皆さん、こんにちは。大津です。



私が医者になった頃、医療用麻薬の貼付剤デュロテップや、オキシコンチンという薬剤はありませんでした。


今から考えると、「その限られた選択肢の中で良くやっていたな」と思います。モルヒネ製剤がその頃は中心で、MSコンチン(モルヒネの徐放性製剤)をそれはもう良く使用していました。


モルヒネの弱点は、腎機能障害がある際に、モルヒネの活性代謝産物のM6Gが蓄積することです。


そのため、腎不全の患者さんには、少ない量でも、傾眠が強くなるなどの、過量投与になってしまいがちで、慎重に慎重に量を調節していました。


腎不全があり、痛みと呼吸困難がある患者さんに、オプソ5mgを1日1回という超変則処方で対応したことがあります。


これが通例4~6時間程度しか効かないオプソが腎不全のために代謝産物の高濃度持続によって24時間近くまで奏効し、症状マネジメントが可能となった、今はもう見ることがない事例です。


「オプソは短時間型の製剤なので1日1回投与の薬剤ではない」


と非がんの指導医の先生に診療録でご叱責賜ったのが懐かしい思い出です。


腎不全だからこれでいいのだ! と診療録の前でつぶやいた、まだ若く血気盛んな自分でした。



新しい薬が発売されると、病院の医師がその病院でその薬剤を使用できるように申請します。


そうしないと、その薬剤は使用できません。


研修病院での恩師である先生が、「貼る医療用麻薬があるんだよ!」と教えてくれたのは、2003年でした。デュロテップが2002年に発売になったのでした。


恩師が申請して、病院で、貼る医療用麻薬のデュロテップが使えるようになりました。


ところが、恩師と私はがっかりすることになります。


「貼っても良くならないね」


今の私からすると当然です。


どんどんその患者さんに合った量に増やしていかねばならないからです。


1枚貼って効かず。


また1枚貼って効かず。


「あまり効かないね」等と恩師と話したことが思い出されます。


2003年になると、オキシコンチンが発売されました。


この薬は私が使えるように申請しました。


しかし「MSコンチンがあるのにいらないのじゃないの?」


といろいろな人から質問され、これまた当時緩和ケアの専門家ではない、一介の専修医だった自分は、大幅な自信を持ってそれに説明することができなかった記憶があります。


今や、がん性疼痛の初期治療薬としては不動の定番品のオキシコンチンです。


オキシコンチンがMSコンチンに取って代わったため、今はMSコンチンの出番は限られているのですが、そのオキシコンチンが使われだした時代の話でした。


2004年頃の話です。


これまた今の私だったら、なぜオキシコンチンを導入するのか即答できます。


「腎機能障害があっても、モルヒネ(製剤であるMSコンチン)ほど慎重な配慮が必要はないから」です(※大学病院で患者さんの血液データを拝見していると、腎機能の経過中の浮動は少なからぬ症例で認められます。急な腎機能障害の増悪があっても、それで過量となり難いのは、私はアドバンテージだと思います)。


10年少し前は、今やオピオイド治療の二枚看板のオキシコドンとフェンタニル貼付剤が相次いで使用になった時代であり、その評価は今ほど確立していませんでした。


2005年、ホスピスで、ホスピスの恩師に「薬剤をそうして導入した話」をすると、恩師はにっこり笑って言いました。


「ということは先生は、MSコンチンがなかった時代を知らないわけだね?」


MSコンチンは1日2回のお薬です。1989年に発売されています。


そう、その前は、モルヒネ錠などの4~6時間しか効かない薬剤を4~6時間毎に服用してもらって、症状緩和をしていたのです。


先生は淀川キリスト教病院でホスピス運動が始められた頃(1973年~)のメンバーでした。


だから、1日4~6回、医療用麻薬を定時服用して(プラスして痛い時は頓用の薬剤を飲んで)症状をマネジメントしている時代をご存知だったのです。


徐々にではありますが、着実に、治療薬と治療法も変化しています。


このたび、『間違いだらけの緩和薬選び』も第2版になることになりました。


初版を出して2年でも、また状況が変わり、適切なバージョンアップが必要になりました。


医療用麻薬の注射薬を原液で使用する場合と薄めて使う場合の、適切な用量設定法を収載しました。このやり方だと、指定の1段階増量で必ず内服モルヒネ換算24mgの増量となりますので、安全性の面でも良いと思います。それをモルヒネ注、オキファスト注、フェンタニル注と代表的な医療用麻薬の注射薬それぞれについて記しています。


これまでは自作あるいは院内製剤として作成されていた、がんの皮膚転移による悪臭への対策軟膏薬であるメトロニダゾール軟膏の商品版・ロゼックスゲルが使用可能(本年5月~)となったことを述べました(6月上旬発売の本に5月発売の薬剤のことを載せるのは本当にぎりぎりでしたが、何とか間に合いました)。


そして(次刷版ではより明記しようと思いますが)、薬剤の本ということもあり、今回から、利益相反がないことを記させて頂きました。私は特定の製薬会社、医療機器メーカー、その他医療関連会社と、利益相反がないことを簡潔にではありますが明示しております(※各学会での広く採用されている基準、講演料・原稿料1社から50万円未満、寄附金100万円未満を基準にしています。もちろん現状はその値にも遠く抵触しませんが)。各種のしがらみは一切なく、私自身が本当に良いと考えているものを推奨しているという方針をより明らかにするための措置です。


また有り難いことに、年間約270名の新入院の患者さん(及び外来の患者さん)と関わらせて頂いておりますので、1人の緩和医療医が薬物の推奨を行い、その結果を判定し、次の調整を提案させて頂くという経験例では、日本全国でも多いほうだと思いますので、事例数多くかつ公平に薬剤の実力を判定するという意味では、非常に恵まれた状況にあることも、ある程度執筆内容を支えてくれるのではないかと存じます。



今回のバージョンアップにおいても、時代に合わせて変えるべきところは変える、の方針で臨みました。一方で、未だ評価が確立していないことに関しては、一部慎重な視点に立脚しています。



引き続き、症状緩和の更なる普及を願っています。









追伸  医療職の皆さんに追伸です。

今年同じく改訂した『世界イチ簡単な緩和医療の本』<緩和医療の医療的な実践法を記した書籍>と同様に、主な対象は緩和医療を専門としない一般の臨床医の先生を想定しています。そのような先生方が診てくださっている患者さんの数が非常に多いこと、私自身がかつて緩和医療の非専門医でその施行に悩みながら手探りのものであったことなどから、より簡便により広範に、という実践本が引き続き必要と考えているためです。また医師ではない医療職の皆さんが、簡単に緩和医療施行の一方法を把握するのにも良いのではないかと存じます。

一方で、医師の先生方で既にある程度緩和医療の薬剤・実践に精通されている方は、『系統緩和医療学講座 身体症状のマネジメント』(恒藤暁先生)『緩和治療薬の考え方、使い方』(森田達也先生、白土明美先生)、最近のものでは『患者から「早く死なせてほしい」と言われたらどうしますか? (本当に聞きたかった緩和ケアの講義)』(新城拓也先生)などがお勧めです。