皆さん、こんばんは。
大津秀一です。
昨日は無事、大沢悠里のゆうゆうワイドに
出演させて頂きました。
大沢悠里さんも五月みどりさんも、
まさにプロフェッショナル、かつエネルギッシュな
方で、多くのことを学ばせて頂きました。
とても貴重な経験でした。
それにしても、昨日は忘れられない出来事が
ありました。
番組の最中に、
「それでは視聴者の方から届いたメッセージを
一つ紹介させて頂きます」
と大沢さんが読み上げたお便りに、僕は驚きました。
それが、全く予期せぬものであったからです。
今年1月にお母様、3月にお父様を亡くされた
娘さんからのメッセージだったのですが、どなたも
僕のよく知っている方々でした。そう、僕たちが
診させて頂いたご夫婦の患者さんのご遺族からの
お便りだったのです。
人の最期に寄り添うというのは大変なことです。
ご家族にとって当然それはとても大変なことだと
思いますが、医療者にとってもそれはそうです。
けしてきれいなことばかりではなく、むき出しの
感情と感情が激しくぶつかり合う場合もあります。
しかし、僕たち医療者は目を背けてはいけないし、
逃げ出してしまってはいけないのです。
患者さんやご家族の、死を前にした辛さや苦しさ
を緩和できないことも、残念ながら往々にして
あります。けれども、その厳しい現実に直面した
時の「自分の弱さ」を見つめ、最期まで皆と共に
悩み、考え続ける必要があるのです。
しかしそれでも簡単に答えは見つかりません。
いや完全正答などないのだと思います。
だから、患者さんがお亡くなりになるまで、
僕たちは迷いながら、考え続けます。
なので、お見送りの際に
「先生、ありがとうございました」
と、例えご家族の方が仰ってくれたとはしても、
「これで良かったのだろうか」
と常に悩みます。
「もっとやれることがあったのではないか」
「ちゃんと患者さんに向き合えていたのだろうか」
そう思って何日か、あるいは何年も煩悶することも
あります。
けれども、何らかの機会に、患者さんのご家族の
声に触れたとき、
「先生、その節はありがとうございました。
故人も満足していると思いますよ」
とうかがいますと、少し安堵を覚えるのです。
究極的には、亡き患者さんの思いや言葉を
聞くことは叶いません。悲しいことですが。
しかし、まるで亡き患者さんの声を、ご家族が
代弁して下さっているような、いやその声がまさに
天国の患者さんから届いた肉声であるかのように、
そのように感じる時もあるのです。
僕がその患者さん(ご主人)に初めて往診させて
頂いたのは去年の5月でした。
実直なお人柄であった彼は、初めて僕が一人で伺った
際も、いろいろと気さくに世間話をして下さって(彼の
気遣いと優しさを感じました)、「お国」の話に
なりました。
「僕は茨城出身ですよ」
と話したとき、彼は仰いました。
「先生は茨城ですか! 実は娘がね、茨城にいるんですよ。
守谷なんですけどね」
昨日のオンエアー中、
「茨城県守谷の方からのメッセージです」
と聞いて、僕はその時のやりとりを思い出しました。
そしてその後、10ヶ月に亘って、お家にお邪魔させて
もらって診察したことや、最後ご夫婦同室で日々を
過ごされていたこと、そしてそのお二方の最期のお姿・・、
さまざまなことが胸をよぎりました。
本当に、ありがとうございました。
まるで久しぶりに、ご夫婦の声を聞いたかのような、
そんな気がしてとても嬉しかったです。
ラジオで聴いていて、メッセージとエールを送って
下さった娘さん、本当にありがとうございました。
この仕事をしていると、
不思議な巡り合わせに遭遇することが稀ならずあります。
人の世は、やはり不可思議で、時に偶然では片付けられない
何かを感じるときがあるのです。
患者さんやご家族との出会いも、縁です。
本当に感謝しております。
大津秀一です。
昨日は無事、大沢悠里のゆうゆうワイドに
出演させて頂きました。
大沢悠里さんも五月みどりさんも、
まさにプロフェッショナル、かつエネルギッシュな
方で、多くのことを学ばせて頂きました。
とても貴重な経験でした。
それにしても、昨日は忘れられない出来事が
ありました。
番組の最中に、
「それでは視聴者の方から届いたメッセージを
一つ紹介させて頂きます」
と大沢さんが読み上げたお便りに、僕は驚きました。
それが、全く予期せぬものであったからです。
今年1月にお母様、3月にお父様を亡くされた
娘さんからのメッセージだったのですが、どなたも
僕のよく知っている方々でした。そう、僕たちが
診させて頂いたご夫婦の患者さんのご遺族からの
お便りだったのです。
人の最期に寄り添うというのは大変なことです。
ご家族にとって当然それはとても大変なことだと
思いますが、医療者にとってもそれはそうです。
けしてきれいなことばかりではなく、むき出しの
感情と感情が激しくぶつかり合う場合もあります。
しかし、僕たち医療者は目を背けてはいけないし、
逃げ出してしまってはいけないのです。
患者さんやご家族の、死を前にした辛さや苦しさ
を緩和できないことも、残念ながら往々にして
あります。けれども、その厳しい現実に直面した
時の「自分の弱さ」を見つめ、最期まで皆と共に
悩み、考え続ける必要があるのです。
しかしそれでも簡単に答えは見つかりません。
いや完全正答などないのだと思います。
だから、患者さんがお亡くなりになるまで、
僕たちは迷いながら、考え続けます。
なので、お見送りの際に
「先生、ありがとうございました」
と、例えご家族の方が仰ってくれたとはしても、
「これで良かったのだろうか」
と常に悩みます。
「もっとやれることがあったのではないか」
「ちゃんと患者さんに向き合えていたのだろうか」
そう思って何日か、あるいは何年も煩悶することも
あります。
けれども、何らかの機会に、患者さんのご家族の
声に触れたとき、
「先生、その節はありがとうございました。
故人も満足していると思いますよ」
とうかがいますと、少し安堵を覚えるのです。
究極的には、亡き患者さんの思いや言葉を
聞くことは叶いません。悲しいことですが。
しかし、まるで亡き患者さんの声を、ご家族が
代弁して下さっているような、いやその声がまさに
天国の患者さんから届いた肉声であるかのように、
そのように感じる時もあるのです。
僕がその患者さん(ご主人)に初めて往診させて
頂いたのは去年の5月でした。
実直なお人柄であった彼は、初めて僕が一人で伺った
際も、いろいろと気さくに世間話をして下さって(彼の
気遣いと優しさを感じました)、「お国」の話に
なりました。
「僕は茨城出身ですよ」
と話したとき、彼は仰いました。
「先生は茨城ですか! 実は娘がね、茨城にいるんですよ。
守谷なんですけどね」
昨日のオンエアー中、
「茨城県守谷の方からのメッセージです」
と聞いて、僕はその時のやりとりを思い出しました。
そしてその後、10ヶ月に亘って、お家にお邪魔させて
もらって診察したことや、最後ご夫婦同室で日々を
過ごされていたこと、そしてそのお二方の最期のお姿・・、
さまざまなことが胸をよぎりました。
本当に、ありがとうございました。
まるで久しぶりに、ご夫婦の声を聞いたかのような、
そんな気がしてとても嬉しかったです。
ラジオで聴いていて、メッセージとエールを送って
下さった娘さん、本当にありがとうございました。
この仕事をしていると、
不思議な巡り合わせに遭遇することが稀ならずあります。
人の世は、やはり不可思議で、時に偶然では片付けられない
何かを感じるときがあるのです。
患者さんやご家族との出会いも、縁です。
本当に感謝しております。