

 

鎮静は、しばしば医療者の価値観が反映されるものです。

 

 

鎮静は、必要な時に、必要な方に為されれば非常に良いことだと思うのですが、意識を下げるという点をもって、これは良くないことだと捉え、例えば鎮静率がうちの病・医院では低い(ので良い)という論が為されることもあります。

 

 

しかしその中には、「余命が数日ならば、意識が下がっても苦痛を緩和してほしい」という患者さんもいたはずであり、「鎮静率がとても低い=良い、優れているケアをしている」とは必ずしも言えないと考えます。

 

 

逆に、過剰に低い割合でしか為されていないならば、そこには医療者の価値観が強く顕現している可能性も考えねばならないでしょう。重要なことは、患者の価値観と最適なことが合致することであり、「意識を一切下げない苦痛緩和」がいついかなる時でも最善とも言えないでしょう。

 

 

森田先生の前述の本によると、鎮静の議論のきっかけになったのは、Ventafriddaの1990年の報告であり、そこにはこう書かれていました。

 

 

「患者が亡くなる数日か数時間前に症状コントロールがつかなくなることは普通によくあることだが、正直に議論されることはない」

 

 

VentafriddaはWHOのがん疼痛治療法の作成に重要な役割を果たしました。その世界的な第一人者が、WHO方式でも苦痛を取り切れない患者さんがいることを指摘したため、鎮静についての議論の端緒になったのです。

 

 

症状緩和がどれだけ進歩しても、人は必ず亡くなります。

 

 

私のような専門家が、出せる知識を絞りつくしてもなお、終末期の数日は難しいこともあります。意識を保持しての症状緩和が難しくなることは現実問題としてあります。

 

 

丁寧な議論を積み重ね、鎮静のかつて、今、そして緩和医療の将来にまで言及した前掲書、ぜひご覧になってみると良いと存じます。

 

 

 

 

追伸 なお、死亡直前期にモルヒネなどのオピオイドを増量しても命が縮まるわけではないこと(Thorns A, Lancet, 398-9, 2000)、持続的な鎮静を行っても命は縮まないこと(Maeda I, Lancet Oncol, 115-22, 2016)など、重要な参考文献が多数解説付きで掲載されています。

 

「鎮静で命が縮むが、苦痛は緩和される」というような、まだ時折見かける説明が改まると良いですね。