皆さん、こんにちは。大津です。




「麻薬の注射!? 絶対嫌です!」


最近、医療用麻薬の持続皮下注射や持続静注が嫌だと仰る患者さんやご家族を、以前よりも、相対的なものではありますが、見かけるようになりました。


インターネットで様々な人の書いているものと見ていると、


「私の父は医療用麻薬でおかしくされて、のたうちまわりながら死んでいった」


というような、終末期せん妄を医療用麻薬のせいと捉えているようなものが散見されます。


あるいは


「私の母は、医療用麻薬を投与されてすぐに亡くなりました」


というような、元々余命が厳しかった方に、医療用麻薬が投与され、因果関係を感じられてしまっているような例もあります。


これは医療用麻薬の、使い方が今より進歩していなかった時期の名残や、その時代に為されていた説明(最近もたまにその残光を見ますが)に起因しているところがあると思います。


いわく


「楽にする」「最後の手段」「呼吸を止める可能性がある」「もう話せなくなると思う」等々の説明をし、「余命日単位の方」に医療用麻薬を投与する。


余命日単位の方は、せん妄や身の置きどころのなさ、意識レベルの低下が、何も薬剤を使用していなくても起こり得ます。


そこに医療用麻薬が投与されていることで、また必要以上に誇張された説明が為されることで、様々な誤解を生み、未だに拡大再生産されている側面が否めません。



重要なこととして、医療用麻薬の適正な使用を行うことで、死に至らしめるということは皆無に等しいということです。


また医療用麻薬の持続皮下注射や持続静注をなぜ行うのか、というと「利点があるから」勧めるのです。


どのような利点があるのか。


まずは持続皮下注射や持続静注は、微調整が容易で、また速やかに設定した濃度に上昇します。


つまり経口薬や貼り薬よりも、「必要な量」を見つけるのに適しています。


医療用麻薬の経口薬や貼り薬も充実しており、患者さんもそれらの薬剤を知っていたり、これまで使用していたりするので、「何も注射薬にしなくても・・・」と抵抗感があることもあれば、先ほど挙げたような「間際の」医療用麻薬使用を見聞きしたことから、まるで終末期のように思って(あるいは命を縮められたり、ボーっとしてわけがわからなくさせられたりすると思って)嫌がられるという場合もあります。


まず、後者は誤りで、まったくそれは誤解です。「意識をそのままに、痛みを軽減するため」に医療用麻薬は使用されます。命は当然縮めません。


そして前者に関しては、なるべく早く、必要な薬剤量を見極めたい時には、特に貼り薬のような濃度上昇に時間がかかる薬剤は不適切です。


疼痛のマネジメントがいち早くうまくいくことを企図して、注射薬を専門家は選択するのです。


そして注射薬で適切な量がわかることで、そこからもう一度内服薬や貼付薬に切り替えることができます。


濃度上昇に時間がかかる薬剤を増量して、必要な量を探すよりも、注射薬にして適切な量を決めて内服薬等に戻したほうが、患者さんが苦しむ時間が少ない、という利点があります。


もっとも、一般に注射薬化は入院で行いますから、もちろん内服薬等で調節してゆく余裕が患者さんにあるような場合に、むやみに注射薬を提案しているわけではありません。


「必要な方」にメリットが大きいと総合的に判断して、提案しているのです。


実は注射薬にはもう一つ利点があります。


これまで、医療用麻薬の飲み薬では、痛い時に追加で飲むもっとも効きが早い製剤でも、効果発現までは10数分で、1時間位に最大の効果に達するというものでした。


それがフェンタニルという薬剤の舌下錠や、口内の粘膜に挟む製剤が出て、これらの薬剤はより効果の発現が早いことが知られています。


しかし! ですが、痛い時にもっとも早く効かせる方法は、持続皮下注射あるいは持続静注で投与している医療用麻薬を少しの量追加投与(早送りやレスキューなどと現場では呼んでいます)することです。


例えば骨の転移など、動いた時に瞬間的に激しい痛みが起き、あまり長く続かないような痛みは、経口の即効性がある薬剤を用いても、その痛みのピークに濃度の上昇のピークが間に合わないので、あまり良い効果を得られない場合があります。


そのためにフェンタニルの舌下などで使用する新製剤が期待されているのですが、持続皮下注射や持続静注の追加投与はそれよりも効果は当然のごとく早いです。


したがって、動くたびに激烈な痛みが出ていた方が、持続皮下注射や持続静注を「動く数分前」に追加投与することで、濃度上昇と痛みのピークを合わせることができ、「動いた時にあまり痛くない」という経験を重ねることで、動くことへの不安や恐怖が軽減し、生活の質が向上することにつながります。


そのような動いた時の痛みに限らずとも、痛みに苦悩したことがある方は十分理解できると思いますが、「薬が効くまで待っている時間」は果てしなく長く感じるものです。効きが早い、ということは、痛みに苦しむ時間をできるだけ少なくするという点で、大きな利点があります。


中には、あまりに注射薬の印象が良かったため、「私はずっとこれでいきたいと思います」と患者さん自らが希望されて、注射薬でマネジメントしたこともあります。確かに全身骨転移の体動時痛が強いタイプだったので、患者さんにとってそれはもっとも良い方法であったようです。それまで試行錯誤されて来ましたが、経口薬では、動いた時の痛みにどうやっても間に合わなかったからという経緯もありました。


いずれにせよ、このように明確な利点があるため、そしてもちろん命は縮めず、頭もおかしくさせず、疼痛をしっかり取り除くためにこそ、医療者は持続皮下注射や持続静注を提案するのです。


様々な意見は、時に誤解も多く、「モルヒネを打って」という表現に代表されるような、医療用麻薬の注射薬は最後に意識を落として命もろともに苦痛を取り除く薬剤との誤解がまだ消え去るに至っていません。


むしろ最近の私の経験では、情報の氾濫とともに、そのような「頭がおかしくなったのはモルヒネのせい」などのような言葉を信じて、「そのような薬剤はまだ後にしてくれませんか」などの希望がなされることも稀ではありません。


これまで述べてきたように、医療用麻薬の注射薬は経口薬や貼付剤と比べた時に(もちろん簡便さに劣るというデメリットはあるものの)メリットもあり、ましてや終末期に最後のスイッチを押したり、意識を落としたりするために使うものでは断じてない、という正当な情報が広がることを願ってやみません。


皆さんもどうかそのような言説が流れていたら、それは違うと伝えて頂ければ幸いです。


それでは皆さん、また。
失礼します。