今や書店は危険地帯。


先日の講演で半分冗談・半分本気でそう述べました。


怪しい医療本のほうが、多く陳列されているからです。


健康な方には、それほど危険地帯ではないかもしれません。


しかし実際に重い病気を罹患している方やご家族にとって、切実な思いを持って本を探す方にとって、十分危険地帯となり得ます。


普通を装う技術も、どんどんパワーアップしています。


よく取り上げている方以降、他の方も真似している、正しいことと嘘あるいは怪しいことを混在させて、自分の主張に誘導する形式です。


先日もネットの記事で、ある本の紹介記事が上位になって来ており、実際ネットやリアル書店で手に取られているようなのですが、記事を読んでがっかりしました。


人を責めたいわけではなく、怪しい言説を指摘するのが趣旨なので、記事に少し手を入れています。


(以下記事からの抜粋、変更)


私はがんが専門分野の医師です。

よくがんについてこのように話します。

がんと診断されても、すぐには死にません。

けっしてあわてる必要はありません。

やせたりするのは、長いがんの経過の本当に最後です。

苦しんだり髪が抜けたりするのは、ほとんどが治療の影響と言えます。

実は、がんそのものが痛みや苦しみを生じさせることは少ないのです。

人には病気と戦う免疫機構があります。

がんの治療でも、免疫力を上げることが重要です。


(以上記事からの抜粋)


このブログの読者の皆さんはおわかりと思いますが、どこが怪しいですか?


さらに言うと、この文章を書いた医師の仕事は何か想像できますか?(これは中級編)


これをすぐに指摘できる皆さんは大丈夫でしょう。


専門家、と書いているので、そう思ってしまう一般の方もいるかもしれませんが、よく読むと「?」となるはずです。




ネット書店、例えばAmazonなどのレビューもはっきり言って信用なりません。


相当怪しいことを書いている人に熱狂的なファンがついている場合は、星5個が数多く付くため、全体の点を押し上げてしまいます。


実際に医療分野以外でそのような本を購入した時、「やってしまった」と思いました。典型的な陰謀論で世界を説明する本だったからです。その本にも5点が非常に多く付いていました。


最近は、仕事で頼まれて(当該サイトで購入したうえで)レビューを付ける人もいるでしょう。出てすぐに大量の星が付くのは、もちろん人気作家の場合もありますが、少し妙ですね。


例えば同じ著者でも、同時期に出たA本は出てすぐに20人以上がレビューを付け、また別のB本にはほとんどつかないのを見ると「ああ」と得心します。A本には・・・ということですね。


前掲の文章を書いている著者の本も、賛意と満点星が付いていました。




少なくとも、私のブログでは、医療に関してはけして怪しい言説の本を取り上げないようにしています。


ですので、私のブログで紹介する医療本は信用できると思います。


患者さんや一般の方から「何を信じたら良いのですか?」とはしょっちゅう聞かれます。少なくとも私のブログでは、信じて良いものを紹介したいと思っています。


皆さんも、もし著者が医師で、怪しい言説ではない、正当な医療をわかりやすく説明している本があったらぜひご紹介ください。


時間があるときに、私も目を通し、ここで紹介したいと思います。




ところで今年は、既に何例ものうつのがんの患者さんを抗うつ薬で治療し、劇的な改善を得ています。


多くの例で、「私は薬に頼りたくない」「薬を飲むだけで吐き気がする」とおっしゃり、自分の力で克服すると絶望的な努力を続けていました。


端から見ていると、ひどい不眠で、お顔も硬く表情がなく、焦燥感が強く、明らかに異常なのに、「自分で治す」「薬など論外」と治療開始に抵抗されるのです。


その認識の非常な偏りこそ、病的でした。


もちろんそれは患者さんたちの真の姿ではありません。時には粘り強く説明し、「薬の副作用が出たから止める」(本当はそのようなものは出ていませんでした)とおっしゃるのを「効果が出るからもう少し続けましょう」と勧め、そしてどの例も顕著な改善を得たのでした。


今や全員元気に生活されています。もう「薬を止めたい」とは誰もおっしゃいません。ご自身で回復した認識力の元に状況をよく把握されておられます。病が原因で偏位した認識であったことが、改善して初めて認識されたのです。


最低半年~1年程度は続けて、増悪がないことを確認して、減量・中止に持っていきたいと考えています。最後はちゃんと止めることをこのように考えて処方しています。


一方で、以前、最後まで抗うつ薬の処方を拒み続け、強いうつと不安にさいなまれた患者さんがいらっしゃいました。


どれだけ時間をかけて説明しても、「でも薬は怖いから」とどうしても飲もうとしませんでした。


彼女もおそらく服用すれば良くなり、完全に改善したら薬剤を中止することができたでしょう。


苦しい、つらい、怖い、自分が悪いせい。薬に頼らず、免疫力をあげなくちゃ! そう頑なにおっしゃっていました。


彼女は「医療否定本」の読者でした。


医療否定本は、世の中はケースバイケースなのだということを忘れさせ、一律に医療は怖いと刷り込みます。あるいは過度にその怖さと、医師の信用ならなさを刷り込みます。


がんが怖いのではない、治療が怖いのだ。


治療をするから痛い、苦しい。治療をしなければ、最後の最後まで苦しくないのだ、と。


著者たちはある種自己洗脳をして、情報を取捨選択しているので、彼らの見ている世界ではそうなのでしょう。


けれどもリアルワールドでは、がんの経過は多様性に富み、治療するしないに拘らず苦痛は出現する可能性があり、だからこそ「早期からの緩和ケア」”併用”が国から推奨されているのです。


今や書店が危険地帯なのは、素直な読者を洗脳し、偏見を知識に、不安や恐怖・懐疑を感情に植え込み、必要な医療まで遠ざけ、良識的な医者の言うことまで信じない傾向の一因になる可能性があることです。


医療否定本も、それを否定する本もどっちもどっちとある専門家が書いていて愕然としましたが、「世の中は白と黒」という原理主義傾向が強い言論と、正当な情報を元に判断しましょう、その人の病気ごとに個別に考えましょうという言論は、まったく異なるものだと私は思います。


書店が危険地帯でなくなるように、ささやかな努力を続けていきたいと思います。