皆さん、こんにちは。大津です。
桜はあっという間に通り過ぎてしまいそうですね。
Aさんからメッセージを頂きました。
Aさん、ありがとうございます。
以下引用します。
これまで、いくつかの書物を拝読させて頂いている者です。
今回の書物も、心に響く言葉が多くあり、勉強になりました。
特に「ある成功者の悔い」のお話しには非常に感銘を受けました。
医療の世界とは無縁の一般読者として、以下感じたことをお伝えしたく記しました。
近藤誠氏について言及されていますが、彼が主張されている内容について間違いがあるのであれば、医療に携わっている方々は何が正しく何が間違いかを、我々一般人にわかるように、もっと積極的に発信していくべきと考えます。
私事ですが、父を5年前に肺癌で亡くし、癌患者家族の1人として、いくつかの病院やお医者さんと関わった感想としましては、おそらく医療側と患者側との捉え方の違いが大きな原因と考えますが、医者としてのプロ意識の欠如や患者への配慮の欠如などが、現在私の(多少の)医療不信につながっていることは否めません。
家族を癌で亡くした後、上記のような印象を日本の医療に対して持ってしまった為、患者がまずはよく知ることが大事であると考え、癌患者の体験記を始め、医療関係の本も頻繁に読むようになりました。
そんな中、近藤誠氏の書物には、一般素人が読んでも、極端な物言いには疑問を感じるものの、説得性という面では十分一般素人読者の心をとらえる力は備えていると思います。
これまで彼の意見に対抗する書物をいくつか読みましたが、今のところ説得性に欠けるものが多く、自分でも何が正しく何が間違っているのかを素人読者として勉強中です。(お薦めされていた「抗がん剤は効かない」の罪も、今後読む予定でおります)
そういった意味では、大津さんにも、メディアで少なからずとも一般読者や一般患者たちに影響を与えていると思われる近藤誠氏の意見のどこが正しくどこが間違っているのかを、クリアに指摘して頂けるような書物を今後書かれることを、僭越ながら期待いたします。
また、死に直面されている患者の方々が語る言葉は、とても重く心に響くことが多く、今後もそれらの言葉をもっと多くの割合で書物の中で載せて頂き、また大津さんからはそれに対するご意見というよりは、医療者の立場で、一般患者が知っておくべきことを沢山発信して頂けたら幸いです。
以上、僭越ながら、一般素人読者としての感想を送信させていただきました。
今後も新たな書物を楽しみにしております。
(以上引用)
メッセージありがとうございます。
またご感想、ご助言、ありがとうございました。
近藤さんの件に関しては、
読売新聞社の医療サイト「ヨミドクター」で
これまで発信し続けて参りました。
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=85809
上記リンクの
2013年12月26日からの計3回
2014年11月6日からの計8回が
該当する内容です。
(このブログでも下記で一回、分量ある反論を行っています
http://ameblo.jp/setakan/entry-11950871521.html)
特にヨミドクターの後期の連載でも触れたのですが、
現在のがん医療は構造として不満や不信が生まれやすい
状況があります。
もちろん医療者はますます努力してゆく必要があります。
けれどもそれ単独では、やはりなかなか状況が大きく
変わるのは難しいのではないかという印象もあります。
私は医者ですが、患者の経験もあります。
だからこそ否が応でもそれを痛感します。
医者には医者の事情があり、患者には患者の事情が
あります。自身の見え方からの「常識」をぶつけても
傷が深まるばかりなこともあるかもしれません。
お互いの立場を理解して、すりあわせてゆく努力が
必要なのだと思います。しかし医者+元患者の立場から
言いますとそれはけして「簡単なことではありません」
そのために
「医療の現場を過大でもなく過小でもなく知って頂く」
ということは私は非常に重要だと考えております。
相互理解のためにそれが必要だと思うのです。
ゆえに、私は一般に向けて発信させて頂いております。
一方で、まず医師は学会など決められた場で発言しなければ
その発言は業績になりません。一般誌への寄稿は、専門家
による厳しい査読を経ていないため、同様に業績にならず、
評価を得るためには論文を書くことが必要になります。
また近藤さんの
ようにファンが多い方のご意見を間違っているのでは
ないかと書くと、一定の攻撃も覚悟せねばなりません。
私も少々ではありますが、色々と書かれました。
さらに
一般向けに物を書く医師に対する偏見もあります
(それは取りも直さず、一般向けに極端な意見を
メディアで伝え、自身の医療に誘導しようとする
医師が少なからず存在するからですが)。
私もヨミドクターの連載に対して、ある医師から
「一般向けに物を書いている医師はおかしい人が
大半。この人(私)もそう」という陰口を叩かれた
こともあります。
結局、医師としても近藤さんの意見に反論するのは
労多くして、あまり実りがないことなのです。
それよりは目の前の患者さんに全力投球したほうが
良いという医師も多くいるでしょう。近藤さんに反論する
より、研究を重ねて得た成果をしっかりとした学会や
医学雑誌で発表し、新しい知見を確立したいと
日々努力している医師も多くいるでしょう。
そのような一般的な医師の努力対象や目標からすると
それは時間の無駄のように見えても全く不思議はないのです。
もしかすると私がヨミドクターで反論することも
「よくやるよね」と冷めた目で見つめていた医師も
ひょっとするとですが、いらしたかもしれません。
それは目の前の臨床に全力投球し、公式な場(学会や
論文)で医師は意見を述べるのがあるべき姿であるという
医師の世界での一般的な理解があるからです。
<一応申し添えておきますと、私は一般向けに文章を
書くことで、本業のパフォーマンスを一切下げていない
ことは保証します。昨年度も、がん診療拠点病院の中でも
診療させて頂いている方の数は上位に入ると思います>
もっと積極的に医療界が反論すべし、というご助言は
まさにその通りで、一般の方の心ある方はそう思われて
いるかもしれません。
しかし医師という立場から見ると、前述したように
必ずしも積極的になり難い状況があります。
反論しにくいのは「それが正しいから」ではなく
このような背景があるからなのです。
この、立場や背景によって物事の見え方は異なるし
それを受け止めてゆくことが重要なのだ、ということは
私は皆さんにぜひとも知って頂きたく、連載やブログで
何度か取り上げています。
いずれにせよ、私は私のできる範囲で、近藤誠さんの
意見について述べてきたつもりです。
さて近藤さんのご意見のひとつの問題は、
おそらく近藤さん自身が医師がお好きではないので、
意見が極端すぎる「医者や製薬会社が悪」説
であることです。
近藤さんのストーリーでは、多くがそこに帰結します。
ただはっきり言って、世の中はそう単純では
ありません。
そして問題は、そのストーリーを信じることで
本当に医療が必要な方まで、極端な意見に
振り回されて、治る病気が治らず、苦しみを取ってもらえる
はずが取ってもらえない、ということがあることです。
私は近藤さんにおかかりの方で、終末期の身の置き所のなさ
に関して何の助言も受けていなかった方を知っています。
苦しんだようです。聴いた私も血が沸騰しそうでした。
治療しなければ苦しくない、という信念が近藤さんには
あり過ぎるため、その苦しみが想定できないのかもしれません。
怖いもので、「ないと強く信じている」と明らかなものまで
見えないのが人の目であるのです。
近藤さん自身は、実際にかかった方の感想だと、普通に良い印象
の方らしいですが、その意見を信じることで大変な目に遭って
しまう方の話を聴くと、放っておいてはいけないと感じますし、
前述したような負担がある中で反論する医師たちは皆
そのような気持ちからなのだと思います。
また、近藤さんが紡がれるのは医師や製薬会社、
医療に責任を帰すストーリーであるため、そのお話はもともと
医療不信を抱いている方に非常に感応します。
ある意味、医者のせい、製薬会社のせいと、思うことは
気持ちが楽になる手段であるのかもしれません。
ご家族を、おつらい経過の中で亡くされた方の中に
熱烈な近藤さんの信奉者がいらっしゃるのは故なきこと
ではないと思います(Aさんも様々なごいきさつが
あっても、一定の距離を取って近藤さんのご意見を
見ていらっしゃることは私は素晴らしいと思います)。
さらに、わかりやすい話をすることは非常に大切であり、
今の世の中はそれが求められていると感じます。
だからといって、専門家が一般の方に解説する際に
わかりやすさのために正確さを大きく
損なうことはあってはならないと思います。
一方で、単純化し、「この人が悪い」というような
意見はとてもわかりやすいのです。善悪論は感情も
かき立てます。
わかりやすい、「説得力がある」そのような話でも、
いやだからこそなお、疑ってみるという作業が、この
顕著に情報過多の世の中では求められていると感じます。
Aさんも、よろしければぜひヨミドクターの連載をご覧になって頂ければ幸いです。
そしてもし、「この意見もわかる」と思って頂けるとしたら、
周囲に教えて頂ければ大変有り難いです。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
全ては、助かる命は助かってほしいし、
そしてまた穏やかに最期を迎えたいという思いもまた
本当に大切にされてほしいという思いです。
他人のことを理解するということは易しいことでは
ありませんが、満足のいく、あるいは満足してもらう
医療のため、お互いの背景を受け止めた上での良質な
コミュニケーションが促進されることを願ってやみません。
皆さんも引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
それではまた。
いつもメッセージ、いいね、ペタ等本当にありがとうございます。
失礼します。
桜はあっという間に通り過ぎてしまいそうですね。
Aさんからメッセージを頂きました。
Aさん、ありがとうございます。
以下引用します。
これまで、いくつかの書物を拝読させて頂いている者です。
今回の書物も、心に響く言葉が多くあり、勉強になりました。
特に「ある成功者の悔い」のお話しには非常に感銘を受けました。
医療の世界とは無縁の一般読者として、以下感じたことをお伝えしたく記しました。
近藤誠氏について言及されていますが、彼が主張されている内容について間違いがあるのであれば、医療に携わっている方々は何が正しく何が間違いかを、我々一般人にわかるように、もっと積極的に発信していくべきと考えます。
私事ですが、父を5年前に肺癌で亡くし、癌患者家族の1人として、いくつかの病院やお医者さんと関わった感想としましては、おそらく医療側と患者側との捉え方の違いが大きな原因と考えますが、医者としてのプロ意識の欠如や患者への配慮の欠如などが、現在私の(多少の)医療不信につながっていることは否めません。
家族を癌で亡くした後、上記のような印象を日本の医療に対して持ってしまった為、患者がまずはよく知ることが大事であると考え、癌患者の体験記を始め、医療関係の本も頻繁に読むようになりました。
そんな中、近藤誠氏の書物には、一般素人が読んでも、極端な物言いには疑問を感じるものの、説得性という面では十分一般素人読者の心をとらえる力は備えていると思います。
これまで彼の意見に対抗する書物をいくつか読みましたが、今のところ説得性に欠けるものが多く、自分でも何が正しく何が間違っているのかを素人読者として勉強中です。(お薦めされていた「抗がん剤は効かない」の罪も、今後読む予定でおります)
そういった意味では、大津さんにも、メディアで少なからずとも一般読者や一般患者たちに影響を与えていると思われる近藤誠氏の意見のどこが正しくどこが間違っているのかを、クリアに指摘して頂けるような書物を今後書かれることを、僭越ながら期待いたします。
また、死に直面されている患者の方々が語る言葉は、とても重く心に響くことが多く、今後もそれらの言葉をもっと多くの割合で書物の中で載せて頂き、また大津さんからはそれに対するご意見というよりは、医療者の立場で、一般患者が知っておくべきことを沢山発信して頂けたら幸いです。
以上、僭越ながら、一般素人読者としての感想を送信させていただきました。
今後も新たな書物を楽しみにしております。
(以上引用)
メッセージありがとうございます。
またご感想、ご助言、ありがとうございました。
近藤さんの件に関しては、
読売新聞社の医療サイト「ヨミドクター」で
これまで発信し続けて参りました。
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=85809
上記リンクの
2013年12月26日からの計3回
2014年11月6日からの計8回が
該当する内容です。
(このブログでも下記で一回、分量ある反論を行っています
http://ameblo.jp/setakan/entry-11950871521.html)
特にヨミドクターの後期の連載でも触れたのですが、
現在のがん医療は構造として不満や不信が生まれやすい
状況があります。
もちろん医療者はますます努力してゆく必要があります。
けれどもそれ単独では、やはりなかなか状況が大きく
変わるのは難しいのではないかという印象もあります。
私は医者ですが、患者の経験もあります。
だからこそ否が応でもそれを痛感します。
医者には医者の事情があり、患者には患者の事情が
あります。自身の見え方からの「常識」をぶつけても
傷が深まるばかりなこともあるかもしれません。
お互いの立場を理解して、すりあわせてゆく努力が
必要なのだと思います。しかし医者+元患者の立場から
言いますとそれはけして「簡単なことではありません」
そのために
「医療の現場を過大でもなく過小でもなく知って頂く」
ということは私は非常に重要だと考えております。
相互理解のためにそれが必要だと思うのです。
ゆえに、私は一般に向けて発信させて頂いております。
一方で、まず医師は学会など決められた場で発言しなければ
その発言は業績になりません。一般誌への寄稿は、専門家
による厳しい査読を経ていないため、同様に業績にならず、
評価を得るためには論文を書くことが必要になります。
また近藤さんの
ようにファンが多い方のご意見を間違っているのでは
ないかと書くと、一定の攻撃も覚悟せねばなりません。
私も少々ではありますが、色々と書かれました。
さらに
一般向けに物を書く医師に対する偏見もあります
(それは取りも直さず、一般向けに極端な意見を
メディアで伝え、自身の医療に誘導しようとする
医師が少なからず存在するからですが)。
私もヨミドクターの連載に対して、ある医師から
「一般向けに物を書いている医師はおかしい人が
大半。この人(私)もそう」という陰口を叩かれた
こともあります。
結局、医師としても近藤さんの意見に反論するのは
労多くして、あまり実りがないことなのです。
それよりは目の前の患者さんに全力投球したほうが
良いという医師も多くいるでしょう。近藤さんに反論する
より、研究を重ねて得た成果をしっかりとした学会や
医学雑誌で発表し、新しい知見を確立したいと
日々努力している医師も多くいるでしょう。
そのような一般的な医師の努力対象や目標からすると
それは時間の無駄のように見えても全く不思議はないのです。
もしかすると私がヨミドクターで反論することも
「よくやるよね」と冷めた目で見つめていた医師も
ひょっとするとですが、いらしたかもしれません。
それは目の前の臨床に全力投球し、公式な場(学会や
論文)で医師は意見を述べるのがあるべき姿であるという
医師の世界での一般的な理解があるからです。
<一応申し添えておきますと、私は一般向けに文章を
書くことで、本業のパフォーマンスを一切下げていない
ことは保証します。昨年度も、がん診療拠点病院の中でも
診療させて頂いている方の数は上位に入ると思います>
もっと積極的に医療界が反論すべし、というご助言は
まさにその通りで、一般の方の心ある方はそう思われて
いるかもしれません。
しかし医師という立場から見ると、前述したように
必ずしも積極的になり難い状況があります。
反論しにくいのは「それが正しいから」ではなく
このような背景があるからなのです。
この、立場や背景によって物事の見え方は異なるし
それを受け止めてゆくことが重要なのだ、ということは
私は皆さんにぜひとも知って頂きたく、連載やブログで
何度か取り上げています。
いずれにせよ、私は私のできる範囲で、近藤誠さんの
意見について述べてきたつもりです。
さて近藤さんのご意見のひとつの問題は、
おそらく近藤さん自身が医師がお好きではないので、
意見が極端すぎる「医者や製薬会社が悪」説
であることです。
近藤さんのストーリーでは、多くがそこに帰結します。
ただはっきり言って、世の中はそう単純では
ありません。
そして問題は、そのストーリーを信じることで
本当に医療が必要な方まで、極端な意見に
振り回されて、治る病気が治らず、苦しみを取ってもらえる
はずが取ってもらえない、ということがあることです。
私は近藤さんにおかかりの方で、終末期の身の置き所のなさ
に関して何の助言も受けていなかった方を知っています。
苦しんだようです。聴いた私も血が沸騰しそうでした。
治療しなければ苦しくない、という信念が近藤さんには
あり過ぎるため、その苦しみが想定できないのかもしれません。
怖いもので、「ないと強く信じている」と明らかなものまで
見えないのが人の目であるのです。
近藤さん自身は、実際にかかった方の感想だと、普通に良い印象
の方らしいですが、その意見を信じることで大変な目に遭って
しまう方の話を聴くと、放っておいてはいけないと感じますし、
前述したような負担がある中で反論する医師たちは皆
そのような気持ちからなのだと思います。
また、近藤さんが紡がれるのは医師や製薬会社、
医療に責任を帰すストーリーであるため、そのお話はもともと
医療不信を抱いている方に非常に感応します。
ある意味、医者のせい、製薬会社のせいと、思うことは
気持ちが楽になる手段であるのかもしれません。
ご家族を、おつらい経過の中で亡くされた方の中に
熱烈な近藤さんの信奉者がいらっしゃるのは故なきこと
ではないと思います(Aさんも様々なごいきさつが
あっても、一定の距離を取って近藤さんのご意見を
見ていらっしゃることは私は素晴らしいと思います)。
さらに、わかりやすい話をすることは非常に大切であり、
今の世の中はそれが求められていると感じます。
だからといって、専門家が一般の方に解説する際に
わかりやすさのために正確さを大きく
損なうことはあってはならないと思います。
一方で、単純化し、「この人が悪い」というような
意見はとてもわかりやすいのです。善悪論は感情も
かき立てます。
わかりやすい、「説得力がある」そのような話でも、
いやだからこそなお、疑ってみるという作業が、この
顕著に情報過多の世の中では求められていると感じます。
Aさんも、よろしければぜひヨミドクターの連載をご覧になって頂ければ幸いです。
そしてもし、「この意見もわかる」と思って頂けるとしたら、
周囲に教えて頂ければ大変有り難いです。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
全ては、助かる命は助かってほしいし、
そしてまた穏やかに最期を迎えたいという思いもまた
本当に大切にされてほしいという思いです。
他人のことを理解するということは易しいことでは
ありませんが、満足のいく、あるいは満足してもらう
医療のため、お互いの背景を受け止めた上での良質な
コミュニケーションが促進されることを願ってやみません。
皆さんも引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
それではまた。
いつもメッセージ、いいね、ペタ等本当にありがとうございます。
失礼します。