【共通】


緩和ケア医は相対的には時間を取って患者さんやご家族とお話できるのが良い点です。


忙しそうな医師を見ると、出かけた言葉を飲み込んでしまうのは、患者経験がある私もよくわかります。

聞きたいことを聞いていいんだ、緩和ケアの外来はそういう雰囲気を出すようにしていますし、それを感じてくださることで実際に話が弾みます。

そうやって様々なお話を聴いていると、いかに皆さんが普段我慢をして生活し、悩みをなかなかご家族にも打ち明けられずに苦しんでいるのだということが容易に理解されます。


話は必然的に、進行がんを抱えて生きていらっしゃる患者さんの生活において大きな事である「がんの治療」にも及びます。


「抗がん剤を続けたほうが良いのかな」

「でも副作用もあるし、お金もかかっている。家族に迷惑をかけるくらいならいっそ・・」

そんな悩みを聴く機会はよくあります。


私自身はがん治療医として抗がん剤治療も行っていました。

緩和ケア医も、元々はがん治療医としての経験をへた上で緩和医療を専門とする医師も少なくなく、抗がん剤治療のことに詳しい医師もいます。

緩和医療の専門医の試験には抗がん剤治療の問題もそれなりに出題されますので、もちろん抗がん剤の専門家にははるかに及びませんが、抗がん剤治療にも一定の知識や経験を有していることが求められるのです。



「先生、・・やっぱり抗がん剤を続けたほうが良いんですか?」

「主治医の先生は続けたほうが良いと仰って下さっています。でもなかなか思い悩みます。・・先生はどう思われますか?」


話をしっかりと伺った後、そんな質問が投げかけられる時があります。

―かなりお身体が弱っているようだ。現状だともう一度がん治療医の先生と相談したほうが良いかもしれない・・

そう思った場合は、「一度がん治療医の先生にご相談してみてはいかがでしょうか? 私のほうからも先生にお伝えしておきますよ」そうお話しします。

すると、「いや、お世話になっている主治医の先生には治療を迷っていることを言っては悪いから言わないでほしい」というような場合もあれば、「先生から言ってもらえると本当に助かります・・」とホッとしたお顔で仰る場合など様々な場合があります。

いずれにせよ患者さんが主治医の先生とよく相談できるように支援するのも緩和ケア医の重要な仕事です。前者のお言葉の場合でも、上手にお伝えすることを約束すると安心して下さることも多いです。


一方で

―全体的に考えると、これは抗がん剤治療の益が大きそうだ

という場合もあります。その時は

「そうですね。◯◯さんの場合はおそらく続けるほうがメリットが大きいと思いますよ」

とお伝えします。

すると

「先生は緩和ケア医なのに抗がん剤を勧めるんですか? 止めろと言わないんですか?」と患者さんが仰ることもありました。

時に医療者の方にも誤解されることがあるのですが、緩和ケアの担い手は何でも治療の中止を提案するわけではもちろんありません。

命を延ばす治療をしたほうが良い、しかもクオリティ・オブ・ライフ(生活の質)の観点からみても利益が大きいと思う場合は、抗がん剤治療でも手術でも、お勧めすることがあります。

ただとりわけクオリティ・オブ・ライフの観点から、また外来や入院時に傾聴してきたこれまでの患者さんの人生や大切にするものに照らし合わせてどうかという視点から、抗がん剤や手術の利点が大きいのかということを第二・第三の目で考えるのが私たち緩和ケアの担い手の役割と言えるでしょう。

主治医の先生と時に異なった観点から(複数の医師の目で)最良策を考えてもらえるのが、患者さんが緩和ケア医に関わってもらうことの一つの利点なのではないかと思います。

またこのように治療中にも様々な悩みが患者さんにはありますから、それを傾聴し、安心を提供するという点からも、早期からの緩和ケア(=早期から緩和ケアの担い手が主治医と並行して関わること)の重要性が言われているのです。


緩和ケア医が延命を度外視しているわけではもちろんありません。

苦痛少なく生きられる最良策が抗がん剤ならばそれを、手術ならばそれを勧めます。

ただ必ず並行してクオリティ・オブ・ライフの観点からも考えます。

命の長さとクオリティ・オブ・ライフの、時には(特に推定される命があまり長くないと考えられる際には)より後者を重要視して最良を考えます。

その点が緩和ケア医の特色と言えるのではないかと思います。

緩和ケアとは「クオリティ・オブ・ライフを改善するアプローチである」とWHO(世界保健機関)の緩和ケアの定義に書かれているように、そこに重点を置くのが緩和ケアの担い手なのです。


だから緩和ケア医は「命の長さを度外視している」というのも正しくありませんし、「緩和ケア医なのに治療を勧めて!」と憤慨するのも正しくありません。

外来や入院での対話や傾聴を通して、患者さんが大切にしているものを把握し、その視点から、とりわけクオリティ・オブ・ライフを重視しつつ、延命のことにも目配せをして提案してゆくのが緩和ケア医です。



追伸

ヨミドクターの痰引きの件ですが、終末期の患者さんの喀痰をどうケアするのが良いのかは、ご自分で痰をはけるかどうかで異なります。

また意識が比較的はっきりしているか、低下しているかでも望ましい対応は変わります。

例えば意識がしっかりしている場合かつ自分ではけない場合は、痰が絡んで非常に苦しいので、吸引することも重要です。

ただ術者の力量が優れていても、反射があるので、吸引の管が気管に入るのはけして容易なことではなく、基本的には口腔内を中心に引けていることも多いのです。

一方、意識が低下して(痰も自力で出せず)はけない痰が滞留して、ゴロゴロ音が喉で鳴ってはいても苦しい顔をせずに過ごされている場合は、苦痛はあまりないと判断し、むしろ痰引きを少なくしたほうがメリットが大きい可能性があります。

というのは、自然に意識が落ちて苦しくない状況となっているのに、痰引きの管を入れることでむしろ覚醒してしまって、管の挿入のつらさと、覚醒して痰絡みを再度自覚することによる苦痛が出てしまうかもしれないからです。

状態をよく見極めてスタッフ同士で情報を共有し、どれが一番良いのかを考えて実行するのが、最良の方法と言えるでしょう。