医療大麻の話が出て来たと同時に、医療用麻薬の話も並行してよく取り上げられています。
読んでいると「そうそう」と正しい理解に大いに頷くこともあれば、「えーっ」と残念に思うこともしばしばあります。
以下、一問一答。本当はもっと断定調の文が多く、誤解が強いなあと感じます。
Q 医療用麻薬は「高揚感」で痛みを取るのですか?
違います。
Q 医療用麻薬は「高揚感」が出ますか?
出ません。
Q 医療用麻薬、とりわけモルヒネは命と引き換えに苦痛を取るのでしょう?
いいえ、命は縮めません。
Q モルヒネが投与される人は死ぬのが前提ですよね?
いいえ。私の診療している方にも特殊ながんだからですが、5年以上使用している人もいます。仕事をしている人もいます。苦痛を取ったので抗がん剤治療ができて、医療用麻薬を減量・中止できた方もいます。
Q 意識をもうろうとさせて、苦痛を取るのがモルヒネですよね?
いいえ。痛みだけを取って意識は変えません。だからこそ仕事ができる方もいるのです。そもそも目的は意識を落とすことではありません。
Q モルヒネが家族の死の一週間前に使われました。死と関係あるのでは?
正当な投与法に則る限り命は縮めません。ただ、個人的には死期が非常に迫って(推測予後日単位)モルヒネなど医療用麻薬を開始するのは、苦痛も取り難いし(理由は後述)、上記のような誤解のもとになるのもあり得るだろうと考えます。
Q モルヒネなどは、では、もっと早くから投与して良いと?
もちろんです。
余命が差し迫った場合の苦痛は、しばしば身の置き所のなさ(最近の解釈では”せん妄”)があり、モルヒネなどの単独投与では効果がないばかりか、せん妄を悪化させかねません。もちろん痛みが主問題の場合などはそうでもないなど、極めて慎重な判断が要求されます。
がんの痛みがある場合は、正当な使用法に則る限り、けして依存(一般の方はよく”中毒”とも呼称されます)にならないので、むしろ終末期に使用を限るべきではありません。
余命が短い週単位や日単位の、医療用麻薬では取り難い苦痛に、十分な説明や配慮なしにモルヒネなどの医療用麻薬を投与することが、「モルヒネで亡くなった」との悪印象を招くことになってしまいかねません。
人は死期が迫れば自然に眠る時間も増えます。この時にモルヒネなどを使用していると「モルヒネで眠ら”された”」とご家族が印象を受けられることも時々あります。しかし医療用麻薬を使っていなくても、眠る時間は増えますし、コミュニケーションは難しくなることが多いです。眠気の原因は複合的であり、医療用麻薬が主原因ではないことも多いのです。
Q モルヒネなど医療用麻薬を使われていても家族は苦しんで亡くなったのですが? あれを見ていると安楽死があれば良いと思ってしまいます。
余命数日程度になると出得る、身の置き所がない様態にはモルヒネなどが効かないため、「モルヒネでも取れない身体のつらさに家族が苦しむさまを見て、安楽死があるほうが良いと思った」というように感じる方もいます。
医療用麻薬を適切に使い、いざ予後が差し迫って身の置き所がない様態が強くなったら「鎮静薬」を間欠的に用いることが重要です。死の数日前は、苦痛が強い際は意識を鎮静薬で低下させたほうが楽な場合が多いです。
先述したように、モルヒネは一部一般の方の理解と異なり、「意識低下の作用が弱い」のです。モルヒネはあくまで鎮「痛」薬です。また、意識を低下させるまで無理やり増量すると、呼吸抑制が出る濃度に近接してしまいます。意識をより確実に低下させるのは鎮痛薬ではなく、鎮「静」薬です。胃カメラを眠って行う場合に使用される薬剤と同じような薬剤が使用されます。
またそれより前の時期で痛みにあまり医療用麻薬が効かない場合でも、医療用麻薬が効果不十分な痛み(例えば神経障害性の痛み)には他の鎮痛薬も重ねる、神経ブロックや放射線治療など非薬物治療を並行して行う、などに配慮すれば、全例とは言いませんが、かなりの事例で身体の耐え難い苦しみからは(予後が差し迫るまでは)解放されることも多いのです。
Q モルヒネで取れない痛みがあるなんて恐ろしい。それならば死ぬしかないですか?
モルヒネなど医療用麻薬と痛みは相性があります。効く痛みには劇的に効きますが、神経障害性の痛みにはそれほどではありません。モルヒネが命と引き換えの万能薬のようなイメージは現実と著しく異なります。
Q 医療大麻を入れないで、医療用麻薬を推し進めるのは製薬会社や医者の利益のためですよね?
……なぜこのような陰謀論がいつでも出てくるのでしょうか?
はっきり言いましょう。医療用麻薬はしっかり効くことが長年の知見で明らかだからです。
緩和ケアの海外の教科書でも、医療大麻の記述はものすごく少ないです(これから確立されたものが増えれば当然増えるでしょう)。医療用麻薬の比ではありません。医療用麻薬の地位が確立しているのは日本だけではなく、「良いもの」で「多くの専門家が支持するもの」はそのうち標準的治療になります。お金の視座から考えるのは、やや極端な見方だと思います。
まだまだ医療用麻薬の誤解は色々あると感じます。
医療大麻はひとまず置いておいて、既に使用できる医療用麻薬の優れた部分ももっとちゃんと知られてほしいと願う日々です。
昨日、一昨日と、医師向けの2日間の緩和ケア講習会があり、今回も医師43名という多数の修了者を得ました。
参加者の方や、労を惜しまず素晴らしい講義をしてくれた講師の先生方、また力強く協力してくれた病院スタッフの全員に深く感謝申し上げます。
現場での正しい知識とそれに基づいた十分な説明がますます普及することを期待したいものです。
それでは皆さん、また。