数年前ですが、季節は今頃。



ある60代の女性からこんな相談を受けました。



「先生、私は膵がんのステージⅣbです。日々節制して生活しています。ただこの年末年始、どうしても・・・、どうしてもやりたいことがあって・・・」



「何でしょうか?」



「・・・お酒を、少しだけで良いんです、飲みたいんです。年末年始には子どもたちも帰ってきます。みんなで、ほんのちょっとで良いんで、飲みたいんです」



この方は非喫煙者で、慢性膵炎の方でもありません。



思わず、良いのではないですか、と答えそうになりつつも、なぜそれを気にするのか尋ねてみました。


「いや、中には医師に言わないで飲む方もいると思うのですが、どうしてお尋ねになりましたか?」


「それは・・・もしそれが寿命を縮めてしまうのならば、それも怖いと」


「なるほど」


「でも悩みます。先生、私はどうしたら良いのでしょうか?」


「おかかりの先生には聞いてみましたか?」


「はい」


「何て?」


「うーん、とそれだけだったのです」


「うーん、ですか」


「はい。それで何か悪いことを尋ねてしまった気がして、それ以上聞けなくなってしまいました」


「なるほど・・・」


「でも今年の受診はそれが最後だったんです。もう少しで年末です。だから後生です、先生どうかアドバイスをください」


私はその少し前に読んだ論文の内容を思い出しました。


http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3404018/(※英語の論文です)


中国の研究(後ろ向き研究)なのですが、アルコール摂取と全生存期間は有意な相関はなかったという結果のものです。


日本人は「ALDH2」低活性型という、いわゆる「お酒があまり強くない」遺伝子型を持つ人が44%であり、同じモンゴロイド系に属する中国人も41%、一方でヨーロッパ系白人もアフリカ系黒人も0%であるなど、少なくとも体質的には欧米の研究結果よりも参考にできる要素が強そうです。


もちろんデータだけではなく、家族と正月に酒を酌み交わすというその方にとって大切な習慣は、ひとえに身体だけではなく、心や生きがいにも影響を与えるものでしょう。


ましてや残り時間が短いことを予測し、これが最後になるかも、そう思っているのは明白です。


これを止める理由はないですし、かつ上記のように生存期間と無関係という論文も存在することから、本例の場合は「良い」と言うべき事例であると考えました。また人は身体だけで生きているわけではないので、ご家族の方とお酒を添えた楽しい時間を持つことは気持ちや生きがいのことを併せて考えると、総合的な利益が大きく上回ると思われたのです。


「良いと思いますよ」


「そうですよね・・・・・・え!? 良い、ですか? ダメ、ではなくて?」


「良いと思いますよ。あまり関係ないだろうという研究もありますしね」


「うそ、先生、良いってことですか?」


「はい」


「うぅ・・・、嬉しいです。うぅ・・・」


声になりませんでした。



「どうか良いお年を」


見送った際の嬉しそうな背中が忘れられません。




たとえ重い病気でも、生活のはりになることを行うことは重要です。


いやむしろ、重い病気だからこそ、それが大切なのだと思います。


これから迎える年末年始、普段人一倍健康に気を使っている方、病気を患われている方も、どうか楽しい時間を迎えてほしいと願います。