世の中は無常なものです。
人は他人の死には驚くほど鈍感だったりしますが、
近しい人の死には様々な感情が浮かんで来るのを
禁じざるを得ません。
最近僕は、久々にその近しい死と向き合いました。
終末期の患者さん方と日常的に接する医療職は
鈍感でなければやっていけない部分もありますが、
しかしそこに集まるのは決まって感性豊かな人たちです。
むしろそういう人たちだからこそ、
死にゆく人のお世話がしたいと、
あるいは私がしなければいけないという使命感を持って
その場に集まってきます。
彼女もそういう仲間でした。
まだ30代。若すぎます。
思えば僕は幸福でした。
およそ仲間(職場も含む)が若くして
逝くということが最近ありませんでした。
最後に会ったのはいつだったか、
もう忘れてしまいましたが、
それでも彼女らしい振る舞いと
彼女らしい声と、
彼女らしい笑顔だったのを
思い出します。
僕は普段来世を意識しませんが、
患者さんを見送る時、また近しい人との永訣の時、
ついつぶやいてしまいます。
「また・・・もしあるのだったら、来世で」
それは力が及ばぬ身への罪滅ぼしと
もう一度会って話したいという願望の
表れなのかもしれません。
「一期一会」
そして、会いたい人には今会いに行くこと。
ただ、冥福を祈るのみです。ありがとう。
人は他人の死には驚くほど鈍感だったりしますが、
近しい人の死には様々な感情が浮かんで来るのを
禁じざるを得ません。
最近僕は、久々にその近しい死と向き合いました。
終末期の患者さん方と日常的に接する医療職は
鈍感でなければやっていけない部分もありますが、
しかしそこに集まるのは決まって感性豊かな人たちです。
むしろそういう人たちだからこそ、
死にゆく人のお世話がしたいと、
あるいは私がしなければいけないという使命感を持って
その場に集まってきます。
彼女もそういう仲間でした。
まだ30代。若すぎます。
思えば僕は幸福でした。
およそ仲間(職場も含む)が若くして
逝くということが最近ありませんでした。
最後に会ったのはいつだったか、
もう忘れてしまいましたが、
それでも彼女らしい振る舞いと
彼女らしい声と、
彼女らしい笑顔だったのを
思い出します。
僕は普段来世を意識しませんが、
患者さんを見送る時、また近しい人との永訣の時、
ついつぶやいてしまいます。
「また・・・もしあるのだったら、来世で」
それは力が及ばぬ身への罪滅ぼしと
もう一度会って話したいという願望の
表れなのかもしれません。
「一期一会」
そして、会いたい人には今会いに行くこと。
ただ、冥福を祈るのみです。ありがとう。