取材を受けた記事が掲載されていると既報しました。

 

 

漫画でも医療論争? 「ビッグコミック」に2作品同時連載

 

 

がん治療巡り対立する医師が監修/50代以上の読者の関心事

 

 

なお「論争」「対立」とありますが、特異な主張を一医師が展開している(それをメディアが広げたせいで大きな問題となった)と私は思っており、論争や対立をする気は全くありません。

 

 

かつて読売新聞の医療サイト・ヨミドクターでも、それが生まれた背景について考察しました(★リンク先の8回にわたる記事)。論争や対立よりも、広まった状況を知って共有することが次につながると考えたからです。

 

 

ビッグコミック誌においても、仮説の物語ではなく、ありのままの医師を、もちろん漫画ならではの表現はあるにしても、魚戸先生が描いてくれるのではないかと思っています。

 

 

というわけで、医療は扱っているものの、全く別の種の作品であり、比べるようなものではないでしょう。

 

 

ただ私もこれまで多くのメディア関係の方とお会いしてきましたが、世界的にも特異な主張でも、結構真面目に信じている方がいて驚いたりもしました。

 

 

確かに、その情報を鵜呑みにした方たちがどうなったかを見ることはないので、温度差があるのは否めません。

 

 

また、紹介して何が悪いのか、という場合もあります。様々な異論を出すことこそ、情報発信機関の役目であると。もちろんそれも大切です。度を越さなければ。

 

 

「異説も含めて積極的に紹介すべき」という情報発信者の行動原理と、「害のある情報を信じたがゆえに受けた結果」を目にする医療者の行動原理は自ずと違います。

 

 

ゆえに私も、情報発信側の方へは「なぜいくら言ってもわからないんだろうか」と思うこともありますが、先方からすると異論を紹介するのが”言論の自由”であり、なかなかの平行線です。

 

 

また、情報を信じてそのような結果になるのは「自己責任」「とにかく様々な意見をどんなものでも伝えるべき」という考えと、そうは言っても専門家が怪しい理論を広げるのはやり過ぎなんじゃないの、そこから守ってあげることも大事なんじゃないの? と考える医療者の「何でも自己責任は酷」「専門家の怪しい説をメディアが広げるのも問題」という考えもまた、しばしば相容れないのです。

 

 

30代の小さなお子さんがいる患者さんが某セカンドオピニオンで受けた指示をしばらく信じて何もせず、病院に来た時は手遅れで亡くなりました。「仕方ない。自己責任」と考える人もいれば、「医師を名乗る人間がそれで良いのか」と考える人もいるでしょう。

 

 

絶対はありませんが、彼女は抗がん剤治療を受けていたらもうしばらくは生きられたはずです。幼子にとってのそれはかけがえのない時間だったはずです。

 

 

抗がん剤治療は単一の目的で為されるわけではなく、その人の持つがんとその進み具合によっても、設定する目的は様々です。

 

 

例えばこのアメリカのサイトにも書いてあるように、メインのゴールは3つあります。

 

 

1 治癒(完治、根治)

 

2 コントロール

 

3 緩和

 

 

1の場合は、完全に治せるので、2や3とは異なったケースです。

 

 

2と3は、メリットがデメリットを上回る判断のもとに為されます。抗がん剤治療は副作用がありますが、それを上回る良いことがあることを目して使われます。

 

 

医療用麻薬や、その他の鎮痛薬はとても良いものが多いです。組み合わせれば多くの痛みを緩和することは可能です。

 

 

しかし、それでも限界があります。抗がん剤治療をした方がはるかに症状緩和ができる場合もあります。そのような場合は、医療用麻薬や鎮痛薬よりもずっと効いて、しかも命の延長まで付いてきます。逆に全身状態がとても悪い場合は、医療用麻薬やその他の鎮痛薬のほうがメリットとデメリットのバランスが一般に良いなどケース・バイ・ケースです。

 

 

もちろん抗がん剤に全く副作用がないということはありませんから、差し引きがプラスにならなければいけません。それを予測し、調整するのが、がんの治療医の役割です。

 

 

世界的にも抗がん剤治療は広く行われています。

 

 

目的を設定し、患者さんと共有する中で進められるのがスタンダードです。

 

 

論争になり得ないことを、「論争」「対立」とこれまで報じられてきました。

 

 

病むこと、老いること、生きること死ぬことのリアルな現場に医師が居合わせるという物語『はっぴーえんど』はぜひ単独のものとして読まれてほしいと願います。