トヨタの女性役員ジュリー・ハンプ氏が麻薬に指定されているオキシコドンを輸入したとして逮捕されました。


ただオキシコドンについても、それで様々な報じられ方をしており、簡単に取り上げることにします。


オキシコドンはオピオイド受容体に作用する薬剤で、現在日本のがん疼痛の医療用麻薬治療の主力薬剤の一つです。


なおオピオイド受容体に作用する薬剤はオピオイドと呼ばれますが、その全てが医療用麻薬ではありません。


オピオイド=医療用麻薬ではないのです。


例えば、トラマドールという薬剤は「オピオイドですが、医療用麻薬ではありません」


ブプレノルフィンという薬剤も「オピオイドですが、医療用麻薬ではありません」


あるいはケタミンという薬剤は「オピオイドではないですが、麻薬に指定されてます」


というわけで、必ずオピオイド=医療用麻薬ではありません。


ただ、オピオイドの多くが医療用麻薬に指定されています。


モルヒネ、オキシコドン、フェンタニル、メサドン、タペンタドールなどが、オピオイドであり、医療用麻薬です。


このうち今よく使われているのは、オキシコドン、フェンタニル、モルヒネです。


オピオイド受容体は中枢神経系や末梢神経系に広く分布していますが、痛み止めとしては、脊髄の後角という場所に特によく作用し、鎮痛効果を得るとされています。


また下行性疼痛抑制系という、脳から脊髄後角まで走行している、「痛みを和らげる回路」にも作用するとされています。


何年か前にも触れたことがありますが、北米では麻薬系鎮痛剤の濫用が問題になっています。


アメリカ国営放送であるVOA (ボイス・オブ・アメリカ)の初級者向け放送で緩和ケア取り上げられる


上の記事でも触れましたように、このようなことがありました。


「私も以前アメリカ人を加療したことがあるのですが、がんではない痛みだったのですが医療用麻薬治療を強く希望されて大変でした。

母国ではよく使用していたようなのです。

もちろんその方の痛みはそれらを使わなくとも十分コントロールできるはずと判断しましたので、しっかり非医療用麻薬で痛みをコントロールしました。

そういうこともやればできるのですが、それが適切ではない病気や痛みなのにも関わらず安易に医療用麻薬に走ってしまう」と記しました。


その方が希望されたのが、まさにオキシコドンでした。母国にいる頃から、何かと痛みがあるとオキシコドンを使用するのが、彼にとっては当たり前になっていたのでした。


ただこのことは、「怖いこと」でもあります。


オピオイドは、重要なこととして、もし痛みがない方に投与されれば、精神依存や耐性を形成します。


動物モデルで確認されていることとしては、


痛みがない人がオピオイドを使用することで、ドパミン放出が増え、脳の側坐核という場所に作用することで精神依存を形成するとされています。


慢性的な炎症による痛み(例えばがんによる痛み)がある場合は、元々ダイノルフィン神経系が活性化されており、これがドパミンの放出を抑えているので、オピオイドの使用にても精神依存が形成されないとされており、臨床上の実感としてもそうです。


また、自身の欲望のために使用している際は、医療用の場合と異なって、不適切な使用法で使用しますから、同じ量を使用しても効かなくなるという耐性が形成されます。ゆえに快楽を得るために、より大量を使用する必要が出て、生活に多大な悪影響を及ぼします。


一方で、慢性の炎症性の痛みがある方に、正当な投与法を行えば、鎮痛耐性(使えば使うほど痛みに効かなくなる)の形成も少ないことが知られています。


要するに、日本においては、がんの患者さんが、指示された通りの正当な使用法で医療用麻薬を用いれば、精神依存や耐性の心配はほとんどないということです。


北米は、下の各図を参照頂ければわかりますように、医療用麻薬の使用量が非常に多いですが、これが良いか、というと、オピオイドの精神依存や耐性を形成しづらいオピオイド治療に適している痛み以外にも、多めの量が投与されている可能性が否めません。


医療用麻薬 各国消費量


何でもかんでも痛ければオピオイド、というやり方をすれば、当然精神依存や耐性を形成させ、濫用がはびこってしまうことになります。



今回の件の日本での報道では、「オキシコドンはモルヒネより強い薬」など、やや誇張されたものもありました。


オキシコドンとモルヒネはほとんど優劣はないです。


オキシコドンの内服薬20mgがモルヒネの内服薬30mgと等しいとされているので、それをもって「オキシコドンがモルヒネより強い」という表現なのかもしれませんが、そもそも医療用麻薬は適切な用量に上げてゆくものなので、同じ換算量ならばほぼ同じ力ですので、オキシコドンがいたずらに強い医療用麻薬と受け取られるような表現は強すぎると思います。


なお、オキシコドンの利点は腎臓が悪い人(腎機能障害がある人)にも、モルヒネほど神経質にならずに使用できること(モルヒネは腎機能障害があると代謝産物が高濃度になって、眠気等の原因になるため)があり、最近はよく使われています。


注意すべきこととして、オピオイドが効きにくい痛み(例えば神経の痛みなど)に、眠気が出ているのにどんどん増量していったりすると、鎮痛耐性が形成されることがあり、そこで「増やしても効かない」「ならばもっと増やそう」と判断されてしまうと、いたずらに医療用麻薬の量が増えることになります。それなのに(耐性ができているので)痛みが良くならないのです【注;ただし患者さんがご自身の判断で”耐性ができているのでは?”と仰る時は、多くの場合単に量が足りないだけなので、くれぐれも素人判断をなさらず、専門家と相談するようにご注意ください】。


日本でも一時期、「痛みが取れなければ基本的に医療用麻薬の量を増やせば良い」という理解で、医療用麻薬の使用法が広まったので、効いていないのに増量し続けて、眠気ばかり増えて痛みが取れないという事例が今も見聞されます。


増やしても効かない時は、他の方法を考える必要があり、そのことに対してもっとも詳しい専門家の一団が私のような緩和医療医です。


このように見てくると皆さんもおわかりだと思いますが、医療用麻薬の使用量がとても多いから、よくその国の人が正当に症状緩和されているか、というと、そうとは言えないという難しさがあります。むしろ精神依存、耐性形成、濫用と紙一重です。


もちろん日本は国民性もあって、我慢しすぎるきらいがあり、医療用麻薬の使用量が多いとは言えませんが、だからといってその量が多い国がベストではないのです。例えばイギリスの消費量くらいが妥当なのではないかと、言われています。


このように国によって、オピオイド治療の心理的抵抗感は大きく異なります。


だからこそトヨタの役員さんも、「オキシコドンで、まさか」という感覚だったのかもしれません。



いずれにせよ、日本においては、まだまだ医療用麻薬治療のことが必ずしもよく理解されているとは言い難い状況もあり、今回の報道が適切な方の適切な使用に水をささないように、記させて頂きました。



それでは皆さん、また。
失礼します。