皆さん、こんにちは。大津です。


がんに限らず終末期を迎えた方々を支えるケア
のことを「エンドオブライフケア」と言います。

日本ではあまり一般にはなじみがない言葉かも
しれません。

緩和ケアがさらに発展して、がんに限らず
終末期の方々の苦痛を和らげ、また生きようと
することを支えようとアメリカやカナダで
1990年代から発展したケアであります。


けれども「エンドオブライフ」
という言葉が、あまり日本人にはしっくりこない
ためなのか、その言葉よりもっと良い言葉が
あるのではないか、という探索が様々な場所で
なされています。

エンド、という言葉は「ジ・エンド」や
本当に「最期」という言葉を連想させ、
どうも暗いイメージがあることも否めません。

かくいう私も、微妙なしっくりこない感を
覚えています。

皆さんは他に何かいい言葉を思いつきますか?
あったら教えてください。
(なお、「緩和ケア」という言葉も、「緩和」が
最大目的と勘違いされるので、けして最高の言葉
ではないのです。こちらも他に表現がないか熟考中です)


そんな昨今、洞爺温泉病院の岡本拓也先生が
新しい言葉を生み出されました。

「完生期ケア」
と言うものです。

人生の「完成」を「生きる」ケアだから
「完生期ケア」

なかなか良い言葉です。


「終末期ケア」というと、どことなく
暗い感じがしてしまうことは否めません。

「エンドオブライフケア」も字義通り、
人生の最後をより豊かにするために
それを支えるケアなのですが、その
肯定的なニュアンスがどうも日本語化、
カタカナ化するとにじみ出て来ません。

終わりや末期なのではなくて、
生の完結を支えるケア、だから
「完生期ケア」・・いい響きです。



私はそれを聞いて、古代バラモン教に
由来し仏教にも取り入れられた四住期を
思い出しました。

学生期。学びの時。

家住期。家庭を作り、働く時期。

林住期。森林に隠遁して、自己と向き合う時期。

遊行期。得た教えを広めて旅に出かける時。


遊行期の終わりが「完生期」なのかも
しれません。生の完結。すべてをなし終えた、
ということ。


手塚治虫の『ブッダ』最終巻で
釈迦は旅にあり、弟子のアナンダに

「ごらん、世界は美しい」

そう語ります。

そこには清々しさがあります。
人生の終わりにそう思えれば
どれだけ幸せなことでしょうか。


いつから(寿命を全うしての)
「死」は敗北になったのでしょうか。

いつから「死」は完全不幸になった
のでしょうか。

自分ととことん向き合って、
自分の思想を見つけたら、
最後は旅に出る。

遊行する。

その果てに
「世界は美しいなあ・・」
と感じ、死んでゆく。

そんな完成としての「死」。
旅立ちとしての「死」。
残された人たちに悲しみだけではない
何かを残してゆく「死」。

死ぬのではなくて、
人生の完成を生きる。


そんな「完生期」を世界中の人たちが
取り戻してゆけるようになれば
最高だと思います。


それでは皆さん、また。
失礼します。



追伸 本日も医療者向け緩和ケア
研修会を開かせて頂きます。
医療者の方はぜひどしどしご参加
ください。